『聖落鱗祭』の贈り物

 

 十二月三十一日。

『聖落鱗祭』の日である。

 この国に来て初めての『聖落鱗祭』は、クーロウさんのお屋敷の晩餐会に招かれる事になった。


「うわあ〜!」


 と、感嘆の声を上げるシータル。

 ラナがクーロウさんちのシェフにレシピ提供した『チーズフォンデュ』という食べ物。

 熱で溶けたチーズに小麦粉少々、にんにく、胡椒で味を整え、いろいろな野菜やソーセージなどをつけて食べる……らしい。

 パーティー向きの料理であり、ラナが「卓上コンロを試したい!」と言い出し、面白そうなので小型竜石を用いて作ってみたがまあ、一応上手く動いてくれている。

 パーティーを新作竜石道具の実験場にするとはさすがラナだ。

 レグルスとグライスさんも来ているので、あっという間に新作竜石道具の売り込み会場みたいになっている。


「っ……」


 ちなみに、俺は壁のソファーで休ませてもらっていた。

 まだ本調子ではないので。

 ほとんど平気だし、目の包帯も取れたのだが……目眩が突然来る。

 左目は目蓋も開くようになっていた。

 こう、ゴリっという感じで二つの竜力が擦り合う、といえばいいのか……流れがぶつかると言えばいいのか……足元から力が抜ける時がある。

 だが、恩恵もあった。

『緑竜セルジジオス』の竜力をより的確に、精密に感知出来るようになったのだ。

 おかげで竜石道具作りが捗りそう。


「フラン! お肉持ってきたわよ」

「ありがとう」


 それにうちの奥さんが今日も優しくて可愛い。

 隣に座って、トレイを膝の上に置いてくれる。

 トレイの上の皿にはチーズのたっぷりかかった野菜やお肉。

 飲み物はグラスに入った赤ワイン。

 ……二つあるけど、まさかラナも飲むつもりだろうか?

 心配だなぁ、この人酔うとなかなかに記憶が飛ぶようだから……。

 しかし、まあ一杯だけなら?


「美味しそう……いただきます」

「うふふ、召し上がれ!」


 なにか照れながら、もじもじとするラナ。可愛い。

 いや、お腹空いてるし、せっかくラナが持ってきてくれたんだから熱いうちに食べよう。

 フォークでまずはソーセージをぶすり。

 チーズをたっぷりつけて口に入れる。

 !? なにこれうっま!?

 塩気の強いチーズがソーセージに絡まり、ちゃんと焼かれたソーセージからは噛んだ瞬間芳醇な香りの肉汁をどぱりと口の中に……。


「……ところでフラン……」

「なに?」

「『聖落鱗祭』ってどんな事するんだったかしら」

「…………」


 忘れてるんだな。

 でもとても可愛く聞いてきたので100点だと思います。

 あざとい。


「『聖落鱗祭』は市民にとって徹夜で騒ぐ日……だよ」

「テツヤデサワグヒ……」

「まあ、他にもほら」


 フォークでアルの方を見るよう促す。

 小さな紙袋を持って、クオンの方をちら、ちらっと見ている。

 あの紙袋の中身は多分ブレスレット。

 シータルはとっくに全員に配っており、クラナもご機嫌にシータルからの『魔除のブレスレット』を腕に着けている。

 ラナが配給した「留守番代」を、アルは今日のためのブレスレットにしたと聞いた。本人から。

 だが、すでに『魔除のブレスレット』をシータルが買っていたのを……どうやらアルは知らなかったらしい。

 なので、シータルに『魔除のブレスレット』を贈られたアルはさっきから顔色が悪くテンションがクッソ低くなっている。

 別に同じ物を贈ってはならない、みたいなルールはないのに、好きな女の子への贈り物が他の男と丸かぶりした上、出遅れたのが相当痛かったようだ。

 あれ、俺たちと同い年くらいの奴がやってたらかなり不審だぞ。


「アル? が、どうしたの? そういえばさっきからソワソワしてるけど、どうしたのかしら?」

「家族に贈り物をする日なんだよ」

「!?」


 あ、この顔は「え! 嘘! 私なんにも用意してないんですけど!?」……かな?

