第21話 背後にはいつも謎が

 俺は久々にパソコンにチャット以外の目的でひたすら文字を打っていた。

 以前から気になっていたことだが、近頃はファンと遊び惚けて、その出会いである小説を更新することに期間が開いていた。

 先日、麻衣さんと初めてカフェで会う約束をしたその午前中に、書いてはいた。だがそうは言えども、力の入れようは紛れもなく弱まってきており、ややもすれば、あの二人だって離れかねない。

 普段はあの現実味のなさに辟易して、少し嫌だとは思ってはいるが、さりとてすやすやと失うのも何かしっくりこない。これが作家としての感情か、はたまた友人的視点なのかは経験の浅さが祟って見分けがつかない。

 ホントは表裏一体なのかもしれないことは薄々感づいてはいるが……


 なぜこうもいきなりやる気を出したのか。その答えは単純明快。新たなコンテストが発表されたからだ。

 正直、ここで一気に形勢逆転、とならないであろう現状はしっかりと認めなければならない。俺は別段、神童扱いされてきた訳でもなく、ましてや秀才でも天才でもない。だから、努力なんて曖昧な指標にすがるのではなく、「継続は力なり」という的確なフレーズを掲げなければ、明日の世に俺の小説はアップロードされない。

 守るべきものなんて崇高なものは何もない。だが、過分に持ち合わせた自尊心と屁理屈、そして存在感のあるファン二名を信じて、執筆する。


 久方ぶりの静寂しじまが一帯を包み込む。そこまで付き合いは長くないにせよ、なんだか朱音の安否が心配になってくるレベルで、今日は何の連絡もない。

 翌日にアルバイトの面接を受けてくるような超弩級の積極さを兼ね備えた麻衣さんもそうだ。

「いったい何してるんだろう」

 いつの間にか俺が度合いが低いにせよ、ストーカー的思考が思いついてしまっている。まったくとんだ悪影響を被ったものだ。


 新作の構想を練っているうちに、いつしか進捗は鈍行となり、天井を見上げる廃人と化した俺に、朱音からメッセージが届く。今回は助かったかもな、これ以上時間を浪費することが避けられたから。

『いきなりごめんなさい、看病してくれませんか?熱がたkjそws』

 ヤバそうな文面。途中で気絶したのか?かろうじて送信は出来たようだが、やはり心配だ。風邪か何かなんだろうが、それなら、さっきまで何の音信もなかったことに合点がゆく。

 小説を急いで保存し、財布とスマホを片手に朱音の自宅へ行こうとするがちょっと待て。俺は朱音の自宅の場所を知らない。

 俺を朱音へと繋ぐものはこのチャットと、例のスーパーのみなのだ。チャットに

『今から行くから住所教えろ』

 とだけ送信して、スーパーへと走り出す。

 正直なところ一か八かの賭け、いや昨今の風潮から考えれば、赤の他人である俺が朱音のアルバイト先に掛け合ったからとて、住所や連絡先を教えてもらえるとは思えない。


「すいません、店長さんと少しお話したいことが」

「ご用件は」

「こちらで働いている間宮朱音さんからこんなメールが来まして、住所を知らないものですからお教え願いたいと」

「お待たせしました、私が店長です。なるほど、私が同伴することをご了承いただければ特例としてお教えします」

「わかりました、お願いします」


 店長の車に乗って朱音の自宅があると思しき方向へと進んでいく。

 ……ちょっと待て。結構俺の家に近いのか?

「ここです。212号室です」

 このアパートは俺のよく知るところだった。なんならつい数十分ほど前にもここは見た。

「俺の、隣に……朱音が………?」

 211号室に住む細川守は驚愕していた。いつから?ご近所付き合いをサボっていたツケが回ってきたとでも言うのか?ふざけてる。

 だがしかし、俺の憤りは今だけは押さえなければならなかった。この扉の向こうに、朱音が気絶しているかもしれないのだから。

「お待たせしました。鍵を持ってきましたよ。あれ細川さんじゃないですか」

「どうも。すいませんお願いします」


 そこには案の定?スマホ片手に床で寝そべっている朱音の姿があった。

「メッセージなんかじゃなくて俺のところまで来いよ……!」

 苛立ちと焦燥は若さゆえに空回りしていた。ここに大人がいてくれて本当に良かったよ。


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