巡還の魔術
人間に魔法は使えない。
イリュトゥナが自然界に放出した魔力を使うこともできない。
それは何故か。人間達、とりわけ魔術師達は古の時代からその謎を解こうと躍起になっていた。魔法を使える幻獣を捕獲し、解剖を繰り返すという残忍な手段を取ってまでも知ろうとした。
そして発見した。魔法を使える者との決定的な違いを。精霊や幻獣達は、首の骨の一部が金を帯びていた。
魔法を使うには、自然界の至る所に存在している
だが問題は、
錬金術の発達で金を生み出すのは容易になったが、骨を埋め込むのは困難を極め、やがて人間は魔法を使えない代わりに魔術という学問で精霊達と張り合うことにした。
「なるほど。ここまでが基礎、ということですね」
エラとゼインが読んでいたのは、ゾグダールの隠し部屋にあった『巡還のウロボロス』に関する論文。ベンの息子で研究者のジュゼロッタ•ゾグダールが執筆したものだ。他に、ガルウィン•ユーリウスとガザス•ドヴォルのふたりが共同研究者として名を連ねていた。
「本当に分かったのか?」
「なんとなく分かれば大丈夫ですっ」
「お前、よくそれで試験受かったな」
養成所の卒所前に、正式に守護隊になる為の筆記試験が課せられている。ただ体が丈夫なだけでは守護隊になることはできない。
「教科書見てれば、なんとなくここが試験に出そうだな、っていうのが分かるんです」
「山勘かよ」
「山勘だろうがなんだろうが、守護隊になれたから良いじゃないですかっ。そんなことより、続きを読みましょう!」
急かされて次のページを捲る。そこには、手書きの図とともに実験内容と結果が、事細かに書き込まれていた。金の骨を埋め込むのではなく、代用品を模索したようだ。
「代用品が、この
挿絵には、人の首に首輪が巻かれていた。金の骨の代わりに、
「えーと、何々? 『しかし、
まだゼインが見ていたのに、勝手にページを捲ってしまう。一言物申そうとした左目に入ってきた内容に、絶句する。
『何故精霊や幻獣には寿命というものがないのか、老いというものがないのか。それは
脇には二人の人物の首に、八の字の
「これが『巡還のウロボロス』の真の目的だ」
ゼインが指差した文章を、エラは早口で唱えながら追いかける。
「『生者の呼吸に合わせて取り込まれた
——終わりのない生、または、死者蘇生。
ジュゼロッタ、ユーリウス、ドヴォルの三人が行っていたのは、一人の人間を殺して一人の人間を救う、倫理的に問題のある研究だった。
だが、何度か実験したものの成功には至っていないようだ。
「隣の店の店主が言ってた噂、案外当たってたのかもな」
——遺体をバラバラにした。
バラバラまではいかないものの、手を加えたことには間違いないようだ。
エラは『巡還のウロボロス』の図が描かれた羊皮紙を手にした。
「この図……」
一件目の火災現場で見つかった羊皮紙を下に重ねて灯りに透かしてみる。エラの思った通り、ぴったりと重なる。火災現場で見つけた羊皮紙は、この図を書いた時に下に敷いていて写ったものに違いなかった。
「『巡還のウロボロス』の図が一件目の火災現場にあったってことは、一件目の火事はゾグダール家に出入りできる人物ということですね?」
「だな。もしかすっと、この研究と火事と何か関係があるのかもしれない。ジュゼロッタとドヴォル、それにユーリウスを探し出して……ん?」
ゼインが鼻をひくつかせたのは、先程までこの邸宅にはなかった異臭を感知したからだ。普通では感じることのない程に強い油の臭いが、異常さを物語っている。
「何でしょう? 料理を振る舞おうとしたベンさんが油でもひっくり返したんでしょうか?」
「そうだったら良いがな」
嫌な予感がして一階に駆け降りると、応接間の床には窓から差し込む光を照り返す程の大量の油が撒かれていた。
部屋の中央には、片手で杖をつき、もう片方の手に火が灯った蝋燭を立てたキャンドルスタンドを握りしめ、敵意を持った目で睨みつけているベン•ゾグダールの姿があった。
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