第6話 ヤンデレにデレデレするのは禁物

 いつもの如く独り取り残された俺はもうしばらくコーヒーに喉を潤し、ついでに早めの昼ご飯も済ませる。普通、喫茶店と言えばナポリタンという世間の風潮に抗うかのようにメニューには記載されておらず、俺はここでカレーを注文する。美味しいには違いないのだが、同じ値段を払うならばカレー屋に行くというクオリティ。中年の「マスター」がやけに落ち着きながら作り始める。他に客が居ないことに若干の恥ずかしさはあるが、孤独とは森ではなく都会で感じるものであり、世間の目が気にならない環境下でのぼっちもとい「お一人様」は苦痛どころかいささかの楽しささえある。


 間宮朱音。同じ大学に通い、よく利用するスーパーでアルバイトをしている美少女にして、唯一の熱狂的ファン。単純に考えてれば、俺にとってこれほど望ましい人物、それも女性はそう出会えるものではない。友人の少なさがよりそのガチャの鬼畜さに拍車をかける。

 あのあまりにも一直線な行為には少したじろぐが、本音では喜んでいた。なにより、あの類まれなる可愛いさが、俺がとるべき冷静な拒絶そのものを拒絶させる。可愛いは正義。正義の前に俺の浅はかな抵抗など何の効果もない。この少し辛いぐらいのカレーのルーがあの甘々しい朱音の態度を美化させる。そういや講義受けるの忘れてた……


 アルバイトに備えて「アフタヌーンティー」を迎えることなく帰路につき、出発までしばしの休息を自宅でとる。聖域とは言い難いありふれた男子大学生の一室。その一歩手前であるこの玄関に、つい数時間前、朱音がいた。自分でもしつこいくらいに意味が分かっていない節があり過ぎる。

「どうして朱音は俺がだと分かったんだ?」

 最大にして事の根幹にも関わる疑問。しかしこの数日で一つだけ分かったこともあった。

 朱音について考えても何も分からないどころか余計に謎が増える。オカルトの一種なのかもな。斜め上に飛びぬけた愛情表現とドストレートな可愛さはオーパーツと言えるかもしれない。


「先輩はヤンデレってどう思います?」

「急にどうした。細川、そこまで恋人欲しいキャラだっけ?」

「……世間話ってことで」

「狭い世間だな。そうだなぁ、俺はあんまり詳しくないが、ようは愛が重たい女子のことだろ?俺はちょっと苦手かな」

「なるほど」

 アルバイト先であるファミレスの先輩は何とも普通の返答を述べる。まさしく「暇」の具体例かのような雰囲気が辺りを漂う。

「いらっしゃいませ~」

「来ちゃいました♡」

 惰性で客に対応していた俺に天罰かあるいは恩賞が与えられた。

「……ここにも来たことあるの?」

「えへへ、どうなんですかねぇ~♡」

 ありますね、証拠はないですが。もちろん立件するには不十分。法治国家の原則に従って、疑わしきは罰せず、被告人の利益にの理念を尊重する。これが文明人の余裕あるスタイル。ストレスフリーの世界の誕生。

「店員さんのオススメって何ですか~?」

「ファミレスごときにオススメなんかねーよ」とは言わず、「期間限定のフルーツパフェはいかがでしょうか」と営業をしっかりと行う。

「なるほどパフェ、はっ!そうか!!パフェお願いします!!!」

 何その勢い……オーダーという名目で一度この場から逃げる。


 しばらくして肝心のパフェが完成し、再び朱音の前に進む。幼女のように足をリズムよくぶらつかせ、こちらに笑顔を向ける。

「守さん、はい、あ~ん♡♡」

「はぁっ!!??」

「ほら照れないで♡」

「さすがにそれは……」

「……皆さんにバラしますよ」

「何をだ!?」

「ほらほら~ キャッ♡♡」

 あまり揶揄からかわれて、他の店員に見つかっても嫌なので勢いに任せて差し出されてスプーンを口に入れる。クリームの甘さと背徳的な精神的甘美。性癖歪みますわ……

 朱音はと言うと、それはそれは嬉しそうにこちらを見つめていた。だから歪むって。

「ぱくっ」

「おいっ!?」

 何となく想像はしていたがまさか本当に間接キスするなんて。目の前では、勝ち誇ったようなドヤ顔と変態的な至福のひと時を一斉に堪能している美少女がいる。「えへへ、おいしいです♡」

 はい、歪みました。

「もう、守さんったらそんなもの欲しそうな目で見ないでくださいよ♡」

 いかんいかん。これ以上は公序良俗に反する。職務怠慢理由が彼女でもない女性とイチャイチャしてたからではそれこそ俺が書類送検されてしまうではないか。

「ごちそうさまでした♡」

 意味深に聞こえた俺はもう隔離しておいた方がいいのかもしれない……

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