1-2『詐欺師Yと少年K』




 暖かな気温に身を撫でられながら、僕は郊外にそびえ立つ高層ビルを眺めながら歩いていた。

 ここから窓の奥でチラリと見えるのは、単純に人々が働いている姿だ。

 ライオンのリージェンとオニオオハシのリージェンが書類を元に会話をしていたり、ユニコーンのリージェンが角刈りの人間の上司に叱られていたり、人間のOLが二人、コーヒー片手に休憩をしていたり…。 

 この国の企業は、世界の荒波に揉まれながらも、リージェン達と共に頑張っているんだな…。

 なんて思いながら、僕は目の前の高層ビル……の裏の裏にある小さな一戸建ての事務所についた。

 ここが僕の詐欺師としての仕事場の一つであり、元締めのような場所だ…。


 カラカラカラ…


「お疲れさまでーす…」

 引き戸を明けながら挨拶をすると、部屋に充満する煙草の香りがふわりと匂い、不揃いな形の数名のリージェンと人間が、熱心にパソコンや電話へと向き合っていた。

 フィッシング詐欺と振り込め詐欺というやつだ…。

 違法に開発されたSIMカードを使った複数のガラパゴスケータイを使って、引っ掛かりそうなカモを見つけ、嘘をついて引っ掻け、逆探知されれば携帯ごと粉砕して削除、フィッシング詐欺は、サイトを突き止められそうになった場合には、すぐさまサイトを削除し、また新しいサイトを作る…。

 毎日これの繰り返し。

 勿論、これが100%上手く行くという確証はないし、もっと上手な詐欺師はさらにさらに巧妙なことをしていると思われる。

 リージェンの頭脳も人間の頭脳も高くなってるもんだし、犯罪率が少なくならない訳だよな…。

「おっ、お疲れさんユウキくん」

 なんて思いながらデスクに鞄を置くと、隣の席の同僚が煙草の火を消しながら挨拶をしてくれる。 

「お疲れ様です、ハマノさん」

 同僚と言いつつも、彼の方が年上なので、僕はいつも敬語を使っている。

 それに、彼の腕は僕なんかよりもはるかに上手いし、なにより綺麗な金色に染められたその髪が、イメージとしても詐欺師として出来上がっている。

 まぁ、これはただの僕の偏見だけども…。

 ただ、ここにいる全員が、僕よりも嘘が上手いのは確かだ…。

 だからこそ、ここにいる全員が自分の仕事(詐欺)に精一杯嘘を付き、いつ足が捕まるかわからなくて、『次はお前だ』と言われそうなこの状況に、内心ビクビクしていることを、ずっと隠し続けている…。

 僕もその一人だ…。

 今日も怯えながら、不出来な嘘で詐欺をするために、デスクのパソコンの電源をいれ、椅子に座った。

「そういや、今日カラハシさんは?」

 ふと、いつも僕のとなりの席にいる、もう一人の同僚がいないことに気づく。 

「今日は休みやって。それより最近どう?良ぇカモ捕まった?」

「あぁー…あんまりよくないですね…。今日もまた、学生のイタズラだったし…」

「まぁーたかクソォ…。最近多いねんなぁ…。きっしょくわるい…」

 彼は背もたれに体重を掛けながら、最近の世間が考える詐欺防止に向けて不満を垂れた。

 それに内心同意してしまう僕はもう立派な詐欺師かもしれないな。

「まぁ、仕方ないと言えば…仕方ないんですけどね……」

「……まぁな。こんなんがそんなこと言うたら、普通あかんもんな……」

 自分と言う人間に少し落胆、そして反省しつつ、彼はまたデスクへと向かった。

 濱野さん自体、この自分勝手や臆病者が多い詐欺師集団の中でも結構優しい分類の人だ。

 この集団の多くは、偏見や実力差に失望したり、なにかしら暗い過去を持っているからこそ、世界への復讐とか抗いで詐欺をしている理由が多いらしい。

 勿論、僕もその一人で…。


「あー、ユウキくん。ちょっと」

 そんなことを思いながら、パソコンに向かっている途中、この詐欺集団の長、つまり社長である人間が僕を呼びだした。

「あっ、はい?」

 事務所のなかでよく見える位置にある、彼の大きなデスクに駆け寄った。

「なにか用ですか?」

 用件を聞こうとすると、社長は無言でその少し大柄な体を倒し、机の下から、有名なブランドのロゴがかいてある銀色のジェラルミンケースを取り、机の上にドンと置いた。

「君にしか頼めない頼み事がある。詳しいことはこのメモに記載しているが、これを12区にある石崎コーポビルディングってところの路地裏で待ち合わせしている同業者の方に渡してほしいんだ」

