第9話 書き換えられた日常
……どうやらヒューズが落ちるように一瞬にして眠っていたようだ。すでに朱音は帰ったようで、置き手紙には丸い文字で
【ご飯作り置きしておきました。起きたら早めに食べてくださいね。
P.S 寝顔可愛かったです♡】
と書かれていた。ゆっくりと立ち上がり、冷蔵庫を覗き見る。ハートマークで飾られたオムライスとコンロの上にはスープの入った小さな鍋。効率厨ではないが、レンジで温めている間にスープを温める。オニオンのいい匂いが本能的に俺を目覚めさせる。
「美味しい……」
シンジ君の味噌汁ならぬ朱音のオニオンスープ。メイド喫茶を彷彿とさせるこのオムライスもなかなか美味しい。そういや、これって女子の手料理なんだよな……何となく感動に近い感情が自然と発露する。今はそれほど嫌って訳ではないんだが、いかんせん素性が判然としない。いつも見張られているかのような雰囲気を醸し出しているのに、それに気づくことはない。この霧に隠された何かが分からない限り、俺は心から朱音に話しかける事なんて無理だろう。もしかすると、霧そのものなのかもしれないが。
『おはようございます。まさか一日中寝て終わるなんて自分でもビックリなんじゃないですか?』
朱音は俺と不自然なことだが、自然とチャットを介して話しかけてきた。確かに意識の高い性格ではないが、翌朝まで寝てしまうなんて思ってもみなかった。これで身体のダルさ・眠さが解消していなければ病院に行った方が良いレベルで眠り呆けてしまった。
『なんかすみませんでした。ご飯ありがとう、美味しかったです』
さて、今日は講義もアルバイトもない素晴らしい日だ。そんな日にはダラダラ、と言いたいところだが、再三言う通り、もう十分休息した俺はある予定を立てた。
大学へ行く。人生ソロプレイヤーである俺はサークルすら入っておらず、本は借りるより買う派だ。では何のために休講日にわざわざあの学び舎へ足を運ぶのか。え~答えは解決編で。細川守でした。
電車で数駅乗った先に俺の通うアカデメイアがあるのだが、残念ながら俺が大哲学者になる兆しは一向に現れない。俺にはまだまだ分からない事が多すぎる。しかしそのことを知っている俺は、彼らより賢いのだという
「すいません、間宮朱音という生徒っていますよね?」
「少し待っててくださいね」
まさしく事務的に対応されているが、俺はかなり核心へと迫ろうとしているのだ。少し問題は有るかもしれないが、あまりにもこちらのカードが少なすぎる。いいようにあしらわれているばかりでは何も分からずじまいだ。死中に活を求めずして解決はあり得ない。
「お待たせしました。間宮朱音さんですが、確かに当大学の学生でした」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「ですが、半年前にお亡くなりになったようで、除籍扱いになってはいますが」
「本当ですか!!??」
どういうことだ。間宮朱音は死んでいるだと……?同姓同名の人物は他に見当たらないのなら、俺の前に現れた間宮朱音は何者なんだ。ダメだ、「何者か」という最大の疑問は、ヒントはおろか難易度が高まって降りかかってきた。もはや俺の手札は底をつき、最寄りから最寄りへと往復しただけとなった。
家に帰るとそこには朱音の姿があった。
「おかえりなさい」
「……なんの用ですか」
「特にこれと言って用事はありませんけど、来たらダメでしたか?」
正直、気持ちの整理が出来ていない今、ずかずかと俺の家に、いや、心に踏み込まれる事に腹が立っていた。
「お前、誰だ」
「急に何ですか?守さんのファン第一号の朱音ちゃんを忘れちゃったんですか?」
「悪いが今日は帰ってくれないか」
「どうしたんですか……?」
「そっちこそ何のつもりだ」
「ちょっと、守さん、落ち着いてください!?」
どうせ朱音は正体をバラしはしない。朱音が俺の左腕を掴むのを振り切って鍵を開ける。
「大好きなんです!!!」
目を浮かばせながら朱音は恥ずかしげもなくそう叫ぶ。
「私にはもう、守さんしかいないから…お願いします、見捨てないでください……」
「……とにかく今日は帰ってくれ。それと、声を荒げてすみませんでした」
「私、守さんのいない世界なんていりませんから。明日の夜6時に私とデートしてください。もし時間になっても現れなかったら、私……」
「考えておきます」
そう言い残してドアを閉めた。
少し感情的になり過ぎたのかもしれない。もし俺が来なければ彼女はどうするというのだろうか。いずれにせよ時間の融通だけは確保されているので、明日のことは明日決めよう。
「守さん、あんな風に怒るんだ♡えへへ、あともう少しかな?」
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