第17話 予想された修羅場

 集合場所から目的の地であるカフェはそう遠くないにせよ、やはり緊張は時を歪ませる。話のタネを脳の屋根裏部屋に探しに奔走するが、整理整頓の行き渡っていない散らかった知識の中から、しかるべき話題を見出すのは困難でしかなかった。これではワトソン博士にも馬鹿にされかねない。

「細川さんって背が高いんですね」

「ま、まぁ確かに少し高めかな」

 これはひどい。種がないのは百歩譲るとして、土壌も耕していないとなれば、もはや絶望的な未来、そう、孤独死を真剣に捉えなければなるまい。

「……キスには丁度いい感じですけどね」

「はぁ!!??」

「キスするには」

「それは聞こえましたけども」

 不思議そうにこちらを見る麻衣さん。いやいや、俺がおかしい訳がないんだけどな。


「ここです。細川さんは来られたことあるんですか?」

「いや、初めてだと………」

 思うのだが、何だか既視感がある。子どもの頃に親に連れていってもらったのかな?

「俺はとりあえずブレンドコーヒーにしようかな」

「そうですか、なら私はホットケーキセットに。飲み物は私もブレンドコーヒーで」

 かしこまりましたと言って去っていく店員。周りを再び見回すも、どうも記憶が繋がらない。

「キョロキョロしてどうしたんですか?」

「あぁ、いや、なんか来たことあったような気がするんだよね。でも思い出せなくて」

「細川さんは、私が初めてじゃないんですか……」

 なんだか引っかかる言い回しだな。


「お待たせしました。ホットケーキセットとブレンズコーヒーお2つです。ごゆっくりお召し上がりください」

 その時すべてが繋がった。やはり俺はここに来たことはなかった。ここに来たのはだ。

 偶然か必然か。奇妙な出来事に作為的なものを感じずにいられない。

「おいしいです。細川さんもどうぞ」

「え、ありがとうございます。じゃあ遠慮なく」

 新しいフォークを取ろうとする俺よりも早く、麻衣さんがこちらに一口分差し出す。

「あ~ん」

「いや、さすがにそれは!?」

「あ~ん」

 なんたる強固な意志。依然としてほぼ無表情だが、まっすぐこちらを見つめる透き通った瞳には、初対面であろうと従わざるを得ないようなパワーがある。

「あ~ん」

「勘弁してください……」

「残念」

 俺もしたくない訳ではないが、やはりそこは堪えるのが筋だ。二度目がないとしても、一度目をまっとうに終える。これがダンディ。

「じゃあコーヒー飲ませてあげますよ?」

「そこまでだぁ~!!!」

 俺が似たような返しをしようと思った矢先、突如この訳の分からない真剣な茶番に登場するは、かのヤンデレ公である間宮朱音女史であった。獅子奮迅たる気迫は、水瀬麻衣嬢には全く効いていないように窺える。

 この戦乱の仲裁にして元凶であるダークホース・俺こと細川守はこの恥ずかしい状況に耐えるのに精一杯という一族の面汚しにして末代となっていた。

「守さん、このことは後でしっかり話しますけど、今は私に隠れてください」

「細川さん、いきなり現れたこの子、危ない。こっちに来て」

「とりあえず、コーヒー飲もうか」

 このザマだ。


「あなたも細川さんの読者でしたか」

「言っとくけど私の方が古参だから!」

「愛に時間は関係ないですよ」

「うるさい!守さんは私だけのものなんだから!」

「違いますよ、細川さんは神なので別に誰かに縛られるものではありません」

 こいつもかなりヤバいな。神?そうか、俺は神なのか。

「守さん、やっぱりコイツ危険だよ!早く行こ!!」

 ヤバいのは認めるが、さりとて君もヤバい事を俺は知っているからな。

「ダメです。今日は私と細川さんとのデートなので」

「なおさら帰らなきゃいけないよ!」

「頼むから大声出さないでくれ……」

「あなたは細川さんを困らせています。あなた一人で帰りなさい」

「も~まもるさ~ん」

 勝負ありだな。

「……三人で、どっか行く?」

 チャラ男を演じてこの場を収める。平和は誰かの犠牲によって成り立っていることを何人たりとも忘れることなかれ。

「二人っきりじゃなきゃイヤ」

「私ももっと細川さんを堪能していたいです」

「さいですか」

 自分に素直なのも素晴らしいが、今の俺の気持ちにはなぜ気が付かないのか……

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