甘すっぱいもの

 

「ねえ、ラナ。三倍返しって言ってたけど、俺はなにを返せばいいの?」

「えっ」


『バレンタイン』という行事を終えたあと、その「お返しの日」があるらしいので聞いてみた。

 三倍返しと言われても、同じくチョコレートを三倍にして返せばいいのだろうか?

 確かにチョコレートは貴族の嗜好品。

 つまりお高い。

 ラナが望むのであればなんとかして三倍の量を確保する。

 ぶっちゃけたやすい。

 でも、それが望みというわけではないと思う。

 実際俺がラナにもらったものは、量では返しきれないと思うから。

 なんか、こう、悶絶?

 うん、悶絶ものだったし?

 幸せすぎて死ぬかと思ったし。

 多分、お返しってそういうものだと思うから。


「チョコレートでいいの? ラナの前世の世界は、一ヶ月後にお返しに三倍のチョコを……?」

「え、えーと……そ、そうねぇ、別にチョコレートでなくてもいいんだけど……」

「うん」

「…………」


 なにやら考え込んでしまった。

 なにか言いたげ。

 口を開いては閉じてる。


「なんでもするよ?」

「言ったわね?」

「…………」


 早まったかもしれない。

 なに、その真顔。


「な、なにをお望みなんでしょう?」

「これを着て接客して欲しいの」

「…………」


 ラナが取り出してきたのは燕尾服。

 いや、燕尾服? なぜ燕尾服?


「当日はフランが燕尾服でカフェ接客して欲しいの。来たお客様に『お帰りなさいませ、お嬢様』とか言って!」


 真顔? 真顔だよ?

 執事の真似事を俺にさせる事に関して、うちのお嫁さんは真顔というかもう迫真だよ?

 なぜ? なんなの、それ。

 意味が分からないんだけど……どういう事なの?


「そんなドン引きした顔しないでよ! えっとね、それは、そ、そう! 一日貴族体験!」

「一日貴族体験?」

「そう、町の人たちに貴族ってこんな感じなのよ〜、的な体験をしてもらうの! 断じて普段と違う服装のフランが見てみたいとか、久しぶりにフランの貴族モードが見たいとか、前世で『執事喫茶行ってみたかった』のを思い出したとか、そういうんじゃないから!」

「……は、はあ……?」


 なんか色々理由と事情があるのか。そうか。

 …………そうか?


「……あとなんとなく燕尾服のフランってカッコ良さそうだし……」

「そ、そう?」


 ラナがそう言うなら、なりきってみるのもいいかなぁ?


「本当はメイド服とかウエイター服とか和装とか……いろんなキャラのコスプレして欲しいけど……さすがに細部まで思い出せないしね……」

「ん?」

「な、なんでもないから!」

「…………」


 とてつもなく不穏な言葉が聞こえた気がしたけど、気のせい……?




 まあ、そんなこんなで一ヶ月後。

『ホワイトデー』というやつがやってきた。

 そこはかとなく恐ろしい事に、ラナの用意した燕尾服はサイズぴったりなんですが。

 なにこれ、怖くない?


「…………」

「ラナ?」


 用意された燕尾服を着て店に来た瞬間硬直されたんですが。

 え、なに、こわい。なんで急に無表情になるの、こわい。


「え、なにこれやば。やば……え、やば……ダメじゃないこれ? えぇ〜……」

「え! な、なにがっ」

「無理なんだけど? こんなの無理なんだけど? なんかとてつもなくいけない感じしかしないんですけどおぉ!」

「な、なにがっ……!」


 バッ、と顔を両手で覆って……店の外へと……え?


「無理なんですけどーーー!」


 逃げたー!?


「えぇ……どういう事なの……」


 意味が分からなかったけど、帰ってきたラナに「お帰りなさいませ、お嬢様」って言ったらまた逃げられた。なぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る