新年最初の日【後編】

 

 ラナが起きなかったので、二階の部屋に寝かせてもらい俺だけルーシィと自宅に戻る。

 家畜の世話ばかりは毎日やらなければならないから、仕方ないよね〜。

 ルーシィもお水をごくごく。


「新年ねぇ……」


 あまり実感がない。

 新しい年。

 見上げると、太陽の昇りつつある空にまだ『鱗』が煌めいている。

『聖落鱗祭』で守護竜たちが落とした鱗。

 あれは一度空を舞い、しばらくしたら落ちてくる。

 それらはまたさらに時間が経つと『竜石』に変化するわけだが、そんな感じで国中に降り注ぐため、実は竜石とは畑で採れたり屋根の上にあったりとなかなか面白い。

 そういうものはそのまま使ったりもするのだが、劣化して使えなくなった後は竜石職人のところに集められる。

 竜石職人は劣化した表面を削ぎ落とし、磨き上げてまた竜力を取り込めるように『修復』するのだ。

 それが商人に流され、商人から市民の手に流れる。

 なので中型竜石はいつの間にか小型になるし、小型も最大限まで『修復』され続ければ使えなくなるわけだ。

 そういうものは砕いて土に混ぜる。

 土に還れば、その土地で育ったものを口にする守護竜に還元される……という話だが、どこまで本当かは分からない。

 ああ、そういえば俺、まだその『修復』やった事ないな。

 今年、グライスさんに教わろう。

 俺ももう少し仕事頑張らないと……。


「さてと、庭の掃除をしてからラナを迎えに行きますか」

「ひひーん!」

「めえぇ!」

「ンモオオオォ!」

「キャン! キャン!」


 ……なんで俺の独り言にみんな賛同し始めるんだ?



 ***



「…………頭痛い」

「簡単に二日酔いになるなー」

「フ、フランが強すぎるのよ……!」

「そうだ、そうだ……!」

「ユーフランさん、一番飲んでたのに、なんでけろっとしてるんですかぁっ」

「体質?」


 ガタンガタンとに馬車に二日酔いトリオと子どもたちを乗せて進む。

 ラナはともかく、ダージスとクラナもなかなかに酒に弱かったようだ。

 そして夜更かしをした子どもたちはいまだに眠そう。

 アメリーは、ファーラに寄りかかって爆睡。


「ほら、学校着いたよ」

「うー……じゃ、じゃあまた明日な、クラナ」

「は、はい、ゆっくり休みましょうね、ダージスさん」


 ダージスを降ろして、次はクラナたちをこども園に……。

 そうして進んでいたら、前方から珍しく大きい馬車がやってくる。

 おや? 本当に珍しいな……?

 この道はうちの牧場から以外、『エクシの町』方向に使われる事は少ない。

 あちらの道は『青竜アルセジオス』と繋がっている。

 つまり、『青竜アルセジオス』から来た人間が使うのだ。

 だが、『青竜アルセジオス』と『緑竜セルジジオス』は基本的にそれほど仲がいいわけではなく、国境沿いに検問こそないものの……一番近い町は『エクシの町』……。

 下手をしたら、迷う。

 その途中がここなので……んん? 商人だろうか?

 しかし、こんな時期に?

 それに商人にしては随分豪華な作りの馬車のような?


「?」


 御者が「止まれ」と手を振る。

 道幅は馬車二台が難なく通過出来るほど広いわけではないので、まあ、譲ってやろう。

 少し端の方へと寄せて止まる。

 しかし、直前で相手の馬車も止まった。

 なぜ?

 早よ行けや。


「あら? 対向車なんて珍しい」

「うん。しかもなんか停まったんだけど。なんだ? 迷子かな?」

「んー? 結構大きめの馬車ね? しかも装飾多い……貴族の馬車っぽい」

「やっぱりラナもそう思う?」


 荷台から顔を覗かせ、俺と同じ感想を抱いたらしいラナ。

 視線を前方に戻すと、なにやら対向車から人が降りてきた。

 あれ?

 おや?

 んんんん?

 俺の目、まだ本調子ではないのだろうか?

 おかしいな?


「ええっ?」

「どうしたの? え? 誰か降りてくる?」


 ……馬車の大きさや装飾から考えて、賊の類ではないと思うが……警戒はしておくに越した事ない。

 腰にナイフはあるし、まだ出せるか分からないが、最悪『緑竜の爪』の試し斬りに──んん?


「おおー! やはりユーフランくんではないかー!」

「おっ、おおおおおぉお父様ぁぁぁ!?」


 ラナが叫ぶ。

 鼓膜がキーン。

 いや、まあ、それはいい。

 それは構わないんだけど、なにしろ俺も同じ事を叫びそうになったから。

 は? なんで?

 なんで宰相様がここにいるの?

 そんな満面の笑顔で両手を振りながら……はぁ?

 俺、酔ってたのか?

 実はまだ寝てる……?


