強引な説得と機会を窺う時間
「フリートくぅぅぅぅん!」
ハンナに関する聞き込みの為、ナージェン魔術学校へと向かっていたフリートとマクシムの背に、甘ったるい女性の声がかけられた。
「こんにちは、シルビアさん」
人当たりの良い笑顔を向けられ、シルビアは気を良くしてにんまりと顔がとろけている。
以前、守護隊支所でフリートを独占し、独演会を開催していた女性だ。マクシムは話が長くなりそうだと察知し、フリートの脇を小突いてさっさと行こうと目で合図する。
即座に意味を理解したフリートは、罰が悪そうに眉を下げた。
「申し訳ないんですが、これから僕達——」
「この間私が怒ってた理由なんだけどね?」
有無を言わさず、フリートの腕に自身の腕を絡ませて、わざとらしい上目遣いを行使してくる。瞬きが多すぎて竜巻が巻き起こりそうだ。
「あの、僕た——」
「私が働いてるお店のね、隣の豪邸の庭の木がすっごく伸びてて。お店の屋根にかかってたのよ」
フリートを離す気はさらさらないらしい。話を始めたら、誰もシルビアを止めることはできない。
「その豪邸にはお爺さんしか住んでなくて守護隊員さんに言ってなんとかしてもらおうと思ったわけ。でも、ほら、フリート君とこのね、こわーい隊長さんに追い返されちゃったじゃない? それでもやもやしながら帰ったら、その豪邸から若い子達が現れて。お孫さん? なのかしら。だから言ってやったのよ、剪定くらいしなさいって。そしたらちゃんとやってくれたわ」
「それは本当に良かった、じゃあ俺達はこれで」
マクシムが適当に話を終わらせてしまうと、シルビアはムッとした顔でマクシムを睨みつける。その形相は鬼だ。それも、フリートには見られぬよう俯き加減なものだから、ガンをつけているように見えて尚更怖い。
「ひっ」
マクシムの喉の奥からか弱い悲鳴が出てしまう。
「ねぇねぇ、フリート君? 友達から良い茶葉貰ったんだけど、一緒に飲まない?」
フリートを上目遣いで見つめる目は甘く溶けて声音も猫撫で声。百面相も驚きの変わり身の早さだ。
「あー……申し訳ないけど、今仕事中で」
「そ、そうそう。仕事中だからこれにて失れ——」
「あっ!! ネズミ!!」
なんとかして離れようとすると、シルビアが唐突に叫んだ。
「「ネズミ??」」
「店にネズミが出たの! お願いフリートくぅん、退治してくれない?」
ぐい、と絡めていた腕を引っ張って、自分の胸に押し当てている。襟ぐりの深い服のせいで、谷間ががっつり露わになっている。男をその気にさせる常套手段なのだろう。
「……お店のどこでネズミが出たんです?」
フリートは困惑気味に眉を寄せつつ、シルビアからの依頼を引き受けなければならなかった。守護隊であるからには、どんな些細なことであっても、悪戯だと分かっていても、市井の人々からの相談や依頼を無下にすることはできない。
「裏にある部屋で出たの! こっちこっち!」
フリートと腕を絡ませたまま、シルビアは小走りで店へと誘導していく。その後ろを、マクシムはとぼとぼついていくことしかできなかった。
——ゾグダール邸では、油にまみれた部屋で蝋燭に火を灯しているベン•ゾグダールに、ゼインとエラが説得を試みていた。
「い、一旦、落ち着きましょうか。蝋燭をこちらに渡してくださいっ」
「私は落ち着いている、清々しいほどに。一歩でも動けばすぐに蝋燭を落とす。部屋中に油をまいたから、我々もこの家も一瞬で燃え上がるだろう」
エラが半歩ほど動いて手を差し出したところで、ベンが脅しをかけてきた。出しかけた足を戻すしかない。
新米のエラにはなす術がなく、ちらりとゼインに救いを求めるような眼差しを向けた。左目はすぐにそれを察知し任せろと言わんばかりに頷く。
「何故こんなバカな真似をしてんのか、話してくれるか?」
「話す必要などないだろう。君達も、私も炎で炙られて死ぬのだからな」
「冥土の土産話にしようかと思ってな。それに、俺達がここで死ななきゃならねぇ理由を教えてくれねぇと、気になって気になって死んでも死に切れねぇ」
「ちょ、ちょっとゼインさん? それじゃあ私達、まるで死ぬこと確定みたいじゃないですか!」
抗議の声にもゼインは一瞥して鼻をならす。この男は死に対して恐怖すら感じていないのだと改めて思い知り、エラはひとりで死への恐怖に震えてしまう。
だが、無精髭が目立つ口を、声を発することなく動かして何かを伝えてきた。
——きかいをまて。
エラの目には確かにそう見えて、了解の証にこくりと小さく頷く。
「んで、話してくれるか? 蝋燭、燃え尽きるにはまだ時間がありそうだし」
「そっ、そうですよっ。どうせ死ぬなら、何故こんなことをしたのかちゃんと聞きたいですっ」
「……分かった。お前達の最後の望みを叶えてやろう」
ふたりの動向を警戒しながら、ベンは静かに語り出す。エラとゼインは機会を窺いながら、彼の告白に耳を傾けた。
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