新年最初の日【前編】

 


 一月一日。

『聖落鱗祭』が終わると、そのまま新年会に突入する。

 そう、そのままね……。


「うへひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「今年もよろしくネェ〜〜〜! お兄〜!」

「ぐっ! の、飲み過ぎだ レグルス! いい加減にしろ!」

「いいじゃなぁい! クーロウさんもへべれけヨォ〜?」

「くっそ、おい、ユーフラン! 子どもたちを二階に連れて行け!」

「はあーい」


 クーロウさんとレグルスが完全に飲み過ぎ。

 そして、当てられたダージスとクラナもご機嫌になっている。

 子どもたちはソファーでうとうとしはじめ、俺以外だとクーロウさんちの使用人しか動けそうにない状態だ。

 え? ラナ?


「ふへへへへへ、もう食べられなーい……チーズおいちぃ〜」


 とっくにソファーで酔い潰れている。

 ラナは最後に運ぶ。

 あの目眩がラナを運んでいる時にきたら怖いなー、と思うけど……というか、なんならあのまま寝かせた方がいいような気もするけど。

 だってあまりにも気持ちよさそうに寝てるんだもんなー。

 それにしても、クーロウさんちも意外と立派!

 さすが大工、手摺りの装飾まで手彫りだ。

 二階の柱の一つ一つも丁寧に作り込まれ、珍しい色彩で絵柄が描き込まれている。

 天井の隅の方まで竜の絵が描かれていたりと、下手したら公爵家のラナの実家よりも豪華かもしれない。

 ゲストルームの家具もクーロウさんの手作りなのか?

 どれも一流のものだと分かる。

 ……いや、冗談抜きで下手な貴族の屋敷よりあらゆるものがお高いぞ、この屋敷……!


「こちらをお使いください」

「ありがとうございます」


 とはいえ、やはり使用人の数はとても少ない。

 大体家事手伝いで三人程度。

 今日の食事も町からお手伝いを雇って作っていた。

 常駐もしていないようだし、クーロウさんちの使用人さんは町から通っているらしい。

 そうなると、そこそこ立派な屋敷にクーロウさんとその奥さんだけが住んでるという事だろう。

 一応町の代表である貴族、という事になっているから貴族らしい屋敷は持っているが、実質離れの小さな家を使っていてこちらはこういうイベント時にしか使ってないのかも?

 しかし掃除は行き届いてる。

 管理はきちんとしてるんだろう。


「お可愛らしいですね〜」


 ベッドに横たえたシータルとアル、ニータンを眺めながら使用人が呟く。

 ……そういえば……。


「あの、クーロウさんはお子さんは……」

「ああ、今は王都で貴族学園に通われております。来年卒業のはずですから、春先にはお戻りになられると思いますよ」

「ああ、そうだったんですね。見当たらないから、もしかしていないのかと思っていました」

「いえいえ、三人いらっしゃいます」

「……。え? 全員貴族学園に?」

「はい。年子でしたから、来年戻られるのは長男のクロスド様のみですが」

「…………」


 ええ、意外とたくさんいた……。

 長男、という事は長男が戻れば長男がクーロウさんの跡を継ぐんだろう。

 うーん、来年卒業という事は、俺たちの一つ下、かぁ。

 代わりに来年はエールレートが王都の貴族学園に入学のはず。

 慣れるためにも一ヶ月前には王都に行くはずだから……エールレートにもなにか餞別を用意しておかないとな〜。

 ん? あれ? じゃあもしかして?


「エールレートの婚約者って……」

「ええ、次女のエレイン様です。今年の春に貴族学園に入学なさっておりますから、来年エールレート様が入学されるのを心待ちにしておられると思いますよ」

「ああ、なるほど」


 エールレートに婚約者がいるのはなんとなく知ってたけどクーロウさんちの娘さんだったのか。

 ……カールレート兄さんの婚約者の件はとりあえず忘れるとして……これからの生活で関わるなら詳しく聞いておいた方がいいかな?


「俺は会った事がないんですが、どんなご子息、ご息女なんですか?」

「そうですね、クロスド様は真面目で誠実な方ですよ。……ちょっと真面目がすぎると言いますか、堅物すぎると言いますか……思い込みが激しいと言いますか……真面目がすぎると言いますか……」


 真面目がすぎるって二回言ったぞ……。

 なんかすでにヤバめな気配しかしないんですけど?


「長女のケイト様は奥様似ですね。……とても、しっかりしておられます。とても……。ええ、クロスド様に対してはケイト様以上の手綱の握り手はいないと言いますか」


 こちらもなかなかにヤバそうな気配。

 いや、ストッパー的な?

 そ、それはまだまともなのか?


「エレイン様はお兄様とお姉様のお二人にそれはもう愛されて……大変純真無垢……エールレート様との仲睦まじい姿は、世界の希望のように思えます……」


 待って。目が遠い。

 クーロウさん夫婦とクーロウさんの長男長女がアレすぎて次女の無垢さが際立ってるとかそういう感じになってない?

 全然大丈夫そうじゃないんですけど!


