第10話 Present for you.
「私、守さんのいない世界なんていりませんから。明日の夜6時に私とデートしてください。もし時間になっても現れなかったら、私……」
朱音は俺にそう言った。もう何も分からなくなってしまった。
「行くしか、ないのか………?」
行かない場合、どちらに被害があろうとも不快になるのは決まりきったことだ。ならば俺は朱音と「デート」するべきなのか?
『○○駅にある時計塔の下で待ってます』
朱音からこう送られ、やはり彼女は本気なのだと、決断を急かされる。
優柔不断に時を浪費し、時刻はもう夕方5時。残り1時間弱で運命が変わってしまう。
そうは言っても、やはり行くしかないのだろう。ここで行かないのはあまりにも危険な賭けである。そう決まればもうモタモタとしてはいられない。
ほんの数秒遅れただけで、バッドエンドが迫り来て、数秒でどちらかが消えることになるに違いない。
少し錆びてきている自転車を全速力で漕ぎ、中学生の頃を振り替える間もなく、乱暴なハンドルさばきを繰り広げる。
だんだんと日は落ちてゆき、舞台が悲劇的に整えられていく気がしてならない。
「ありがとうございます……」
涙を流しながら、間に合った俺にそう告げる。
「俺は間宮朱音という人物を知らなさすぎる。だから、少しずつで良いから、話してくれるようになってくれれば嬉しいな」
「本当にありがとうございます……
今断言できるのは、この世で一番守さんの事が大好きな女の子は私だということです!」
「実際俺も、伸びの悪かった小説に初めてファンがついてくれて、本当に救われた。そういう意味では、俺にとって朱音さんはかけがえのない人なんですよ」
「えへへ、照れますね」
「……で、どこに行くつもりなんですか?」
「プレゼントしたい花があって。でも枯れちゃダメだから、一緒にお花屋さんに行きたいなって」
「じゃあ、行きますか」
俺はそこまで花好きではないが、他にプランを持ち合わせない俺が口を挟むべき事ではない。
「あ~これです、これ!アイビー」
ただの葉っぱじゃねえか。まぁ、観葉植物?としてはなかなか良いのかもしれないけどさ。
「お待たせしました!はいどうぞ!」
「あ、ありがとう」
「ちなみに、花言葉は誠実とか、友情、それから、永遠の愛です♡」
「そ、そうなんだ……」
「ふふふ~ん♪」
すっかりご機嫌なようで、少し安心した。世界線が違えば、もう俺か朱音のどちらか、あるいは両方が死んでいたのかもしれないかった訳だからな。そう思えば、このアイビーなる植物もよく見えてきた。
「昨日は声を荒げてすみませんでした」
「そんな、守さんはこうして優しくしてくれてるじゃないですか。私、無視されてないだけでも嬉しいんですよ。それがデートまでできたんですから最高です!」
「じゃあ、その、おやすみ」
「おやすみなさい♡」
なんとか今日を乗り越え、使い古された机に飾ってみる。なかなか悪くないな。アイビーよ、単なる葉っぱ扱いして済まなかった。
心の中で和平会議を行い、アイビーは新鮮な酸素を、俺はアイビーの生活保護を保障することで、戦争は回避された。
条約を守る為に飼育方法を調べてみる。
「ホントだ、花言葉は誠実・友情・永遠の愛……と死んでも離れない!?」
朱音はやはり朱音だった。途端にアイビーへの見方が変貌してしまう。
条約撤廃とまではいかずとも、否応なしに浮かび上がる朱音の顔には、幾分かの恐怖がある。
『アイビーちゃん、可愛がってあげてくださいね?』
『ありがとう』
朱音の方から花言葉の話を持ちかけることで、俺が興味を持つとふんだのだろう。ヤンデレには感情的なタイプともうひとつ、策士な攻略的タイプとに分けられるとするならば、朱音は後者だ。この事実は決して忘れてはならない。
「ふふ、焦ってる焦ってる。守さん、枯らさないでいられるのかなぁ♡」
試練が幾重にも重なって毎朝毎晩俺を悩ます。可愛いからと言えども、何でもして構わない訳ではないぞ。好き勝手に俺の心を掻き乱す、と表現すれば俺自身が恋をしているかのようにも聞こえる。
俺はこの先どうなってゆくのだろう。朱音は何を話してくれるのだろう。
何となく、「何も変わらない非日常」が続くのだろうという気を拭いさる事は、眠るまで無理だった。明日もそうかもしれない。
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