愛犬の日

 

「うわ……すっごい抜ける」

「本当……めちゃくちゃ抜けるわね……!」


 最近家の中に犬の毛がもっそり抜け落ちている事が増えた。

 なので、犯人であるシュシュのブラッシングを始めてみたのだが……なにこれ無限に抜けるんですけど?


「でも気持ちいいみたい。なにこのご満悦な顔」

「犬って意外と表情豊かなのね……」


 ラナが横で抜ける毛を集めていく。

 短い手足を「ん〜」と伸ばし、こてん、と脱力するシュシュ。

 ベロが出て、目を瞑りこちらにすべてを委ねるその姿……なんという野性味のない……。


「なんでこんなに抜けるんだ?」

「ワズが言ってた換毛期じゃないかしら? 夏毛と冬毛があるって言ってたし」

「あー、これが換毛期なんだ? ……すごい抜けるんだな……」

「本当……やってもやっても抜けるわね……どうなってんのかしら」


 犬の換毛期、すげーな。

 けどまあ、ブラッシング気持ちよさそう。

 でも心なしか……カサ、カサと埃っぽくなっているような?


「だんだん洗いたくなってきたな」

「犬ってお風呂入るのかしら?」

「明日入れてみようか?」

「そうね!」




 翌日。

 そんなわけで大きなたらいの中にお湯を入れ、シュシュを投入。

 嫌がるかな、と思っていたが意外とおとなしい。

 使うのはオリーブオイルだけで作った石鹸。

 手で泡立てて、シュシュの濡れた毛につけていく。

 もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。


「……」


 おとなしい……!

 お座りしたまま無抵抗。

 水が気持ちいいのか、ベロを出したまま幸せそう。

 そして全身を洗い終えた時、衝撃の事実が発覚する。


「…………縮んだ……」

「フラン、タオル持ってきたわよ。シュシュ、洗い終わ…………なにこれぇ! え、これ、シュシュなの!? いや、そもそも犬なの!?」

「犬。シュシュに間違いはない。でも、俺もまさかこんなに縮むとは思わなかった……。すごいな、もふもふ」

「す、すごいわね、もふもふ……」


 泡を洗い流す。

 ラナが持ってきてくれたタオルで拭いて、ドライヤーで乾かすとまあ、びっくり。


「もふもふーーー!」

「もふもふ……!」


 シュシュがドヤ顔で「好きにしなさい」と言ってるように感じるが、懐広すぎではないか?

 お言葉に甘えさせて頂きます。

 ラナがしがみついて頬擦りする。

 すると、顔半分が毛の中に消えた。

 嘘だと思うだろうが俺の手が毛の中に埋もれるのだ、ラナの顔もそりゃ沈むだろう。

 すごい、なんだこれ、ふっわふっわのもっふもふ……!

 毛質は変わっていないはずなのに、表面はさらさらで指通り滑らか。

 時間を忘れてラナと共に撫で回し、もふもふる。

 もはや、罪なのでは?

 なんだこれは、離れがたい。

 ラナも夢中になって撫で回している。ですよね、分かる。


「「あ」」


 撫で回していた手が、同じく撫で回していたラナの手とうっかり重なった。

 細い指、一回りほど小さい。

 目が合う。けどお互いなんとなく恥ずかしくて目線をシュシュに落とす。

 その割に、手は動かない。

 そのまま止まっていると、シュシュが飽きたと言わんばかりに俺たちの間をすり抜けてテーブルの下に移動する。

 取り残された俺たちはただしゃがんで向かい合ったまま、手を重ねているだけの状態。なんだこれ。


「「…………」」


 せっかくなので、重ねていただけの手を繋いでみる。

 無性に恥ずかしくなったけど、幸せだなぁと思った。

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