トードスカ東部守護隊の噂

 守護隊とは、十数年前の戦の後に作られた治安維持組織。以前は国内の治安維持は王国軍が行なっていたが、戦後の兵士不足等で軍事と治安維持活動を並行して行うことが困難となったことから、守護隊が組織された。


 ハドニオーネ王国内で発生した事件や事故の捜査から犯人確保•尋問までを一挙に担っている。だが、主な仕事は町の見回り。国民の平穏な生活を見守っている。

 隊員になるには、養成所で二年半訓練を行うことが必須。隊員に必要な知識と体力と精神面を徹底的に鍛える厳しい訓練を耐えなければならない。




 馬車は田舎の凸凹道から石畳で舗装された道に入っていった。馬の蹄が石畳に当たるリズミカルで小気味良い音が鳴り響き渡る。

 空に突き刺さるほどに鋭い頂きを持つ火山、ナシュメルク山の姿が一際大きくなれば、ハドニオーネ王国の王都トードスカに足を踏み入れた証だ。


 盗人を確保した後、馬車に座って二度寝していたエラは、鳴り響いている蹄の軽快な音に目を覚ました。


「うーん、良く寝たぁー」


 両手を空に突き上げて大きく伸びをする。ようやく起き始めたエラの頭に思い浮かんだのは、養成所の卒所式前夜に行われた送別会での会話だった。



 ちょうど、卒所生どうしで配属先がどこになるかを予想していた時のこと。配属先の希望はできないが、お互いにどこに行きたいかと好き勝手に話していた。

 その中、エラの同期でお調子者の青年が周囲にいた教官を気にして声を潜めてきた。


「俺さ、トードスカ東部守護隊以外ならどこでもいいんだよね」 


 養成所を出た後は、ハドニオーネ王国各地に点在する支所に配属される。

 トードスカは王都なだけに、守護隊の本部がある他、西部と東部の二箇所に支所が設置されている。


「あー、分かる!」


 近くにいた同期の青年達数人も、同調して何度も頷いていた。その場にいたエラだけは、パンを頬袋に詰め込んでもぐもぐ咀嚼しながら、ひとり小首を傾げて不思議そうに会話に入っていく。


「ねぇねぇ、どうして?」


 彼女の問いに、お調子者の同期は目を丸くしている。


「知らないのかよ!? トードスカ東部守護隊の噂」

「知らない、教えて?」


 周りの教官がこちらの会話を聞いていないことを再度確認してから、お調子者の同期がエラに耳打ちしてきた。


「トードスカ東部守護隊には、『隻眼せきがんの破王』がいるらしい」

「は、破王っ?」

「今、怖いって思っただろ?」


 周りにいた同期達は揶揄うように笑った。元来、思ったことが素直に顔に出やすいエラは、少し顔を強張らせてしまっている。

 それでも、何故破王と呼ばれているのかが気になって話の続きを促した。気になったら聞かずにはいられない、それも彼女の性格であった。


「『隻眼の破王』はトードスカ東部守護隊の副隊長。そいつは右目に眼帯をしていて、左目から放たれる眼光は人を寄せ付けないほどに鋭い。口も悪くて、隊員達を言葉で叩きのめし、辞める人が続出しているらしい。隊員をことごとく葬りさることから、破王って呼ばれてるんだよ」


 お調子者の同期は、怖さを引き立たせる為かおどろおどろしく低い声音で噂話をひけらかした。


「ここの教官よりも厳しいの?」

「泣く子も黙る鬼教官の訓練に二年半の間耐えた先輩が辞めるくらいだ、それ以上の厳しさだろうな」

「でも、確か三年前くらいに配属された先輩はまだそこで続けてるって話も聞いたけど」


 ひとりの同期が曖昧な記憶を頼りに言った。それを、お調子者の同期は鼻で笑い飛ばす。


「破王の下で守護隊員としてやっていけてるってことは、その先輩もまともじゃねえな」

「もしエラが配属されたら、破王に微塵切りにされて、終わるな」

「だな」


 ケラケラといたずらに笑う同期達に、エラは頬を膨らませ、眉間に皺を寄せて睨みつけている。それでも迫力を感じないのはあどけない顔だからで、子供が拗ねただけのように見えてしまうからだ。


「破王だろうと誰だろうと、私は私のできることをやるのみっ」


 手にしていたパンを破王に見立て、一口で放り込む。


「ずいぶんと威勢がいいな、ジェラルド」


 タイミングを図ったかのように鬼教官がエラ達の輪に入ってきて、それ以降トードスカ東部守護隊の噂が話題に上がることはなかった。



 まさか自分が噂の支所に配属されるなど夢にも思わず、エラは同期達から励ましや慰めの言葉をかけられながら養成所を後にした。

 破王と対峙する緊張をほぐす為、幾度となく深呼吸を繰り返す。


(うじうじ考えてても仕方ない、まずは破王さんに名前を覚えてもらって、仲良くなることから始めよう!)


 考えても埒のあかない問題に直面したら、正面突破で突っ切るのみ。そもそも深く考えることが苦手で行動派のエラは、思考を停止させて流れゆく王都トードスカの風景を眺め始めた。

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