第11話 ヒロインは育成されるもの
俺は昼からの講義に間に合う範囲で模様替えをしはじめた。元来、そこまで散らかっている訳でもなければ、物もそこまで多くないので一種の掃除感覚で俺は時折家具の配置を変える。ネットで偶然知ったことだが、デスク環境は背後に窓、視界にドアという社長室スタイルが良いとのことなので早速俺も変更してみる。ミーハーではないと思うが、良いと思ったことに関しては結構行動が早い。
近頃はスッキリしすぎていても集中できなくなってきており、一時期流行ったミニマリストからは相当数、アドバイスという名の批判が飛び込んできそうなインテリアにせっせと変えていく。
そうは言えども、少し開放的になった机の上には厳選に厳選を重ねた綾波レイのポストカードを写真立てに入れたものと、同じくレイのスマホスタンド、最後にはパソコンとマウスをベストポジションに置いた頃にはすこぶる機嫌が良くなっていた。俺にとってはまさしく「えこひいき」しているキャラなのだ。
それはまさしく社長のデスクに愛する家族の写真が飾られているように俺へエールを贈っていた。そこまでオタク気質ではないし、知識も浅薄だが、これには思わず痛部屋主もニッコリするだろうという自身さえあった。
特に何をするでもなしに机に座ってみる。全く同じ物で構成された自室がなんだか別の部屋のように見えるトリック。
「なんだ、あれ?」
模様替えにはこういう失くしていたモノを見つけるという面白さもある。
しかし近づいてみると本当に覚えのない謎の真っ黒の小型機械。
「これって、カメラ…じゃないか……?」
一瞬にして俺は怪談士の語り口のように、すっと血の気が引き、冷や汗がどっと溢れる。怖いなぁ~では済まされないレベルの出来事。これが事案ってやつなのか?それにこれは怪奇現象なんかではなく、明らかに人の手による事件なのだ。
だがしかし、守護霊も超能力にも出馬を願わずに済みそうだ。もちろん警察も。犯人は元から分かっている。ミステリーではなくサスペンスとでも言おうか、犯人解明よりも犯人逮捕が腕の見せ所なのだ。
とは言え、ヤツの家も連絡先も知らない俺は、あのスーパーに行くしかないのだった。シフトに入っていなければアウト。ちなみにあの盗撮・盗聴器は映画のワンシーンかのように踏み潰そうとしたのだが、俺の足への負担が大きすぎたので、外で石に向かって投げたり、その逆もして破壊のかぎりを尽くした。
「いらっしゃいませ♡」
急いで何かを隠した、俺だけに随分と愛想のいい
「俺の部屋を盗撮してただろ、それと盗聴も」
「気づいちゃったんですね……」
やはり朱音か。完全に一線を越えたヤンデレだ。
「どうして」
「だって一緒に住ましてくれないじゃないですか」
「だからってそんなことして良い訳ないだろ」
「ごめんなさい……」
やけに素直だ。嫌われたくないからか?それとも他に思惑が……?
「もうしません。だから、これからはもっとお邪魔してもいいですか?」
美少女の上目遣いほど強力な詐欺アイテムはない。男は皆それに騙され、ヒドイときには、それが単なる嘘だと男側が分かっていようとも言うことを聞いてしまう。今の俺のように。情けねえわ。
「まあ、それくらいなら……」
「えへへ、ありがとうございます♡」
相変わらず本当に嬉しそうに笑う朱音。朱音自体には嫌悪はもちろんウザさも感じていない。しかしこういった異常性を持ち合わせているために、心から信頼は出来ず、このままではずっとそうだ。
だから、監視を辞めさせる代わりに来室を許し、ヤンデレストーカーから、愛の重たい美少女へと進化せるのが俺の今すべきことなのかもしれない。自分好みの美少女作成ゲームとしては案外簡単な部類に入るだろう。だって、攻略済みなのだから。あとは俺の気力の限界との勝負だ。
好き。そう断言できないにせよ、俺の中で無視できない存在であり、手に届くのに掴みきれないミステリアスなダークサイドに惹かれているとは、我ながら拗らせてるなと心配にもなるのだが。
取りあえず別れを告げた俺はそのまま大学の方向へと進みだす。スマホには新しく登録された「間宮朱音」の連絡先と「これからもよろしくお願いします♡」という新着メッセージ。それともう一つ、小説投稿サイトのチャット欄からも新着メッセージが来ているようだ。
『細川先生、近頃更新が遅くなりがちですが、大丈夫ですか?健康に気を付けてほしいのと早く読みたいのとで私は混乱してしまってます(笑)
それと、もしよければ一度会ってくれませんか?』by麻衣
さてどうしたものやら……
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