第22話 鬼の霍乱

 朱音をベッドに寝かせ、薬を飲ませる。熱が原因であるようなので、病院での診断は落ち着いてからということになった。店長は少しして俺が友人であることを信用して帰っていった。

 質素だが、住人は女性であることがなんとなく分かるようなインテリア。同じ内装であるのに全く異なる部屋。朱音はいつも隣で生活をしていたのか。やはりにわかには受け入れがたい事実だ。

 全てが徐々に一本の鎖となって繋がってゆくのに、それが輪っかなのか一直線なのかといったような全体像がまったく見えないどころか、より一層謎が謎を呼ぶ事態へと発展していた。


 眠った朱音は少し熱が冷めてきたのか、可愛げのある寝顔を見せていた。

「う~ん、あれ、まもるさん……!?」

「大丈夫か?」

「ごめんなさい……」

「詳しい話は後にして、今はじっとしておくんだな。今お粥作ってくるから」

「ありがとうございます……」

 看病してもらった事とバレた事への気まずさ、そしてまだ残る微熱が相重なって、いつもの天真爛漫な朱音の姿は見受けられない。

 自室に限りなく近いのに居心地がよくない。早くお粥を作ってしまい、今日のところはもう帰ろう。


「おいひいでふ」

「やけどするなよ」

 あ~んしてなどと言ってこないことからも、朱音の疲弊さが伝わる。昨日は何ともないように見えたのに。人間生命が不思議なのか、それとも朱音は多くのことを演じているのか。それを今問い詰めるのはあまりにも冷血漢だ。もちろんこの部屋のことも。

「……黙っててごめんなさい」

「もういいさ。なんの疲れかは知らないが、まぁ、時々であれば俺の部屋で息抜きしてもいいから」

「守さん♡」

「冷めるぞ」

「少しくらい冷めてもおいしいですよ♡」

「そりゃどうも」

「チンジャオロースもですけど、守さんってもしかして私より料理上手なんですか?」

「家庭科はかなり点数高かったぞ」

「今日のは特においしいです」

「しんどい時にはやっぱりお粥なんだな」

「それもありますけど、今日の料理には愛情がこもってました♡」

「おっ気づいた?」

「それになんだかノリもいいですね」

 そうだ、その笑顔が朱音には一番似合っている。俺は朱音の彼氏でも、ましてや親友でもない。知り合って数週間の仲の良い僕のファン。でも、今日分かったのは、ぼっち王などと常日頃からいきがっている俺でも情がわくという事を。


「じゃあ、そろそろ」

「待って!守さん、今日は泊まってくれませんか……?」

「何言ってんだよ!?」

「その、心細くて。お願いします……」

 いつものような強引さがないので俺もなびいてしまう。まぁ、いつでも帰られる距離であるのは明白至極。

「……分かった、特別だぞ」

「特別です♡」

 そのオウム返しはタラちゃんみたいだぞ。

「タオルケット取ってくるわ」

「一緒に寝ないんですか?♡」

 俺は黙って玄関を出てほんの二、三秒で別の玄関の鍵を開ける。てかこの距離なら泊まる必要やっぱりないのでは?

 タオルケット片手にまた隣の家に入るという、はたから見ればなかなか奇妙な行動を取ってしまっている。

「寝てんのかい」

 イチャイチャネタをとることもできないようだ。おれはソファに寝させてもらうことにする。なにも律義に泊まる必要はないのだが、なぜだか今の俺はソファに寝転がり、タオルケットにくるまって、スマホを眺めている。

 彼氏気取りか?と内なるアンチが声を荒げる。同棲シミュレーターじゃねえんだぞ、とDMで送られてくるような気分になる、孤独な二人の夜。

 いつものようにネットで絵師の描いた4コマ漫画を観てはいるのに眠たくならない。一つは女子の部屋にいるからというのも理由として挙げられるのだろうが、それだけでないのも確かだ。作家志望としては恥ずかしい事だが、うまく言語化できない。

 欠けている何かを補って俺たちは過ごしていたということなのか?

「何言ってんだか……」

 麻衣さんから『おやすみ』と届いたので今日は俺ももう寝てしまおう。睡眠こそ万能薬なのだ。病は気からであるならば、睡眠によってその「気」を起こさせない。この論理展開こそ無病息災の第一歩。これを行わずして、いったいどの面下げて神に祈りに行けるのだろうか。

 ろくに授業も受けていないくせに、先生に質問攻めしている生徒がウザがられるように、千里の道も一歩より。ほんのりと甘い香水の香りがするソファに全身を委ね、瞳を暗闇に沈める…………

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