 僕にその指令を出す社長はいつになく真剣な顔で僕に仕事を依頼した。

 頼られることは嬉しいのだけれど…なんか、いかにも怪しいというか…。

 大体、元々こんな反社会的組織集団が、この役立たずの人材一人にこんな『いかにも』な物を、路地裏に持っていけと言うなんて、なかなかない…。


 それに……そんなの絶対に覚醒するための薬物じゃないですかぁ!


 落ち着け…とりあえず、冷静に聞いてみよう…。

「あの…良いんですけど…ケースの中身…見せてもらえません?」

 その"如何にも"なジェラルミンケースを怖がりながら、僕が恐る恐る聞くと、社長は顔をしかめる。

「あ…無理…ですかね…?」

 もう無理だろうな。

 諦めて白い粉運んで重罪になれ。

 怖がるあまりに自分の何処かから聞こえた気がした…。

「わかった」

 だが、社長は僕の願いを聞き入れるように立ち上がる。

 そして、ジェラルミンケースに取り付けられているナンバーロック錠に、パチパチと三桁の番号を入れ始めた。

 まさか見せてくれるとは思わなかった…。

 だが、もしかしたら先に物品を見た恐怖で僕を縛り付けて断らせないようにするのか…!?

 なんて思った瞬間、ロックが開き、社長はゆっくりとその鞄を開く…。

「ひっ…!白いこn……あれ?」

 ついに覚醒の薬がお出ましだと思い、覚悟していたのだが、その鞄の中に、呆気にとられる程なにもなかった。

 よーく観察してみても、とくに粉が付着したりはしてないし、クッションの内部も隠しているような感じではなさそうだ。

 一つ違和感があるとしたら、ケースの中身を新品のビニールが覆っているだけ…。

「あーあ…あんまり開けたくなかったんだけどなぁー…。これ、リージェンアーティストのnamacoとコラボしたプレミア品のジェラルミンケースでさぁ?いや、この会社とたまに会合してる社長がどうしても欲しいって言ってて、なんとかオークションで落としたのよ…」

 社長はそのプレミア品のジェラルミンケースを優しくポンポンと叩きながら敬意を説明するが…だからってなんでこんなにも怪しさ満点で勿体ぶったんだろうか…。

 というか、会合のためにオークションする資金があったのかこの詐欺会社に…。

「この取引できなかったら…我が社の存続にかかわるからぁ…ね?」

「ね?と言われましても…」

 この時の社長は、携帯の絵文字のような目をして、どうか頼むとでも言いたげだった…。

 まぁ、怪しい粉や錠剤等が入ってなかっただけマシか…。

 後、今さらだけど…こんな詐欺師集団にも、他業者との関わり合いがあったんだな…。


「でも僕…そんな社長の事とか知らないし…郵送とかじゃダメなんですか…?」

「大丈夫、ラーアの社員って言って、社長にこれを届けてくれるだけでもう良いから」

 社長は、まるで遅刻しそうなサラリーマンのように急いでプレミア品のケースを閉じ、僕の前に置く。

「これ写真ね。あと、最近はミラーマフィアが徘徊してることもあるから、殺されないように気を付けてね。それに、異能力を使う犯罪組織も増えてるって聞いたから、それも注意ね」

 彼は僕に、その社長の写真を渡し、昨今の犯罪組織による事件への注意を促した。

「うーん…なんか丸め込まれた感じがするんですけど…」

 リージェン至上主義とも言われている団体の犯罪も確かに増えているし…。

 こんなしたっぱに頼むなんて…さすがに捨て駒にしか思えないような…。

 うん、やっぱり怖いからこの話はお断りしよう。

 マフィアや犯罪組織なんておぞましいこと、そんなのして命を落としたら、あの子に申し訳がたたない…。

「あの…やっぱり殺されたりしたら嫌だし…今回はぁ…」

「あっ、生きて帰ってこれたら大入りボーナス"3万円"を本日手渡し払いね」


「やります」

 

