第19話 三国干渉

「どうですか?」

 多くはもう語らないが、紆余曲折を経た後、ようやく俺は朱音のハンバーグを口へと運ぶ。

「……おいしいよ!」

 この数時間の疲れが少し回復した気がする。人はパンのみにて生きるにあらずとは言うものの、やはり人間として生を受けた身として、食欲が満足を覚えることはダイレクトに幸福へと近づくものだ。

 朱音と麻衣さんの攻防が凄まじく、烈火のごとく嫉妬する朱音と、冷気が背筋に張り付くようにベタベタしてくる麻衣さん。あの状況を楽しめる男でない事にむしろ感謝したいくらいだった。

 どちらが先に狭いキッチンを使うかであったり、俺への配膳権を争ったり。食卓の冷戦は今なお継続し、物置化していた小さめの机は、北緯38度線がしかれているかのように、目に見えて領土化されていた。

「細川さん、次、私の番」

「あ、ありがとう」

 後手ごて、水瀬麻衣の料理はと言うと、こちらは打って変わって鯖の塩焼きである。これも戦法なのか。しかし、その清楚で物静かないで立ちにはピッタリのようにも思えた。

「いただきます」

 期待と焼もちという水と油が俺を挟んではいるが、味覚は歓喜していた。

「うん!おいしいよ!」

 麻衣さんの服装が、割烹着かっぽうぎとなる幻覚が見えてきそうなレベルでおいしい。

「いっぱい食べてくださいね」

「ちょっと守さん、ソッチ食べ過ぎですよ!」

 俺の懸念が現実とならぬように、量には細心の注意を払った。とは言え、まさか一人でハンバーグ&鯖の塩焼き定食を夕食にすることになるとは。

 そう、この料理は決して単なるお料理対決などではなく、俺が変に気を使ったせいもあって、三人がそれぞれおかずを作りあうというシステムなのだ。

 そして彼女らは俺の料理を独占?しているのだった。ちなみに俺が作ったのはチンジャオロース。すいません、ちょっと狙いました。


 食事も済まし、各々が軽く休憩をとり、それから少し経って俺と麻衣さんが食器を洗い始める。朱音は牛になりたいのかしばらくして寝てしまった。他人の、それも男の家でコイツは……

「細川さん、料理お上手なんですね」

「結構子どもの頃から親の手伝いとかしてて」

「優しいですね」

 手に持っていたスポンジを思わず落とす。

 麻衣さんが初めてこちらに微笑みかけてくれたから。これぞまさしくギャップ萌えの極致。これで仮に隠れた方の眼が見えていたなら、俺は確実に惚れていた。

 その微々たる空気の変化を感じ取ったのか、元の真顔に戻ってはいるが、俺への距離を更につめる。

「私、細川さんの小説だけじゃなくて、細川さんも大好きですよ」

「その……あ、ありがとう」

「かわいいです」

「か、かわいい!?」

「はい、とっても」

 なんだこの状況。壁ドンならぬ台所で背水の陣なんだが。


「ま・も・る・さん?何ソイツとイチャイチャしてるんですか?」

「あなたは寝てればいいのに」

「うるさいよ!目が覚めなかったら守さん汚されてたから!そんなの絶対に許さない。絶対、絶対、あんたを」

「そこまで!洗い物は俺がやるからそろそろ二人は帰る支度をした方がいいんじゃないかな!」

「泊まります」「泊まってもいいよね?」

 なんでやねん。あとちょいちょい麻衣さん断言してるけど、よくそんな今日あっただけで自信満々になれるね。俺ってそんなにチョロく見えてるのかな?舐められたものよのう。

「いや、さすがにそれはマズいでしょ……」

「確かにコイツもいるのはいただけませんね」

「私も初夜は細川さんと二人っきりが良い」

「初夜とか言われたら余計に無理でしょ」

 そこでなぜ顔を赤らめるのが朱音なんだ。平気な顔してこちらをまっすぐ見つめる麻衣さん。威風堂々という言葉がふと浮かんだが、使い方が合ってるのかは分からない。だが、麻衣さん以外に使うことは今後二度と無いだろうから調べる気はないが。

「お嫌ですか?」

「お嫌じゃないです。でもやっぱり俺は……」

「……わかりました。今日のところは大人しく帰ります。また近々お会いしましょうね。私、いつでも細川さんの所に行きますよ」

「うん、ごめんね。いつか合宿みたいに泊まりましょう」

「楽しみです」

「てなわけで、悪いけど朱音も今日のところは」

「む~仕方ないですね。その宿絶対呼んでくださいよ!」

「ああ。じゃあ二人とも駅まで送るよ」

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