リアルヤンデレに建前はない

綾波 宗水

プロローグ

第1話 非現実<ヤンデレ>との邂逅

 俺は必死に脳内での妄想もとい創作を文章にせんとして、本来眠るべき丑三つ時に独りパソコンへと向かっていた。まさしく現代版「丑の刻参り」と言わんばかりの苦し気な表情がモニターを通してうかがえる。それには単に執筆時間の問題だけでなく、その題材にも関係している。

 だ。病んでいるかの如く主人公にデレデレとするヒロインまたはその思いの強さが常軌を逸しているヒロインを指す。

 ペンネーム細川八雲ホソカワヤクモ、本名細川守は人気のない三文作家としてこれまでに2作、ヤンデレものを書いてきた。これは3作目に当たり、「今度こそは」というドリーマー根性剥き出しで、日をまたごうとも、視力をかけ金に今日も執筆に打ち込む。


 危うくまぶたを閉じてキーボードクラッシュをしかけた数秒前に、聞きなれない通知音が鳴る。友達が少ないとは言え、さすがの俺もL○NEやメール、そしてYo○〇ubeの通知音ですらないことはものの数秒で理解した。だからこその恐怖と言うか、嫌な予感がした。誰か実はここにいる……?

 しかしながら、よかれあしかれ、ここは至極退屈な現実世界。ホラーやミステリーの主人公でもましてやモブにさえなれない俺にそんな劇的な出来事はそう簡単には訪れない。


【レビューが届きました】

 モニターには初めて見る機能によって生み出された、これまた見たことのない文言が映し出されていた。未知との遭遇に喜びと驚愕の混ざり合った複雑な感情が爆発し、飛び上がった際に俺の膝が、小学生の頃に親に買ってもらった現役学習机に不運にもヒットし、痛みとして夢ではないことを豪快に伝える。

 まるでいかがわしいサイトをクリックするかのように、恐る恐るレビューを開く。


『細川先生の小説いつも楽しく読ませてもらってます!

 いつも深夜に投稿されてるのは昼間お忙しいからなんですかね?だとしたら尊敬します!これからも投稿続けてくださいね♡』by朱音


「ふはは」

 思わず気持ち悪い笑みがこぼれる。ネカマの可能性は十分あるが、俺の作品を気に入ってくれているという事実に変わりはない。それに内容は酷評ではなく称賛。

「ついに来たか……」

 時代という壮大なスケールが賛美してくれた訳ではないことくらい理解していたが、深夜テンションに初レビューのコンビネーションにどうして俺のちっぽけな理性が打ち勝てようか。すかさず感謝の意を返信する。たった一人のファンに愛想をつかれては立つ瀬がない。

『レビューありがとうございます!はい、これからも投稿させていただきます。よろしければ引き続きお読みください』


 短時間に見せた感情の激しい起伏にとうとう気力が睡魔を呼び寄せる。もう寝ようと決め込んだそのコンマ数秒の間にまたしても聞きなれない、いやどちらかと言えばデジャヴを感じさせるような通知音が再び部屋に響く。まさかと思ったがどうやらそのまさかのようだ。


『返信ありがとうございます!!

 なんだか感激です!もちろんこれからも読みますよ♡コピーしてそれから製本まで自分でして読書用に保存用・鑑賞用持ってるくらいに大好きですから!!!』


 ……俺はかなり熱狂的な読者に巡り合えたらしい。商業目的でないのならコピーはOKなのかな?作者の知らぬ間に書籍化を果たしていたようだ。なんとも複雑な心境でどう返信すればよいものか。目を瞑って思案に暮れている隙に気が付けば寝ていたようで、住人と同じように陰気なこの部屋にも朝日が差し込んでいた。

「おいおいおい!!」

 通知欄が「朱音」さんからのもので溢れかえっていた。元来、公私ともに連絡を取り合う仲はほぼゼロに等しいので、一見喜ぶべきこの状況に俺は心底震えあがっていた。何より罪悪感が凄まじい。帰っても来ないのに一人で会話し続ける苦痛は、友人がほぼ皆無な俺だからこそ痛いほど分かってしまう。

 急いで時系列順に読んでいく。


『細川先生のサインいつか欲しいです!もちろんこの紙の本に♡』

『あれ、もしかして寝ちゃいました?それとも私みたいな女、お嫌いでしたか……?』

『嫌だったら言ってくださいね?』

『「嫌です」って返信がないってことは、いいんですよね?』

『毎日読んでます♡この作品は文字通り私のバイブルです』

『よかったら今度私がそちらに行くのでサインくれませんか?』


 ちょっと待ってくれよ。この子は「どちら」に行くつもりだ?まさかオフ会的なものでも開くのか?この俺が?

『返信遅れてすみません。いつかサイン出来るくらいの作家になれれば、そこでお会いしましょう』

 今日だけは、普段から辞めたい辞めたいと思っていたアルバイトが何故だか恋しかった。しかし人生とは皮肉なもので、今日は本店が定めた安息日―定休日―だった。今日は終日、否が応でもレビューといくつかの追伸が目に付くという、なんとも売れっ子作家のような贅沢な悩みにさいなまれたのであった。

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