 あぁ、金の大バカ野郎。

 そしてつられる僕も大バカ野郎だ…。

「んじゃ、よろしくねっ!」

 そう言って、社長は機嫌よく椅子に飛び乗ると、その椅子がくるりと回り、僕から背を向けた。

 まんまと社長の掌にのせられてしまった僕は、仕方なしにそのケースを受け取る。

 なにも入っていないから軽いはずなのに、何故かデカい鉛が一つ入っているような重みを感じた…。

「い…いってきます…」

 心のなかで、気軽に言いやがってコノヤロウと思うが、このボーナスのためには、嫌でも足を動かすしかない。

 しょうがないけれど、たかをくくって、僕は恐怖の入り口に向けて歩きだした。


「大丈夫ぅ…?ユウキくん …」

 自分のデスクを通りすがったところで、顔色を伺うように、濱野さんが僕に聞く。

「正直めっちゃ怖いっす…」

 自分から自信の顔が見えるわけないから確証はないけど、多分ロングセラーのホラー映画に出てくる女性の幽霊のように、僕の顔面は蒼白していると思う。

 正直、誰かに変わってほしい。

「そうやんなぁ……。あっ、じゃあ行く前に、妹ちゃんの様子とか見に行ったらどない?重要任務の前に気を休めたら?」

 慰めるように濱野さんが僕にそれを提案してくれた。

 僕がこんなに金にすがり、詐欺を続ける理由としては、唯一の家族である妹の存在があるからだ…。

「あー…仕事終わってからにします。無駄に心配かけるのも、あまりよくないと思うので…」

 あの子の笑う顔を脳に浮かべたら、彼女には少しでも心配はさせたくないと思ってしまう。

 それが僕のお人好しと言われる理由の一つであり、詐欺師になりきれない部分なんだろうな…。

「そっか。んじゃ、気を付けてな」

「はい」

 濱野さんの何気ない言葉に勇気を貰い、僕は意を決して外へ出る。

 外はまだ東日の光が照らしている…。

 このケースを単純に届けるだけだ、大丈夫大丈夫と何度も心の中で言い聞かせながら、その足を進める。

 

 今なら、行くなと言えるんだが、もう遅い…。

 この行動一つが、今の僕を壊す条件だったなんて…思ってなかったから…。




    ◆




 郷仲から依頼を受けた僕、少し広めの路地裏にて待機中…。

 地面に落ちている踏み潰された吸い殻が、まるで鬱屈や怠惰の吐き貯めのようだった。

 茶色いコンクリート性の壁にへばりついたヤニの香りが、鼻につく。

 僕は顔を歪めながらも、その壁に体をくっつけ、影からそっと顔を出して、黒いスーツを来た異形の形をした怪人達の集団を見つめていた…。

 "如何にも"と言いたくなるその衣装を着ている彼らは、リージェン至上主義かつ、組織を組んでいる違法組織だ。

 これを総称して僕ら人間は『ミラーマフィア』と呼ばれている。

 人員のほとんどはリージェンであり、彼らはなんと、ノーインの生息する鏡の世界を行き来しながら、麻薬や違法武器の売買、地上げ、同じマフィアや武装警察との抗争、殺人等、やりたい放題との報告が上がっている。

 それに、リージェンには普通の人間よりも力だけはあるからこそ、僕らのようなアウトローな集団でなければ、規制や確保は難しい…。

 そんな糞みたいな奴らが蔓延ったせいで、このめんどくさい組織が出来たわけだ…。

 