「しかし……このお家は貴族の家としては大変若い」

「!」

「出来ればユーフラン様とエラーナ様には、クロスド坊っちゃまに貴族としての生き方などを指南して差し上げて頂きたいです。私めも貴族に仕える者としては、素人ですから……普通どういうものなのかが分からなく……坊っちゃまたちもさぞ貴族の学園で苦労なさったと思うのですが……」

「…………」


 なるほど、言われてみるとそうだろう。

 クーロウさんはドゥルトーニルのおじ様のよく分からない弟子で、『エクシの町』を治める者として爵位を与えられたと聞く。

 クーロウさんちの長男に頑張ってもらわなければ、そのお鉢がこっちに回ってきかねない……!

 全力でサポートする必要があるだろう。

 そしてゆくゆくはしっかり子爵家に格上げしてもらわなければ!

 俺とラナののんびり余生のために!


「そうですか。まあ、俺たちで教えられる事があるのならば……」

「ありがとうございます」

「でもそれなら、まずはクーロウさんに使用人をきちんと雇ってもらわないと。一番いいのは執事ですが……使用人がそもそも少ないのであれば従者でもいいでしょう。屋敷はとても立派ですから、一度周辺地域の貴族を招いて舞踏会を開きましょう。長男が帰ってくるのであれば、跡取りとしてのお披露目は必須です」

「え……」

「もちろんそれをする前にドゥルトーニル家に相談はすべきです。でも男爵の地位とは基本的に一代。男爵の爵位に関しては王家へお伺いが必須。手続きも必要ですから、やるなら早い方がいい。クロスド様に、婚約者は?」

「あ、い、いえ、クロスド坊っちゃまに婚約者は……。学園で探す、との話でしたが……」


 そうか。

 学園でも見つからなかったのか。

 うーん、跡取りに嫁が未定となると、跡取り問題がなー。

 貴族とは基本的に『家』、『血筋』である。

 とは言え、この考え方はかつての貴族に守護竜の加護があった故。

 この国はそうではないかもしれないし、もうその限りではないだろう。

『青竜アルセジオス』もその辺りは変えていくべきだ……まあ、それはアレファルドたちの仕事なので俺は知らないけど。


「婚約者がいないのであれば、早めの嫁探しですね」

「そ、そうなのですね」

「まあ、この話はまた今度、クロスド様も交えてした方がいいと思います。ご本人の意思もありますし」

「そ、そうですね」


 あと夜も遅い。

 ソファーにラナを残したままだし、クラナの事も寝かせないと。

 初酒でふらふらになってたから、ちょっと心配。


「そういえば、この国は新年をどんな風に祝うんですか?」

「え? このまま一日中飲み食いして騒ぎますよ。冬に拵えた保存食を減らさなければなりませんからね。他の国に出荷も良いのですが、他の地域からも他国へ出荷しているので残しておいても余って困るんですよ」

「…………そうなんですね」


 さすが……。

 もう飽食の国だな……。


「…………」


 前にラナが言っていた祭り?

 アレもこの様子なら受け入れられそうだよな。

 これだけ飲み食いに積極的なら、祭りの一つ二つ増えても問題なさそう。


「でも、そろそろ大不作期のはずです。今年辺りから、祭りなどは自粛しなければならなくなるでしょうな」

「? 大不作期とは?」

「ああ、そうか、ユーフラン様は今年……いや、もう昨年ですね……来たばかりでしたな。『緑竜セルジジオス』は五年周期で一度大不作期を挟むのです。五年間豊作が続きますが、その次の年は不作、その翌年は大不作期、そしてまた不作を経て、豊作が五年……このサイクルは、守護竜セルジジオスが土地を再び豊作にするための『休み』の期間だと言われています」

「! そんな期間があるんですか……」


 しかも三年!

 それは知らなかったな……。

 でも、そう言われれば納得はする。

 畑作りの本でも「土は時折休ませる事が必要。雑草が生えるようになれば、土が元気になった証です」みたいな事が書いてあった。

 あとミミズがいるとミミズが移動する事で空気の通り道が出来て、土が柔らかくなるとか……。

 普段豊かな分、そういう事もあるものなんだな。


「ですから今年はしっかり蓄えておいた方がいいですよ。まあ、冷蔵庫や冷凍庫のおかげで今年からだいぶ保存が楽になりそうですが」

「そう言って頂けるとありがたいです。……しかし、なら、家畜用の餌は本当に多めに貯蔵が必要になりますね」

「ええ、畜産の方は毎回大変そうですよ。豊作期にたくさん家畜を増やして、大不作期に食糧にしたりしますけど、そのタイミングも難しいようです」

「…………」


 それはあまり知りたくなかったなー……。

 しかし、家畜……。


「あ、俺、日が昇ったら一度自宅に帰ります。餌をやらないと」

「ああ、ユーフラン様たちのお家には家畜がいたんですね」

「ええ。なので、その時間になってもラナが起きなかったら……色々よろしくお願いします」

「分かりました、お任せください」


 なお、マジで起きなかった。

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