第4話 謎と同じく、答えもまたすぐそこに

「どうしてこうなった……」

 それが正直な感想だ。原因があって今がある。俺は決してスピリチュアルな人間ではないから、こうして論理的に物事を振り返るのだ。ちなみに俺のマザーコンピューターの回答は「601」。リツコさん曰く解析不能を示すコードナンバー。「つまりワケわかんないってコト?」と返してくれるコアな知り合いは一人もいないのだが。

 しかし人間、あまりにも不可思議な現実に直面した時、もはやその人物は「なぜ」などと執拗に自問自答しないものだ。

 受け入れられないが、それは仕方ないと捉え直したその時、わずかな光が差すはずなのだ。これが悟りなのか、はたまたキャパオーバーなの俺はあえて断定しないでおく。

 自称急用の入った男は考え得る事態へのを考えながら、読者は閑古鳥、ファンは熱烈な方が一名というまごうことなき迷作を、ゴールデンタイムがとうに過ぎた、草木も眠る丑三つ時にまたもや書き進めていた。これで昼夜逆転していない俺は何者なんだ。幽霊と言えども夜勤オンリーなのに。朱音に対する厄介な雑念は、丑の刻参りに勝るとも劣らない必死さはあるのだが。

『ねえ、嘘ですよね。ホントはまだ見てるくせに』

 このメッセージが怖いのと時間は全く関係なく、これは真昼間に送られて来ようとも同じだけの恐怖が体感できるはずだ。

 あくまでも作家であるという自尊心の度合いを大幅に引き上げ、文豪の如く超然と構える。一読者の分際で俺様の筆は止まらんぞ!これこそまさに「虚勢」の具体例。

『ま、いっか。今夜の投稿待ってますからね♡』

 初めて来たときはあれ程までに興奮したハートマークは、今となってはホラーの舞台装置に他ならなかった。担当編集のいないweb作家である俺に突如として舞い込んだこの催促?には心底不安にさせられる。

「もう今日は休もうかな……」

 正直これは賭けだ。急用で疲れて寝落ちしたという体裁をとることは一応可能だ。しかし、今の「朱音」にそれが通用するのだろうか。仮に逆鱗に触れることとなってみろ。一気に正体に関する謎は解けるかもしれないが、それは俺の人生の「一巻の終わり」でもあり得るのだ。では書けばよいかと言えばそうでもなく、現に今夜の俺の執筆進行度は極めて愚鈍なものだった。

 結局俺は投稿するのを諦めた。何もこれは今に始まった訳ではない。朱音だってそれは知っているはずだ。「人気もないのに毎日投稿しないとか、作家舐めてんの」と高飛車な先輩キャラが身近にいるものなら言われていただろう。流石に今の妄想は我ながらキモイな……


 そして運命の翌朝。俺は合否を確かめるかのように恐る恐る慎重にチャット欄を開く。これまた俺の想像を遥かに超えた状況が映し出されていた。正確に言うと

 

 寝る前にみた『ま、いっか。今夜の投稿待ってますからね♡』を最後に何もメッセージも送信されていない。

「朱音の方が寝落ちしたとか?」

 あり得なくもない御近所づきあいがモヤモヤを残した解釈を盾に平然を再び装う。今日は1限だけ講義を受けて、後は昼から夕方までの数時間をアルバイトに浪費しなければならない予定だ。早く高等遊民になりたいものだ。

 そんな叶わぬ思いに耽っていると、宅急便か何かがインターホンを鳴らす。再三繰り返ようだが、ご近所づきあいも友達もいない俺をインターホンまで鳴らして尋ねるのは、宅急便か宗教勧誘くらいなものだ。それも例外なくおじさんやおばさん。ここで美少女が俺の家に訪ねてこない点にリアルと二次元の相違を感じざるを得ない。

 そんなつまらぬ事を考えていると再びインターホンが鳴らされる。いや、俺が悪いのは十分承知しておりますが、まだ朝の7時だぞ!?まあ、相手も仕事だ。俺のこの些細な抗議もあえて伝えるべきものではない。


「すいません、お待たせしました」

 俯きがちにドアを開けたので言い切るまで気が付かなかったが、どうやら宗教勧誘だった。それと前言撤回。俺と同い年かちょっと下くらいのカワイイ女子が回っていることもあるようだ。宗旨替えしちゃおっかな。

 彼女は心配げにこちらをうかがい、話を切り出す。

「大丈夫!?倒れてたわけじゃないですよね!!??」

「いや、大丈夫ですけど、そんなに遅れてましたっけ?」

 それとも悪魔に取りつかれているとでも展開させる気か?


「なら良かったです。返事は来ないし、小説も投稿されないしで、まさか倒れちゃったのかと心配して来ちゃいましたよ……」

 安堵からか今度はニコニコと話しかけてくるが、どうやら宗教勧誘でもないことが分かった。それと正体の方も……

「あの~もしかして朱音さんですか……?」

 心霊スポットで『誰かいますか~?』と問いかけるような気味の悪い質問だ。

「やっと話せましたね、細川先生♡」



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