「アニキ。あの詐欺師集団会社の奴等、まだ来ないんすかね?」

 ふと、丸いスライム状の体をした緑のリージェンが、まるで絵に描いたようなピンク色のタコ型エイリアンのリージェンに声をかける。

 そのタコエイリアン型怪人の吹かす葉巻の、甘味と塩のような匂いが混ざった独特の香りが、ヤニの匂いと混ざって気持ちが悪い…。

「ま、すぐ来るだろうよ…。詐欺師と言っても、実権はリージェンである俺たちが握ってんだ。俺たちハンブル組がこの裏の世界で一番になんのも…時間の問題さ…」

 ハンブル組とかいう、まぁ如何にもダサい集団のリージェン達は、ボスの一声によって機嫌を良くし、グフグフと気持ち悪く笑う。

 ほんっとに、アニメのワンシーンのように単純思考な集団だな…。

 改めて状況を整理すると、タコエイリアン型のリージェンの親玉が一人、そして緑のスライム型のリージェンが4人。

 スーツを見る限り、武器はハンドガン一つで、相手はリージェンとしての能力を過信していると見た…。

「この分なら…すぐ終わりそうだな…」

 僕は大きくあくびをしながら、水色のパーカーにつけられた、銀色の三角の飾りをそっと撫でる。

 さっさと終わらせて、帰って甘いカフェオレでも飲みたいものだ…。

 なんて呑気に思っていると、突然、ミラーマフィア達の表情が変わった…。

「おっ…来たか…」

 そっと覗くと、マフィア達の前に、一人の男が現れた。

 サングラスをかけ、穴が開いた古着の上に、自分のみすぼらしいなりを隠すように、真っ黒いスーツを着ている純人類。

 彼が大事そうに抱えているものは、有名アーティスト、namacoによるコラボデザインのジェラルミンケース。

 確かに、あのケースは郷仲が用意した前情報通りだ…。

「あれ…?あのピンク上着の純人類じゃないのか…?」

 だが、集められていた写真の中を占った時、確かにピンク上着の純人類が、あのミラーマフィアの近くにいる光景が見えたはずだった…。

 久しぶりに占いが外れたのか…?

「ブツは持ってきたか?」

 すると、タコエイリアンのリージェンがソーダゼリーの香りのする葉巻を吹かしながら、ドスを効かせて純人類にそれを聞く。

「はい。このとおり」

 角度と距離的に中身が見えないのが少し悔やまれるが、純人類がケースを開けると、中身をみたリージェン達がニヤリと笑う。

「おぉ…これだこれぇ…」

 なにを取引しているのだろうか…?

