第14話 角を曲がるとヤンデレがいる
もしかすると朱音が事件を起こしたという事で報道されるかもしれないので、普段はほぼ見ないニュース番組をBGM程度に流し続ける。日夜同じような事件が繰り返され、もしかするとここは仮想現実なのではとさえ思ってしまう。実際ある哲学者は、「水槽の中の脳」であったり「世界五分間仮説」などの思考実験を行っている。俺の性格上、この研究グループに参加しようものなら、確実に精神のみが別次元をさ迷う事となるだろう。知は力かもしれないが、頭でっかちは身を滅ぼす。そう暗示して、ダラダラと今日を過ごしている。
麻衣さんとのお茶会は明日。殺害されるなら今日も油断できない。突然の対人ありきの日常に戸惑いは止むことを忘れている。常に彼女らの存在が重く肩にのしかかり、遅筆化しているのが現状だ。
唯一の自己表現の場が生んだ人間関係に感謝はあれど、なにもここまでしなくても、というある種贅沢な悩み。ぼっち連合王国でもあったならば、今の俺は間違いなく、王権剥奪を免れないだろう。不名誉革命の先に待ち受けるは女子をはべらかす穢れた王冠のみである。こんな議会制民主主義は嫌だ。
さて、そんな空想に浸っていようとも、学問は進み続ける。実に素晴らしい事だが、堕落に片足を突っ込んでいる俺には面倒で仕方がなかった。週末ゆえの疲れではないので、誰にも文句は言えないが。文系で良かったな、俺。
「あっ、守さんおはようございます♡」
大学内で朱音に出会うのは、俺が認知している限りではこれが初めてだ。
だが、あの謎はまだ解決したわけではない。
「部外者が学内をウロチョロするなよ」
「部外者なんかじゃないですよ~だ!」
「べ~」と聞こえてきそうな見事な顔だ。俺が漫画家ならモデルにしてたかもな。
しかし、朱音のいった事は真っ赤な嘘だ。学内に「間宮朱音」なる人物は既に亡くなり除籍されているのだから。
「……本当のこと、言えよ」
「………………」
「俺、聞いたんだ。そしたら、間宮朱音は死んだって」
「も~真剣なトーンで冗談言わないでくださいよ~じゃあ今、守さんの目の前にいるのは幽霊バージョンの朱音ちゃんなんですか?」
本当に冗談かのように話すので、学生センターのやつ、見落としたんじゃないだろうなと感じてまう。まさかそんなオチはないよな……?
「守さんが小説を書いていてくれたおかげで出会えたけど、あんまり根を詰めちゃダメですよ♡」
「……そうかもな」
結局釈然としないまま、それも冗談として一蹴されて終わってしまった。次に聞くときはそれなりの根拠がなければヤバそうだな。
「ところで、あの女の件について話しません?」
「話しませんっ!!」
三十六計逃げるに如かず。男子トイレに急行する。高速で個室をノックする。幸い、トイレの花子さん伝説は内の大学では聞き覚えがないので、中に誰もいない事が分かるとすぐさま身を隠した。講義を墓地に送ることで、ライフが手札に戻ってくる。なかなか痛い等価交換だが、手足を持っていかれなかっただけでもマシだ。
「ま・も・る・さ~ん?」
アイツ、男子トイレにまで!?ヤバい、手前からノックしてきてる。なんで逆花子さんシミュレーションが始まるんだよ!これじゃあ、青鬼のたけしルート確定じゃないか!?
「ここかなぁ?」
最後のノックをするほんの数秒前、誰かがトイレへと向かってくる。
「もう行ったか……?」
「ひゃ、ひゃい……」
とっさの判断で朱音を個室に引き込んだ結果、朱音がなんだかふにゃふにゃになった。
狭い個室ではハグみたいになるしかなく、トイレの独特な臭さなど気にならないほどのシャンプーの薫りがすぐ目の前に漂う。
「と、とりあえず、出てもらっていい……?」
「ほえ?」
ほえ?抱き枕かのように考える力を持たないふにゃふにゃ朱音。今彼女の脳内にはじっと抱き着く他に働く余地はないのである。
……アカン。個室トイレで男女がハグし続けた先の結果は、経験の少ない中学一年生にだって明白だ。俺は勢いに任せて朱音もろとも個室から飛び出す。さすがにトイレの床に倒すのは申し訳ないので脆弱な身体力をフル活用する。結局、状況は抱きかかえたままなんですけれどもね。
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