第12話 指切りげんまん
『それと、もしよければ一度会ってくれませんか?』by麻衣
朱音の件でこういった事に臆病になったのかもしれない。むしろ賢明とも言えるだろう。同じ轍は踏みたくない。それでいて断る理由も実は無いに等しく、構わないかなと思う俺もいる。というか、投稿サイトって出会い系サイトも兼ねてるのか?出会い厨多すぎだろ……
そのわりに依然としてPV数は底辺を這いずり回り、底を舐める勢いだ。よくもまあこんな状況でも書き続けているもんだな。
「俺にはこれしかないってか」
ヤンデレ風な言葉が思いつき、案外、ヤンデレとは身近な存在なのかもしれないと思った。もちろん、朱音のようにストーカー成分の多いケースはまた別なのかもしれない。
『会うこと自体はそこまで嫌ではないですけど、退屈に感じさせてしまいますよw』
とりあえずこう返信しておく。二つ返事でホイホイ出てくるのも気味が悪いだろうしこれでいいはずだ。
そんなことを思いながら自ら進んで労働に搾取されにいく。いかに口で働きたくないでござる!と叫びたおしたからと言って、俺を養ってくれる場はこの世にはどこにもなく、ロリコンとしても胸を張れない不完全な俺は浪人にもなれない。出エジプトの実現など夢のまた夢。そんな俺が戒律を守れるはずもなく、自堕落に日々を過ごすのは仕方のない事だ。
「おい細川、ボーっと何突っ立てる。早くオーダー取ってこい」
「あっ、すいません!」
アルバイト先でも思わず呆けてしまう俺は相当、人間関係の経験値が低いとみえる。この先、正確には残り2年後の俺は就活という大きな扉、それも限りなく地獄に歩み寄っていかねばならない
「人生は地獄よりも地獄的である……」
芥川の名言を言霊としたにもかかわらず、蜘蛛の糸を探す暇は決して今の俺には与えられず、早々と注文を尋ねに参上する。
俺は個人的に兼好法師の『徒然草』が好きだったりするのだが、「この世は定めなきこそいみじけれ」という文言を納得できるほど俺は君子ではないので、今のようなヤンデレストーカーに悩まされる毎日には、ほとほと疲れ切っていた。
『そんな、私の方がつまらないので、そういうのは別に心配なさらないでください(笑)』
アルバイトが無事終わり、サンクチュアリへ帰還しようと帰巣本能のみを頼りに歩きだし、手持ち無沙汰な右腕がなんとなしにスマホを確認すると、麻衣さんからこう返信が来ていた。
これはもちろん定型文なので、「なら安心」と早まってはならない。○○大学の研究によると、実は普段、オタクツイートしている人も案外会ってみると充実しているという論文があって……という自己啓発に身を奮い立たせ、最終決断を促していく。帰ったら返す、帰ったら返す。先延ばしではなく自己暗示。
『いきなりで困っちゃいますよね!すいません。
私、
そんな俺に追い打ち、というよりかは良い判断材料が送られてきた。帰宅まで残り約10分。俺の一つ年下。趣味もなんだか女子っぽい。となればカフェで一度お茶をするでファイナルアンサー?
……そして帰宅。謎の緊張感が張り詰めているデスク周り。化学反応が起きるのは致し方なしとして、猛毒ガスが発生しない、それだけを切に願って、電源を立ち上げる。そして早くも遅くもない
『じゃあ、麻衣さんオススメのカフェで一度お茶、なんてどうですか?』
間違いのない約束されたシナリオ。ルートに入ったのは解説サイトを検索するまでもなく明らかだった。なぜって、あっちから誘ってきたわけだし、うん。
返信まで風呂に入って疲れを癒そう。風呂は命の選択と葛城三佐も言ってたしな。
風呂はいいね。風呂は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。……脳内がすでにのぼせ上っているので早めに出ることにした。
さて返信は、というと麻衣さんからはまだ来ていなかった。寝たのかもしれない。しかし、深夜投稿に慣れた朱音は夜行性かのように元気いっぱいだ。
『お仕事お疲れ様です!今日は行けなくてごめんなさい♡』
『できれば来るときは前もって教えておいてほしいかな』
なんとなく朱音との距離感も分ってきたな、俺。
『ところで、いつあんなもの仕掛けたんだよ』
『え~何のことですかぁ~♡』
そのうち、
『カメラに決まってるだろうが!』
『ほら、あの時ですよ。守さんが、私が来て早々に寝ちゃった時♡』
『あの時か……』
寝ちゃったと朱音は言っているが、俺としては睡眠薬の可能性も視野に入れて捜査中だ。
『寝顔の写真撮っちゃいましたからね♡』『はい!ぜひぜひ!いつにします?(^^♪』
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