 なんて疑問に答えるかのように、奴らは上機嫌で中身の物を取り出した。

 手に持ったのは、ファスナー付のビニール袋に入った白い粉と、取引が禁止されている、ハイドニウムと言われる危険な違法物質。

「これで俺らも上にあがれるぜ…ッハッハッハッハ!」

 ミラーマフィア達は、まるで宴のように笑いだし、タコエイリアンはお手玉のように白い粉をポンポンと投げた。

「いや…そんな玩具みたいに取り出すなよ…」

 思わず口から言葉が出たが、奴らのバカ騒ぎの声で掻き消されている。

 ここからみて、驚異と思わしき者は約五人ほどしかいないが、ここに敵がいるとも知らず、取引物品の扱いも雑なため、バカの集まりとしか思えないな…。 

「まぁ良いや…とっとと仕事するか…」

 あのバカリージェン数名に苦笑しながら、僕はパーカーにつけられている三角の飾りを握る。

 だが、次の瞬間…。


「ひ…ひぃっ!」


 突然響いた弱々しい声が引き金となり、唐突に事件の展開が変わった…。

 その声が聞こえ、歓喜していたミラーマフィア達の表情が強張り、ギロリとそこへ視線が向けられた。

「…!?マジか…」

 視線が向けられたのは、僕から見て直線上。

 まさに『いない』と思われていたそのピンクの上着の純人類が、影の当たる路地から出て、尻餅をついて怖じけていた。

「なんだ…てめぇ…」

 マフィア達は拳銃を手に持って、腰を抜かした彼を睨みながら、怒りや脅しを交えて、じりじりと歩み寄る…。

「不味いなぁ…こんなとこで出会うなんて聞いてなかった…」

 やっぱり、占いと言うのは、必ず一部が外れ、一部が当たる物だ。

 本来の結果とは違いつつも、必ずそれが当たってしまうのは、やはりどこか腹立たしさがあるな…。

「しゃーない。人間を助けるのも……僕らの仕事だ…」

 自分の望む未来のため、僕はニヒルに笑いながら、鮫の歯を模したファスナー飾りを強く握る。

 その裏には、水色の結晶が埋め込まれており、握られた瞬間、それがぼんやりと光りだした…。

「いくよ…」

 自分の中にいる自分に向けて声をかけ、マフィアどもの元へと駆け出す。


肉体換装トランス!」


 その言葉を唱えると、握りしめるスカイブルーの結晶が強く光を放ち、体を包む。

 すると、自信の着ていたはずの服が、水色のラインが入った黒色のパーカーとジャージ状のズボンへと変わる。

 これが僕らの仕事着であり、獄衣、そして自分の力を放つための道具だ。


「はぁぁあっ!」

 駆ける僕はその場で飛び上がり、タコエイリアンの後頭部に思い切り蹴りをいれると、リージェンの顔は、クシャッと情けない奇声を上げながら、地面にめり込んだ。

「うわぁ!アニキィ!」

 突然のことに驚く他のミラーマフィア達が、僕の足の下にいる奴の安否を確かめるために声をかける。

 心臓は動いているから大丈夫だろうが、肌の感触がぬるぬるグニグニとしていて足が気持ち悪い。

「き…君は…?」

 ミラーマフィア達と同じく驚いているピンクの上着の彼は、冷や汗を滴ながら僕に聞く。

「とっとと逃げな。ここは危ない」

「あっ…はい!」

 逃避を促すと、彼は恐る恐る立ち上がりつつ、そそくさと逃げ出した。

 とりあえず、最悪の状況は免れたと思っておきたいが…。

「てめぇ…なにもんだぁ!」

 足の下で寝転がるタコエイリアンが怒る姿に、僕は笑み、そいつをさらに踏みつけた。


「動くな!スプリミナルだ…!」


 僕は警察特殊認可特異行使結社スプリミナルを表すため、武装警察からの依頼書を取り出しながら、高らかに宣言した。




  ◆




 僕が逃げる少し前に時を戻そうか…。

 少し鬱屈な気持ちで事務所を出た後、人類と異形な生命体の乗る電車に揺られて約一時間弱、ヤニ臭い広めの路地裏を通り、僕は社長から言われた通りの場所に来た。

「おォ!これこれェ!ずっとほしかったんだよォ!ありがとうねェ…」

 取引人は受け取ったバックを抱き、幾つもある目をキラキラと輝かせながら、僕に礼を言う。

 正直、まさか本当に同業者の社長がこんなところにいるとは思わなかった…。

 しかも彼は頭蛇人ゴーゴン型のリージェンのため、その姿を見つめれば見つめる程、謎の恐怖が僕の胸の奥から涌き出てくる。

 ちなみに、頭蛇人ゴーゴン"型"なので、彼が『石にする』と命じて目を合わせることがない限り、固まることはないとの事だ。

「しゃ…社長がご満悦なら何よりなんですが…なんで…こんなところに…?」

 恐る恐る聞くと、ゴーゴンの社長は見た目に反して気さくに話しはじめる。

「いやねェ…私、ゴーゴンじゃない?だから、普通の店に行くと結構怖がられちゃうから…。偏見もあるし…こう言う頼み事するときは、人気のないところの方がいいんだよねェ…。石にすることは無いし、誤ってそうなったとしても、少し経てばすぐに戻るのにィ…」

