第15話 嵐の前の平穏無事

「素晴らしかったです……前回とは何かが違いました!」

 講義のことは完全に諦めて、俺たちは学食で休憩することにした。朱音の介抱?が最大の理由だが。

 それにしても俺が視線恐怖症でないことに感謝せねば。「普段ぼっちのアイツが女子と二人で学食にいるぞ!?」と思われてるのでは?という妄想に悩まされるはめになれば、そうとう居心地の悪いものだったろう。

 独身男性と独身貴族の違いとでも言おうか、とにかく俺は朱音を正面にして、人の多い場でコーヒーを飲んでいる。

「でもでも!あんまり思い出さないでください!!」

 デレというより純粋な照れだな。本音で言えば今の朱音は結構かわいい。もともと容姿は美少女だが、この朱音は俺の知ってる美少女像というか、歯に衣着せぬ物言いであれば、ギャルゲ攻略ヒロインだった。王道な反応を見せる朱音を少しばかり愛でていると

「ダメって言ってるでしょ!?」

 だってさ。今日は俺の知らない一面をいくつか見れたな。未だ分からない事の方が多いことに変わりはないが。

「む~守さんのいじわる」

 病むことのない世界はなんて美しいのだろう。これが素の朱音。出会い方が違えば、なんて思わず空想の彼方へいざなわれる始末だ。浄化された世界を文明以前から人類が望んでいたという事実に今更ながら納得する。


「朱音は次、講義入ってるのか?」

 もう面倒なのでしばらくは朱音の言い分に従って、在学生という事にしておく。

「守さんと同じく、空きです」

「何でもかんでも把握するなよ。俺の担当編集か」

「それいいかもです!」

 書籍化は目指すべき目標に違いないが、web作家には締め切りがないという特権があるのだ。それを突然に予定でがんじがらめにされるのは丁重にお断りしたい。

 そんな戯れをそろそろ終えることにして、俺はそそくさと図書館へと足を運ぶ。朱音もなぜだかついてきているが、一応ひと段落が付いたので、無言で廊下を進む。

 読書家と名乗るには末席にも座ることの許されない読書領域だが、このように俺は図書館で時間を潰すのが殊の外、好きだったりする。曲がりなりにも投稿サイトを利用して、分かっているだけでも二名いるファンの為にもネタ収集は欠かせない。と言えば聞こえはいいが、実際のところは他にすることがないというのが最たるものだ。

 だが、「趣味は読書です」とアルバイトであれ、人間関係を構築するにあたってオーソドックスでありながらも万能な出だしツールを得るに至った家庭環境には少なからず感謝の意を表明したい。サンキュー、ママ・パパ。


『明日楽しみですね♪』

 入館とほぼ同時に麻衣さんからメッセージが届いたのだが、これは少しあざとくないか?楽しみかと言えば、かなり楽しみです!

『そうですね。がっかりされたら、気を使うことなく、帰ってもらってもOKですからw』

『はい(笑)私の場合もそれでお願いします(笑)』

「守さん……?」

 馬鹿か俺は。何も学んでないじゃないか。よりにもよって殺されかねない相手の前ですることではない。これでは何のために講義を犠牲にしたのか分からない。まさに俺も講義も犬死にするところだ。

「朱音は何か読むのか」

「守さんの心の中を読みます♡」

 そこまで上手くもない気がするが、本人はご満悦で、俺に透視能力がなくとも「ふふん!」とドヤ顔をしている心中はお察しだ。


 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。それを座右の銘に掲げる俺は小説コーナーを一瞥してから歴史の棚へ向かう。

「守さんって別に歴史オタクって程でもないですよね?」

 なかなか失礼だが実際そうだ。結局俺は何をするにも中途半端だ。

「万能の天才は、一芸の泰斗たいとには成れないんだぜ」

「ははは、何言ってるか分からないですよ」

「ははは……」

 一蹴されたので大人しく本を手に取る。俺は日本史に関する新書、朱音は反対側の棚にあった花の図鑑をパラパラと眺めている。そう言えば「アイビー」であるとか、結構、花や園芸が好きなのかもしれないな。

「……ガマズミの花言葉は【無視したら私は死にます】なんだぁ~」

 ヒエッ……贈られ主候補である俺はアイビーの変を思い出して、読書欲が一気に失せていくのを感じずにいられなかった。早くここから出よ……

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