「おおぉー! エラーナ! 久しぶりだな! 元気だったか!」

「いや、ええ? げ、元気ですけど、そ、そうじゃなくて! な、なんでお父様が『緑竜セルジジオス』にいらっしゃるの!? ……ここ『緑竜セルジジオス』よね!?」

「多分?」


 ごめんよ、ラナ……俺も目の前にいる人が宰相様なのか自信がない。

 だって宰相様だよ?

 今日一月一日だよ?

 アレファルドが即位して最初の新年だよ?

 パーティーしてるに決まってるじゃん?

 パーティーに、当然呼ばれるし出席してないはずがないだろ?

 いるはずなくね?


「心配しなくても本物だぞ。昨日の時点で『青竜アルセジオス』の宰相の座はスターレットに譲ってきたからな。私は今無職だ!」

「「……………………」」


 ……この人ドヤ顔でなに言ってんの?

 いや、え? なんて?

 えーと、理解が……理解が追いつかないんですけども。

 なんて?


「ラナ、俺、今日耳の調子がおかしいかもしれない」

「奇遇ね、フラン。私もまだ酔っているのかもしれないわ……目の前がとてもクラクラするの……」

「はははは! なに、最初は信じられないだろうが……まあ、不安になるな。次の就職先は決まっておる。『ダガンの村』だ。あそこの領主の補佐官として選ばれてな」

「「………………」」


 え? は? 『ダガンの村?』

 あ、あー、なるほど、去年の『竜の遠吠え』で壊滅状態になって復興中の、『青竜アルセジオス』で一番『緑竜セルジジオス』に近い村……ね。

 はいはい……はい?


「はいいぃっ!?」


 叫んだのはラナだ。

 いや、うん、俺も今一瞬叫びそうになった。

 な、な、なんっ?


「なので、挨拶がてら『エクシの町』といったか? そこに行こうと思ってな」

「いや、え! いや、あの、は、はぁ? ええっ? ちょ、ちょっ、ちょっと待って!」

「ははは、エラーナは相変わらず突然の事に弱いなぁ」

「…………」


 いや、俺も大混乱だよ。

 ……しかし、まあ、それでもラナが盛大に大混乱してくれているので俺の方は先程よりだいぶ冷静になってきた。

 な、なっ、なんか、とんでもない事になっている。

 整理しよう、うん。

 宰相様は宰相の座をスターレットに譲った。

 はい、この時点で事案!


「さ、宰相様……宰相の座をスターレットに譲ったというのは……」

「ああ、丸投げしてきた。あとはせいぜい頑張ればよい。最低限の仕事は教えてきたからな」


 鬼かな?

 さすがに宰相様がこの短期間に全ての仕事をスターレットに教え込むのは無理なのでは?

 え、マジ?

 国滅びない?


「そう心配するなユーフランくん! なに、性格は怠慢かつ傲慢だが能力は高い。性格は怠慢かつ傲慢だがな!」


 それが心配なんですよーーー!


「しかし、ディタリエール家の、君の弟御たちが成長すれば瞬く間に座が危うくなるだろう。グズグズしてはおれんさ」

「は、はあ……」


 もう、まともな言葉が出てこねぇ。

 ……い、いや、思考を放棄してはいけない!

 宰相様が宰相様でなくなったとしても、次の問題!

『ダガンの村』の領主の補佐官として選ばれた?

 いやいや、待って欲しい。

『ダガンの村』の、領主……って、確か──!


「あ、あの、まさか、まさかとは思うんですが……その『ダガンの村』の新しい領主って……」

「ああ、クールガン・ディタリエール坊だ」


 頭痛。

 頭を抱える。


「ェ、ア……エッ……」

「お、お父様、どういう事なんですの!? クールガンが『ダガンの村』の領主……え、ええまあ、確かにそんなような事を、ディタリエール邸を出る前に聞きましたけれど!」

「ああ、彼はまだ幼いからな。私が保護者の代わりというわけだ。なんでもクールガンは兄であるユーフランくんと、ユーフランくんが世話をしている孤児の少女に懸想し、側にいたいとの事。いやぁ! なんと健気なのだろうなぁ! さすがは君の弟御だ! ユーフランくん!」

「っ!」


 テンション高い!

 そして、なんか本当もう! アイツ! クールガン! アイツゥ!

 ラナの実父、『青竜アルセジオス』の宰相を!

 保護者兼補佐官にするとか!

 アイツーーー!


「なので、馬車で三時間ばかりだ。これからはいつでも会えるぞ! エラーナ!」

「っ! ……お、お母様も?」

「ああ! 使用人たちも全員連れてくる予定だからな!」

「…………!」


 マ ジ で ?


「嬉しい! 会いたい時にいつでも会いにいけますのね!」

「ああ! いつでも父と母に会える! 困った時にはなんでもいいなさい!」

「はい!」

「…………」


 いや、悪いとは言わない。

 ラナがとても、とても喜んでいるので、いいと思う。

 うん、いや、いいけどね。


 兄は、複雑である。

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