私に出会う為、ということにしてください
沈黙がふたりの間に横たわる。
いっそ全てを打ち明けてしまえば、胸につかえていた疑問が取れそうな気がした。
「守護隊に入ったのは、俺の意志じゃない。ワイアットに無理矢理入れられた。そうでもしねぇとどこかで野垂れ死ぬとでも思ったんだろうな」
大切な仲間を失った反動は、当時のゼインの心を抉り取っていた。王国軍を辞め、ひとり当てもなくハドニオーネ王国を彷徨っていた所をワイアットに強引に引き戻された。
「始めの頃は仕事に身など入らなかった。だが、そのうち分かり始めたことがある。俺の成すべきことを。あの夜、あいつらが命を散らしてまで守りたかったこの国の平和を、内から揺るがそうとする悪党を根こそぎとっ捕まえる、ってな」
ひとつの決意を固めた者は強い。がむしゃらに働いてきたゼインは、周囲にも同等の働きを求めた。だからこそ、やる気のない隊員には特に厳しく当たってしまったせいもあり、ゼインに嫌気がさし、辞めていった者達が隻眼の破王などと噂を立てた。
これまで沈黙を貫いていたエラは、静かに頷く。
「それがゼインさんの生きる糧になってるんですね。でも、火事の現場ではいつ死んでも構わないって顔してたのは、どうしてなんです?」
「時々、何で俺だけが生かされたんだとわからなくなる時があってな。結婚したい恋人がいた奴じゃなくて、可愛がりたい姪がいた奴でもなくて、料理のうまい母親が待っていた奴でもない、帰りなど誰も待っていない俺だけが何故生き残ったのか。あいつらがいないと、俺の世界にぽっかり穴が空いたみたいで……その穴を今でも埋められないでいる。いっそ、あいつらのいる女神の御胸に還ってしまおうか、と思っちまうんだ」
「困ります」
即答したエラの、鋭くて怒気を帯びた声にゼインは絶句した。
「ゼインさんに死んでもらったら私が困るんです。勝手に死なないでください」
「お前に指図される覚えはない」
「バディだからに決まってるじゃないですかっ」
バディ、その言葉が、無性にゼインの心に重くのしかかる。
言動が粗暴だったのは、人と深く関わるのを避ける為でもある。大切に思えば思うほど突然の別れが辛いから。だから、深く繋がらずに済むように予防線を張っていた。
ゼインの心根を知ってか知らぬか。怒っていたエラがふっと柔らかく笑いかけてくる。
「大丈夫ですよ。私は勝手に死にませんから」
「……そんな保証、どこにもねぇだろ」
「なんとなくそう思うんです。言ったじゃないですか。私のなんとなくは絶対に当たるって」
エラの勘は当たる。本当にそれに委ねてもいいのだろうかと、失う辛さを知りすぎた心は未だに二の足を踏んでいる。
「私じゃダメですか?」
「は?」
「ゼインさんが生かされた理由。それは私に出会う為、ってことにしてください。大切なお友達の代わりにはなれないとは思いますが、それでも、ゼインさんの世界に空いた穴を埋められるように頑張りますから」
一度、視線を美しいトードスカの街並みに戻す。
この街の平和を守る決意だけでは、生きていくには難しくなった時の最後の砦にしておこう、と頭の隅に置いておく。
「……ま、考えてやらないでもない」
「もー、素直じゃないですねっ」
右側からくすくす、と楽しげに笑う声がする。ちらりと盗み見ると、オッドアイの瞳を閉じて夜風に身を任せたエラがいた。
「んー、やっぱり女神の眠る街の空気は格別……へっくしょいっ!」
薄手のチュニックだけでは流石に寒かったのだろう。鼻を啜ってブルブルと体を震わせている。
「薄着で外にいっからだろ」
「それ、ゼインさんには絶対に言われたくないんですけど?」
薄手のチュニックよりも、袖なしで襟ぐりの深い黒い服の方が肌の露出が多い。それなのに、この男は寒さなど感じないのだろうか。筋肉質な身体には鳥肌ひとつたっていない。
「風邪ひく前に、さっさと部屋ん中入れ」
「そうやって心配してくれるの、本当に優しいですねっ」
「うるせぇ。ガキは早く布団被ってあったかくして寝ろ」
「はい、はい。おやすみなさいっ」
手をひらひらと振って、もうひとつくしゃみをかまして部屋に引っ込んでいった。
「……調子狂うな」
だが、不思議と嫌ではない。
少しだけ、世界に空いた穴が塞がれたような気がした。
「……ゾグダール……明日の朝一で行ってみるか」
エラのなんとなくの勘は当たる。彼女が気になったものに、事件を紐解く手がかりが隠されている。頓珍漢な推理だが、少しは身を任せてみようとゼインは独言ながら心に決めていた。
——トードスカ西部のメビト地区にある『ドヴォル医術院』では、院長を務めるガザス•ドヴォルが今日の診療を終えて帰路に着こうとしていた。
今日は星が綺麗だな、などとうつつを抜かしていたせいか、背後から近づいてくる足音に気づくのが遅れた。
口を塞がれ、両手を拘束される。もがいて逃げようとすれば、鼻に小瓶を近づけられた。
刺激の強い香りが鼻腔に入り込んでくると、ドヴォルの意識は急に遠のいていく。
力の抜けたドヴォルの体を、フードを被った数人の人物が抱えて荷車の上にのせる。
目隠しのシーツを被せ、荷車は夜の闇に紛れて消えていった。
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