苦くて甘いもの

 


「ふっ……ふふふ、ふふふふふ……」

「?」


 二月になってから、うちの奥さんの様子がおかしい。

 キッチンで材料を前に仁王立ちして……このように笑っておられる。

 並べられているのは砂糖やカカオの実や生クリームなど。

 なにを作るのか聞いても「内緒よ!」と頬を膨らませる。

 はあ、かわいい。


「これを、こうして、こうやって……ええい!」


 などなど、なにかかけ声つきで本日も格闘していた。

 しかし、月半ばになると今度は冷蔵庫の前に立っている事が増えた。


「以前から思ってたんですが……フランお兄様はエラーナお義姉様のどの辺に惹かれたのですか?」

「えー? んー……生命力的なところ?」

「あー、なるほど〜」


 などとラナのカフェでお茶を飲むクールガン。

 そしてラナのご両親。

 ……時々来るのは構わないのだが……一応ここ、『緑竜セルジジオス』領内なんですけど。

 村の再建のお仕事は上手くいっているのか……はたまたあまり興味がないのか。


「今は全部可愛いなぁって思ってる」

「あー、分かります。俺も最初はファーラ嬢の顔がめちゃくちゃ可愛いと思いましたが今は中身も含めて全て可愛いと思います」

「あらあら、良かったわねエラーナ」

「良い人に貰ってもらったなぁ」

「も、もー! フラン! お父様とお母様に変な事言わないで!」

「え? 変な事は言ってないよ……?」

「むうう……」


 聞かれた事に答えただけだよ。

 と、言うと頬を膨らませて倉庫に引っ込む。

 せっかくご両親が来てるんだから、話せばいいのに。

 そんな風に思うのだが、ラナとしてはなにかがお気に召さないらしい。

 困ったなぁ、ラナって時々意味も分からず御機嫌斜めになるんだもん。

 なにが気に入らないのか。


「ラナはなぜご機嫌斜めなのでしょうか、お義母様」

「うふふ、二人きりの時にさっきと同じ事をエラーナに囁いてあげて」

「おかあさまっっっっ!」




 と、言われたものの……その日の夕飯時──……。


「…………」

「あの、どうかした?」

「ど、どうもしないけど……」


 ずっとなにか言いたそうにしてるんだよな。

 でも聞くとこの対応。

 んー? 俺なんかしたかなー?


「そういえば昼間お義母様にラナの好きなところを二人きりの時に教えてやれと言われ……」

「いいいい言わなくていいから! というか、今日はそういうの本当になしで!」

「…………なぜ?」

「……え、えーと、そのー、あのー、きょ、今日は前世の私の知識で言うところのとあるイベントのある日でね!」

「はあ?」


 たまにあるラナの『前世の記憶による祭日』か。

 ラナの前世は人に感謝する日がたくさんあって、そういう日はなにかしら食べたりお祝いしたりするらしい。

 今月の始めも「今日は節分よ!」とか言って玄関から豆を撒き散らし「鬼は外、福は内!」と叫び、豆を遊びに来たミケたちに与えていた。

 ……虎、雑食がすぎる気がする。

 まあ、それはいいんだが……今日もなにかあるのか?


「……バレンタインというの……元々は外国のイベントが前世の国でねじ曲がった感じだけど……」

「ふぅん?」

「えーと……そう、『ラタトゥイエの花冠祭』みたいなものかしら?」

「!」


『ラタトゥイエの花冠祭』とは、『青竜アルセジオス』の祭りの一つ。

 春の到来を祝う祭りだが、意中の相手にその年に咲いたばかりの花を贈ると恋が叶うというものだ。

 主に男の方から花を贈る。

 そして女性の方はその花を必ず受け取り、祭りの最後に想いを受け取りたい相手からもらった花にリボンをつけて花をくれた相手に手渡す。

 リボンがついていない、または花の返却がなければ振られた事になる。

 両想いになったら、その花を花冠にして女性に再び贈るのだ。

 花冠を被った女性はその男と結婚すると幸せになれる、という……まあ、そんな祭りである。

 しかし、『ラタトゥイエの花冠祭』は四月一日……なお、俺の誕生日でもある、が、まあそれはいいとして。


「うん……?」

「えっと、そのバレンタインというのは女の子が……す、好きな人や恋人や旦那さんにチョコレートを渡す日なの」

「…………。うん?」


 なぜチョコレート?

 というのは今は聞かずにおくとして?

 ほほう?


「な、なお! 三月十四日はそのお礼の日として三倍返しが鉄則なのよ!」

「ふーん」

「……。……、…………っ……はい」


 かなり遠回りしたが、椅子の後ろにかけていた袋から包装されたチョコレートを手渡された。

 それを受け取って、一応「開けていい?」と聞いてみると赤い顔で頷かれる。

 はあ? 可愛い。


「……なにこれ」

「トリュフというの。初心者でも簡単だし……フランはあまり甘いものが得意じゃないから甘さ控えめよ」

「……いただきます」


 丸くてコロコロしたチョコレートの塊。

 中はとろんとした生チョコクリーム入り。

 ココアパウダーで表面をコーティングしてあるから、手に持つと粉がつく。

 それも舐める。

 ラナが顔を真っ赤にさせるのだが、ふむ、なるほど。


「カカオ作ってたのは……」

「い、いや、あれは私が普通にチョコレートを食べたかったからだけど!」

「まあ、そうだよね」

「……でも、その……ど、どう?」

「んー……今、死ぬかも?」

「生きて!?」


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