第5話 初・ヤンデレと二人きり

「やっと話せましたね♡」

 この満面の笑みを浮かべる美少女こそ、あの「朱音」だというのか。本人と会話が成り立っている以上そうに違いない。漫画のキャラと出会ったと言うよりも、なんだかその作者に会えたのは良いが、想像していた雰囲気と違うような違和感を覚えずにはいられない。いや、確かにかわいい子だよ。それは認めるどころか感謝さえ感じている。気になるのは、そんな美少女がなぜこうもヤンデレ的愛を俺なんかに向け、こうやって目の前に現れたりするのか。

「……本当に朱音さんなんですか?」

「本当に朱音さんですよ♪純度100%の間宮朱音マミヤアカネです♡」

「一体どうしてここが」

「さすがは作家さんですね。なんだか小説のセリフみたい」

 面と向かって言われると少し恥ずかしいが、そもそもそんな非日常を演出しはじめたのは朱音の方だ。

「やっぱり細川先生は私のこと、知らなかったんですね……」

 ということは、やっぱり元々俺を知っている人間なのか。いまいち要領を得ないなことへ若干のイラ立ちを覚えつつも、色白で背は俺より少し低いこの超弩級ちょうどきゅうの容姿端麗さに俺は畏怖さえ感じていた。何もかもが俺とは違う世界で構成されたファン第一号・間宮朱音。

「見過ぎですよ♡」

「あっすみません!!」

 何やってんだ俺は。かくも簡単に感ずかれるならば、ぼっち王の名は返上する必要がありそうだ。

「てか答えてくださいよ。どうしてここが分かったんですか。元々俺のこと知ってそうでしたけど、どこで会いましたっけ?」

「……冗談ですよね」

 高級人形のような整った顔にほんの一瞬だが能面のような冷徹さが目に映った。

「なんならつい先日も出会いましたし、大学だって同じじゃないですか」

「……どこでしたっけ」

「リンゴジュースとカップラーメン。これで思い出しましたか?」

 おい待てよ。それじゃあもしかして

「レジの時の店員さん……!?」

「やっと思い出してくれましたね。さすがに大学は人が多いから仕方ないかもですけど、それにしてもひどいです」

「あ、いや、すみません……」

 脊髄反射的に謝罪してしまったが、客観的に見れば俺は一般的応対の態度をとっており、いちいちいくら可愛かったからと言えども、そんな些細な事まで覚えている訳がない。第一、俺みたいな奴が、そういう脳構造に変化してみろ、すぐさま牢獄に繋がれるはめにあうに決まっている。

「細川先生と同学年なので八雲さんって呼んでもいいですか?」

「構わないですけどペンネームなんで、あまり人前ではちょっと」

「そうだったんですか!?」

 住所は知ってんのにそういう事は知らないのな。というか玄関先でポンポン話が進んでいるが、未だに追いつけていない箇所が多すぎる。

「細川守です。ひとまずファミレスか喫茶店で、ゆっくり話しませんか」

「もちろんです!守さん♡」

 いや、そんなに喜ばれたらナンパかデートみたいになってしまうんだが。真相を問いただしたい名探偵ムードは一切伝わらなかったらしい。


 結局、静かに話せる喫茶店にした。徒歩で行けてなおかつそれなりにコーヒーも美味しい。それなのに何故か全く繁盛していない「喫茶 月宮つきみや」。俺は時折入ることがあるが、そういった世間とのわずかなズレが、小説を迷作と変貌させ、右横でニコニコとこちらを見つめるストーカーを召喚してしまうのかもしれない。

「守さんはよくここに来てますけど、何かオススメってありますか?」

「……ブレンドコーヒーくらいしか飲んだことないです」

 ストーキング情報さえ口に出さなかったら、立派なデート風の会話なのにな……

「じゃ、私ウインナーコーヒーにしよっと」

 今のは氷菓ネタか?などと考えている時点で非モテ確定なんだよなぁ。

「朱音さんは一体何者なんですか?」

「ズバリ聞きますね。じゃあ、逆に聞き返しますけど、守さんは何者なんですか?」

 禅問答みたいにはぐらかして、よけいに話をややこしくしてきやがった。純粋無垢な顔をしながらストーカー行為に日夜励んでいることだけはある。策士でなければ早々に気づかれて即逮捕or罰金だろうからな。

「……朱音さんは俺の作品のファンなんですよね?」

「もちろんです!それに守さんも大好きです!!それはもう今すぐ同棲したいくらいに♡」

 ドキドキするな俺。ヤンデレの言う同棲は監禁と同義語だぞ。

「想像しちゃってます?守さんってむっつりスケベさんですか♡」

「し、してませんよ!」とすかさず返した。まさしくこの反応が本音を代弁している。

「いつでも準備は整ってますよ♡あっ、いけない!これからバイトでした!残念ですけど今日はこのくらいで!」

 ウインナーコーヒーは気が付けばすでに空っぽだった。向かいの席も一瞬にして空席となり、あたりにも客はおらず、ややもすれば幻覚にも思える異常な時間だった。

「何にも分からなかったな……」

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