「そうだったんですね…」

 こんな怖い見た目に見えて、本当は周りに気を配っている人なのか…。

 まぁ…そんなふんわりとした柔らかな頭から生えている六匹の蛇に、一斉にギョロリと眼を向けられてしまっては、皆に怖がれても仕方がないか…。

「とにかく、そっちの社長さんにはまたお礼いっとくから。君とはここでお別れだねェ」

「そうですね、無事に届けられてよかったです。取引、ありがとうございました」

「いやいや!こちらこそありがとうございましたァ」

 僕と社長は互いに頭を深く下げて礼を言った。

「あ、君のことも良く言っとくからねェ」

「あ、ありがとうございます」

 小声で耳打ちをしてくれたゴーゴンの社長は、どの顔もにこりと笑顔を浮かべていて、こんなリージェンとの交流も悪くはないな、なんて思った。

 その後、二人は解散となり、僕はこの暗い路地を歩き始めた。

 結局、今回の仕事は、単純に企業間の好感度上昇と言う感じの任務なのだろう…。

 と言うか、目立つところは嫌だというのは分かるのだが、何故にこんな下手したら通報されそうな取引をしなければならなかったんだろう…。

 ここじゃなくても、駅裏のあまり売れてなさそうなラーメン屋とかでも全然良かったのに…。

 まぁ、そんなことは置いといてとりあえず…。


「変な仕事じゃなくてよかったぁ~…」


 心配しっぱなしだった僕は肩の荷を卸し、ふらふらの足取りの苔と黴の湿った臭いのする路地裏を歩く…。

 ふつうなら不愉快なこんな匂いも、今は少し快い気がする…。

「それに…ここで更に罪を負ったら…アヤに向ける顔がないからな……」

 こんな時にでも、一番に愛する人間の顔が浮かぶのは、やはり僕が純粋な人類だからなのだと思う。

 まぁ、リージェンの事とかは全くわからないから、差別かもしれないのが申し訳ないけれど…。

 でも、どうしてもどこかに『リージェンよりも人間の方が愛する力が強い』と言う固定概念の下でそれを感じてしまうのだ。

「……もしも僕がリージェンだったら…どうだったんだろうなぁ…」

 路地裏から見える青空を仰ぎながら、そんなことをふと呟いた。

 僕は『たられば』な性格だから、もしも~だったらと言う妄言のようなものを、僕は何度も繰り返す。

 きっと、自分が後悔を繰り返してきた人生だったから、こんな性格になってしまったのだろう…。

 自分自身、この性格は嫌だから、少しでも治そうとしているが、枷として繋がれているように、この性格が一向に治ることがない。

 ここまで長く付き合ってきては、もう治ることなんてないか、と諦めきってはいるのだけれど、いつかリージェンや人間、そんな種族関係なく、うざがられてしまっているのではないかと、ずっと不安ではあるのだ…。


「まぁいいか…。どうせ僕なんかには誰も寄り付かないんだろうし…」

 ふぅと息を付きながら、地面に落ちた吸い殻を踏んだ。

 こうやって諦めるしかないというのも、少し腹立たしさがあるのだが…。

「……ん?」

 ふと、異様な匂いが鼻を通った…。

 路地裏だというのに、どぶの匂いに混じって、どこかしょっぱくて甘ったるいお菓子のような香りがあるような…。

「塩ゼリー…?」

 考えているうちに頭に浮かんだのは、昔、妹と一緒に、夏に食べたことがある生菓子だ。

 しょっぱさが少し強めだったけれど、妹が地味に好きだったお菓子だった…。

「懐かしいな…久々に買っていこうか……だっ!」

 つい、昔のことを思い出していることに夢中で、思わず壁にゴツンとぶつかってしまった。

 その拍子で、僕は方向感覚を失い、身体がぐるぐると方向感覚を失い、ふらりと影から出てしまっていたことに気づかなかった。

「いってて……」

 じんじんと痛む額を撫でながら、僕は目を開けた。

「……?」

 すると、さっきまで見ていた路地裏の景色だったはずが、一転して非日常的なシーンが目の前に飛び込んできた。

「…っ!」

 そこには、ゼリー状のリージェンを率いた、タコのような形をしたリージェンが違法薬物や武器を玩具のように持ち、良くは見えないが、古い服を着たサングラスの男と、違法薬物の取引をしていたのだ…。

「ひ…ひぃっ!」

 元から罪をおかしている自分が初めて見た、形に填まったようなその重罪行為に、僕は思わず悲鳴をあげて腰を抜かしてしまった。

「なんだ…てめぇ…」

 しかも運悪く、その悲鳴を聞かれてしまい、エイリアンとスライムのリージェンが、ギロリと睨みながら僕に向けて銃を構え、少しずつ歩み寄ってくる…。

「そ…その…えと……」

 取り繕おうとするも、焦りと恐怖で言葉が出てこない。

 はやく逃げないと殺される。

 そんなことはわかってる!

 わかってるくせに、なぜ動かないんだ僕!

 早くしろよ!

 ただその地面につけたケツを浮かせて、脚を動かすだかだろうが!

 誰か…僕を動かしてくれ!

 誰か…誰か…っ!


「助けて…」


 叶いもしないであろう願いを口に出すと、リージェンの持つ拳銃のリボルバーがカチャリと回転し、僕は咄嗟に防御するように腕を前に出し、強く強く目をつぶった…。


肉体換装トランスっ!」


 だが、その恐怖はその声と共に、消える。

 強い光を肌で感じた僕が目を開けると、そこには黒地に水色のラインが入ったパーカーを着た小柄な少年が、銃を持っていたエイリアン型リージェンの後頭部を思い切り踏みつけていた。

「うわぁ!アニキィ!」

 エイリアンリージェンを踏みつける少年は、自身の膝の上に腕を乗せた。

 何が起きたのかはわからなかった…。

「き…君は…?」

 唐突のことに恐れ、震える僕が聞くと、少年はこの情けない顔を見て、無垢に微笑む。

「とっとと逃げな。ここは危ない」

 彼の言葉を聞いて、混乱していた僕はハッと我に帰り、このままここにいれば、自身に何が起きるのかわからないことを思いだした。

「あっ…はい!」

 抜かしてしまった腰を、よろよろとだがなんとか起こし、もたつく足を動かしながら、僕はその場から逃げだすように走った。 

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