第二章

第16話 水瀬麻衣とのお茶会(命懸け)

 AM7:00

 窓を開けて空気の入れ替えを行う。寝覚めの身体に地方都市の何とも言えない空気が取り込まれ、脳の活動に第二種戦闘配置令が出される。世界は今日も変わらず和平に包まれているが、俺は人生の転機になる可能性が大いにある。それが良い方にも悪い方にも傾く可能性がある。まさに博打だな。ともかくも俺は昨晩入ったにもかかわらず朝風呂の為に「おいだき」ボタンを押す。

 浴槽の水が40度にまで上がるまで、俺は今日の事を思案する。それは麻衣さんとのお茶会のみならず、朱音からの暗殺劇を完遂させない計画も求められているのだ。


 AM8:00

 入浴を済まし、ドライヤーによって再び乾いた黒髪を軽くセットする。実を言うと俺はあまりセットをする習慣がない。女子に会うときに久々にセットするという事象には少し恥ずかしさもある。この無駄な見栄が俺に友人作りを拒むよう仕掛けてくるのだろう。求めたからと言って友達ができるかは分からないが。だが聖書は言う、「求めよさらば与えられん」と。

 こんな説教者風の理屈っぽさが、如何なる場面でもマイナスに働くだろうから、やっぱり友達はできないのだろうな。


 AM9:00

 幾ばくかの緊張はほぐれ、はやくも飼い殺し同様にダラダラとベッドでスマホを触る。これではそこいらにいる大学生と何ら変わりはないではないか。ちっぽけなアイデンティティを失っては、もうどうにもならない。細川守、いや、細川八雲としてベッドから飛び立ち、すぐそばにある机へ。ノートパソコンを起動し、ファン2名、それも単なる読者ではなく、それなりに関わりがあるという、web小説感の薄い我がコンテンツに着手する。

 少しプロっぽいことを言えば、俺は書き始めると結構早く一話が完成する。問題は、書きたいというポジティブな思いと裏腹に、どこか課題的な要素もあるので、書きだすのに時間がかかる点だろう。

 まあそれこそ課題と同じで、ギリギリまで粘ると、確かに後々大変なのだが、事実として間に合っている戦歴から生じる安心感があり、そのせいで始めるのを先延ばしにしてしまうのだ。


 AM11:00

 ……自己分析ができようとも、解決案が提出されなければ、事は繰り返されるのだ。ともかく何とか完成はしたので、投稿日時を予約して、すぐさまベッドへ離陸。

「そういえば財布の中身……」

 足りないことは無いだろうが、心もとない金額であれば出発までに、それかあるいは行く途中でATMに寄らなければならない。カフェとはいえど、女子の行く店だ。コーヒー代だけで済む保証はない。なお所持金は1万円ほど。多すぎるよな?


 12:00

 腹が減っては戦はできぬ。コンビニへ弁当を買いに出る。その途中、朱音から『ホットケーキ食べてま~す♪』というおよそ個人向けに送られたのか怪しいメッセージが送信される。その自由さは見習いたいものだな。

 あまりお腹いっぱいで行って、コーヒーすら喉が通らないなどの惨事を招かぬよう、ざるそばだけをレジへ持っていく。


 PM13:3

 そろそろ出発しようと身だなしなみを整える。麻衣さんから

『ドタキャンなんてイヤですよ~(笑)』

 と確認も兼ねたメッセージを受けとる。またもや緊張感がぶり返してきた俺にとってら追い込みにも思える軽めのあざとさ。


 そして今。時刻にして14:45。集合時間まで残り900秒。それらしき人物は見当たらず、もしかしてドッキリという最低最悪な結末が脳裏によぎる。

「……あの、細川先生、ですか………?」

 振り向くとそこには、左目を長くさらさらとした前髪で隠した鬼太郎ヘアの美少女がいた。

「もしかして、てか、もしかしなくても、水瀬麻衣さんですよね?」

「はい」

 照れからか、目を少し伏せてはいるが、その無表情さに少し戸惑う。人見知りとは何か違う雰囲気を放つ。さりとて世間一般のコミュ障ともズレがある。つまりはクール?

「なんだか緊張しますね」

「私はやっと憧れの人に出会えてウキウキですよ」

 おおっと、この娘は真顔でストレートを投げてくるタイプか。フォームが見えなかったので、キャッチすらできなかった。

「じゃあ、行きましょう」

「そ、そうだね……」

 少しクセのある女子が集まる小説家として、今度自分を題材にしようかな。いや、やっぱり辞めとこう。より一層、現実味がなくなるからな………

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