第一章

第2話 変わりゆくあの日常

 俺の一日は良くも悪くも年中同じ毎日の繰り返しだ。午前中は講義に出席するかアルバイトに精を出し、午後、まあ主に夜中から深夜にかけて投稿サイトにアップロードするために、これまたほぼ毎日、小説を執筆している。

 だがしかし、ここ数日来、正確には昨晩から、俺の生活に新たなが舞い込んできた。

『細川先生、今日はどんな話になるんですかね?あっ、でも体調を崩しちゃダメなので、たまにはゆっくり休んでくださいね』

 朱音と名乗るこの人物に一夜にして健康管理までされる始末。ありがたいのだが、リアルでもネットでも俺にとっては前代未聞の出来事ゆえに素直に喜べるだけの余裕がなかった。己のダメンズさを再び見せつけられた訳だが、仮に朱音が女性ならば、もしかすると……などと振り切った思考が自ずと生まれてくるこの「ぼっち王」は議会にかけて、即刻ギロチンの刑に処すべきだ。

 さりとてファンに会ってみたいという作家心と「可愛いのかな」と妄想に走る本能を分けて考えるという高度な思考もできるはずはなく、折衷案としてコメント欄ではなくチャット機能を利用し始めた。


『さすがにネタバレはちょっと……

 確かにそうですね。疲れた時は休ませてもらいます!』

『それがいいですね。ところで先生の好きな女性のタイプってこういうヤンデレ?っぽい娘なんですか?』

 事をややこしくしている理由の一つにこの返信速度の速さが挙げられる。ややもすれば「細川八雲であればこう返すであろう」と先読みしているのでは?とあり得ないと知りつつも疑ってしまうレベルだ。

『俺のような人間は人から愛されたことが無いですからね。そういう所がヤンデレの魅力ですかねw』

『私は先生のこと、大好きですよ♡』

 冗談だと分かってる。メイド喫茶に訪れたからといって、自分が本当にだと勘違いすることが無いように。それと心のどこかでまだ朱音がネカマである、ひいては冷やかしの可能性も拭いきれてはいなかった。

 だからと言って邪険に扱う訳にもゆかず、『嬉しいですww』と返しておく。


 話にひと段落付き、パソコンの右横に置いたコップに飲み物が残っていないことに遺憾の意を唱えんばかりに席を立つ。しかしその些細なイラ立ちを俺の冷蔵庫は解消する余力がなかった。電気を供給し続けるのが勿体ないくらいにほぼ空っぽ。まさしく俺の所有物というか、努力の甲斐も虚しい生き様は反面教師とされぬまま、この部屋の隅々に反映されてしまっている。

 深夜徘徊かあるいは不審者と間違われぬことを祈りながら、飲み物と「ディナー」を調達すべく近所のスーパーへと向かう。

 リンゴジュースとカップラーメンという何とも言えないカゴの中身を可愛らしいアルバイト店員に見せびらかすように有人レジへと進む。もちろん興奮するほど歪んではいないが。

 そしてそそくさと自宅へ戻り、どれほど急ごうとも3分待たされるのに急ぐ醜き人間の性を目の当たりにする。変わらぬラーメンの味に安心とまではいかないが、今日の終わりが近づいている事を悟る。

 就寝まであと数分であるのは一目瞭然。風呂にも入り、小説の予約投稿も設定済み。よし寝ようとしたのも束の間、あの音がメッセージの到来を告げる。



『細川先生って、結構背が高いんですね♡』

 。チャット相手を間違っている可能性は、名指しであることから、ものの数秒で打ち砕かれた。

「は?」

 思わず空気を振動させてしまった。たしかに俺は175センチほどあるが、顔出しはおろか体格を写した写真など、どのSNSにもアップしていない。それに朱音に出会った事ももちろんない。

 これは単純に考えてマズくないか……?特定されたのか?チャットでの当たり障りのない会話だけで?

 眠気などもはやなく、急いで過去の内容を振り返る。しかし目ぼしいものは無く、考えたくはないが、あるとすればハッキングくらいなものだ。

『どうしてそんな事を……?』

『えっ、先生って170センチは超えてますよね?』

『そうですけど、朱音さんってリアルで会ったことある方ですか?』

 朱音がハンドルネーム、すなわち偽名でないのなら、俺はそんな人物は知らない。悲しいかな、友達の少なさがそれをより強固な確証へと高める。


 事実は小説よりも奇なり。

『ホントに背が高いんですね~♡♡』

 鎌をかけられた。そう気がついた時、俺はノートパソコンを閉じて、ベッドに潜った。「朱音」とは一体……

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