バディ結成

 今までゼインと組ませた隊員は、特に新人はことごとく彼の粗暴な言葉に怖気づいて退職したり異動を懇願したりとなかなか固定のバディが決まらなかった。


(もしかしたら、エラとならうまくやれるかもしれない)


 どんな相手でも臆することなく接するエラならばきっと、とヴァネッサは一縷の望みを新米に託すことにした。


「はいっ!」


 即座に返事をしたエラとは裏腹に、ゼインは納得いかない様子でヴァネッサに噛みついた。


「待て待て、まだ初日だろ? 他の奴らにもつかせて仕事覚えさせるって昨日決めたはずだ。なのにいきなりバディを組めって——」

「隊長命令だ。副隊長として新人育成に心血を注げ。異議は認めない。決定事項だ」


 やや強引すぎるものの、命令とあらば従うのが部下の務め。渋々了承する。


「後は頼んだ。帰所次第報告するように」


 ヴァネッサはふたりに背を向け、近くにいた消防団のもとへ歩いていく。エラの目は無意識に、ヴァネッサの髪を結わえている紐をとらえていた。エラの中で、どうにもその紐が気になって仕方がない。

 ぼんやりと紐を眺めている最中、ゼインは「まいったな」等とぶつくさ文句を垂れていた。


「えぇーっと、聞き込みをしないと、ですよね?」


 一向に動こうとしない先輩の顔を覗き込む。ゼインは頑としてエラに視線を向けることなく、虚空を眺めていた。が、腹を決めたのか、一度左目を閉じてわざとらしいため息を吐き捨てる。


「行くぞ、チビ」


 長い足を一歩前に踏み出した直後、ちょこまかとエラが目の前にししゃり出てくる。危険を察知したゼインが急停止して、衝突を直前で回避した。


「……っ! 危ねぇだろうが!」

「待ってくださいっ」


 鋭く射すくめられても、エラは動じることなく立ちはだかっている。


「んだよ」

「何度言ったら分かるんですか。私の名前、チビじゃありません。エラです。この世でこんなに覚えやすい名前、ないと思うんですけど?」

「なんだっていいだろ」

「良くないです! せっかくかか様がつけてくれた名前なのに、ちゃんと呼んでもらえないと……寂しい、です」

「……っ」


 ゼインが言葉に詰まったのは、寂しいと発言したエラが無意識に上目遣いを行使してきたからだ。女が悲しげに目を潤ませながらじっと見つめてくるその瞳に、男はめっぽう弱いことを知ってか知らずか。ゼインは目を逸らして咳払いをし、その場を取り繕う。


「そんなこと後でもいいだろ」


 エラを避けて進もうとすれば、すかさずゼインの進行方向にエラが回り込んで進路妨害をする。名前を呼ぶまでここを通さないと言わんばかりに。


「しつこいな、お前」

「私はゼインさんと仲良くなりたいんです。その為に名前を呼んでもらいたいんですっ」

「俺は別にお前と仲良くなりたかねぇよ」

「そんな冷たいこと言わないでくださいっ。私、なんとなくゼインさんと仲良くなれそうな気がするんですっ」

「どっからくんだよ、その自信は」

「私のは絶対当たるんですっ」

「訳わかんねぇ奴だな」


 右に行こうと見せかけて即座に左へ足を踏み込んでも、エラは先回りをして行く手を阻み、進むことを許さない。

 何故抜き去ることができないのかと不思議に思った。と同時に、運動神経や反射神経には自信があったゼインは、体が衰えたのだろうかとやや動揺してしまう。

 何度かお見合いを繰り返した挙句、根負けしたのはゼインの方だった。


「あー、くそ! 名前を呼べばいいんだろ、呼べば」

「ようやく呼んでくれるんですねっ。では、張り切ってどうぞ!」


 エラは、目を輝かせてその時を待っている。ゼインはといえば、やや照れ臭そうに頭を掻いていた。


「……行くぞ、エラ」

「待ってました! 行きましょ、ゼインさん!」


 一歩前進したことで浮かれ気味のエラは、調子外れな鼻歌を歌いながら、ゼインの数歩先を歩いていく。歩くたびに、アプリコットオレンジの髪がふわふわと揺れていた。二、三歩歩いては振り向き、オッドアイの瞳を細めて笑いかけてくる。


「なんだよ」


 露骨に面倒臭そうな声を発したが、エラは気にする素振りも見せずに微笑んだままだ。


「ちゃんと逃げないでついてきてるかなって、確認です」

「逃げねぇから前見て歩け。転ぶぞ」

「心配してくれるんですか? ゼインさんって優しいんですねっ」

「別に優しくねぇよ」

「ご遺体を見て怯んでた私に大丈夫かって聞いてくれましたし。それに、ご遺体の所に行かせないようにしたのは、新人の私が見るにはきついだろうなっていう配慮ですよね? お口は悪いですけど、本当は優しい人なんだなって思いました!」


 ふふっ、と柔らかく微笑んで跳ねるように歩いていく。今まで、口が悪いだの破王だのと散々悪い評判ばかりを聞き慣れてしまったせいか、優しい、と褒められるとなんだかむず痒い感覚に襲われる。調子が狂って居心地が悪くなってきた。


(ったくとんでもねぇ奴を寄越しやがって、許さねぇ、ヴァネッサ•ゲーンズウォルガー)


 消防団との意見交換に集中している女隊長を、じっとりした目で睨みつける。

 火事のあった空き家を出て、道を数十歩ほど進んだ時。前を歩いていたエラが突如立ち止まり、くるりとその場で振り向いた。


「ところで、どこに向かってるんですか?」

「は? 知らねぇで歩いてたのかよ」

「トードスカには土地勘がないものでっ」

「見切り発車で動くな。ったく……あそこの建物見えっか?」


 空き家の北側、通報した住人のある家の奥に、一際目立つ古い建物がある。そこを、ゼインの節くれだった指がさしていた。


「あれは、何の建物ですか?」

「ナージェン魔術大学校の寮だ。夜更かししてた学生が、寮から現場を見た可能性がある。まずはそこからだ」

「なるほど、頼りになりますっ!」


 ずかずかと進むゼインとちょこちょこついていくエラのふたりは、ナージェン魔術大学校の寮へと歩を進めた。



 ——火事が起きた空き家から、東の道を進んだ先。そこにある共同墓地には、フリートとマクシムの同い年バディがいて、深く掘られた穴を恐る恐る覗き込んでいた。

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