 いやいや、全然構いませんとも。

 多分そんな気はしてたし。


「ラナはチーズフォンデュ? で、いいと思うよ」

「え? あ、あんなの……」

「シータルすごいテンション上がってるし」

「……ま、まあ……うん……」


 ちょっと食べ過ぎが心配になるレベル。

 アイツあんなに嬉々として野菜食べるような子じゃないんだけどな、普段。

 いい事なんだけど……複雑ではあるなー。


「はい」

「?」


 まあ、しかし……この流れは使える。

 ので……胸のポケットにしまっておいた小さな小箱を手渡した。

 ラナは一瞬驚いたようだが、話の流れから察したらしい。

 しかし、なぜか驚いた直後、渡した小箱を凝視。

 目を細め、ジトーっと睨みつける。

 な、なんだ?


「…………ゆ、指輪ではないわよね?」

「指輪が良かった?」

「うーん、料理や農作業で邪魔になりそうだから……無理にとは言わない」


 つまり欲しかったのか。

 可愛い。ほっこりしてしまう。


「うん、じゃあ頑張って作る……」

「!? つ、つつつっ作るの!?」

「いや、本当は……迷惑がられると思ったから……買ってなくて」

「え?」

「……こんな風に、お互いの親に認められて、ちゃんと夫婦になれるって、あんまり思ってなかったんだ。身分の事もあるけど、俺もラナの気持ちがどこまで本気か、分からなかった……疑ってたんだろうな」

「…………」


 でも、一応……「開けて」とお願いしてみる。

 少し不服そうだったラナも、俺が促すとあげた小箱を開けてくれた。

 入っていたのは緑色の、楕円形の入れ物。

 中には液体入り。

 それをなんとも不思議そうにちゃぷちゃぷ揺するラナ。


「なに? これ。水……ではないわよね?」

「解毒薬」

「はぁ? な、なんでそんな物……」

「春先、毒蛇とか毒蜂とか出やすいんだって」

「…………。あ、ありがとう。本当にありがとう……! めちゃくちゃありがとう!」


 とても喜んでもらえたようで。


「でも……じゃあ私、なんにも用意してないのに……むう」

「じゃあ、許して?」

「ん? 許すってなにを?」

「今の話。……ラナの気持ちを信じ切れていなかった俺の事を……」

「うっ」


 だめ?

 と、様子をうかがってみる。

 思い切り顔を背けられてしまったので、やはりダメだろうか?

 でもなぜ両手で口を押さえているんだろう?

 息苦しくない?


「そ、そうね、い、いいわよ、ゆ、ゆるしてあげる……」

「ほんと?」

「ぐっフッ!」

「ど、どうしたの」

「な、なんでもな、いから、た、食べちゃい、なさい」

「あ、ああ、うん。そうだな」


 声と肩震えてるけど大丈夫かな?

 具合悪いの、と聞くと「違う」と低い声で否定された。

 そ、そうか。

 なにか気に障ったらとかなら謝りたかったけど、今の声はかなり怒ってる?

 まずご飯を食べて終えてからの方がいい?

 冷めるから早く食えという事?

 そ、そうだよな、ラナがせっかく取ってきてくれたんだし。


「! ……美味しい……赤ワインってこんなにチーズや肉に合うんだな……」

「あ、私も飲む!」


 ワインの存在を思い出したようだ。

 トレイに載っていたもう一つのグラスを手渡すと、瞳を輝かせ、それからハッとしたように咳込む。


「え、えーと、そ、それを食べ終わったらで、い、いいんだけど……」

「ん?」

「……フランが、着けてくれない? これ。私に……」

「……え」


 俺が今し方あげたばかりの解毒薬ペンダント。

 フォークをトレイに置く。

 そして、膝の上にあったトレイを横に置く。

 ラナは「ご飯のあとでいいってばっ」などと言うが、俺にとってラナより優先すべきものはこの世界に存在しない。

 そっと解毒薬ペンダントを借りて、ほんの少し体を斜めにしてもらう。


「指輪は、来年作るね」

「…………。うん……」


 髪をたくし上げるラナ。

 おかげで簡単に首にかけられた。

 うん、緑の髪によく似合う。


「出来れば遭遇したくないわね……毒蜂とか、毒蛇……」

「そうだなぁ……」


 それは、本当にそうだと思います。


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