和解



 すっ……と耳から両手を退ける。

 あれ、気がついたらアレファルドたちが全員壁際に正座させられてる……いつの間に?

 ラナの剣幕に負けたんだろうな。分かるー。


「す、すごい……なんて素晴らしい威圧なんだ……俺もあんな風になりたい……」

「…………」


 だがしかし、うちのクールガンがラナに妙な尊敬を抱いたところはどうしたものだろうか。


「エラーナ様かっこいい……!」

「…………」


 も、もっとやばい人いた……!

 なんでリファナ嬢が目をキラキラさせて感動してるのか! 俺には理解が出来ない!


「お分かりになりましたか!」

「「「「は、はい」」」」

「声が小さい!」

「「「「は、はい!」」」」


 ……ああいうところを見ると、ラナをアレファルドの婚約者にした陛下の鑑識眼よ……。

 まったくもって、本当に惜しい方を亡くしたものである。


「まったく……」

「エラーナ様、かっこいいです!」

「なに言ってんの! これは本来貴女の仕事でしょうがっ!」

「ほええ!?」

「…………」


 再び耳を塞ぐ。

 そして、そっとソファーから立ち上がり、クールガンのいるソファーの裏へと逃れる。

 同じく十分ほど金切り声のようなお説教が続き、一言喝を入れた声に耳を塞いでいた手を取った。

 そーっと背もたれから顔を出すとものすごーくしゅーん、としたリファナ嬢が首を垂れている。


「まったくぅ! 国の中枢を担う、これからの為政者たちがこのザマだなんて! 揃いも揃ってここまで無能だとは思いませんでしたわ!」

「…………」

「ですよねー、無能ですよねー」

「ク、クールガン……」


 しゅーん、とする四人とリファナ嬢。

 まあ、合計二十分も怒られればな。

 でも自業自得だから仕方ない。

 しかし、リファナ嬢はすぐにパッと顔を上げる。

 そして……ラナに駆け寄った。


「エラーナ様! わたしを弟子にしてくださいませ!」

「…………。はあ?」


 はあ?


「わたしにこんな風に怒ってくれた人、学園でもお城でもいませんでした。市井に戻っても、わたしのお父さんもお母さんも引っ越して行方が分からないし……アレファルド様しか頼る場所がないんです。でも、それなのに誰もわたしに政治的な事を教えてくれません」

「そ、それは……」


 それは無理もない。

 下手な事を言ってリファナ嬢の機嫌を損ねれば、守護竜が怒り狂うかもしれないのだ。

 アレファルドたちも目を光らせている。

 誰も叱れない。

 誰も彼女に話しかけたくもない。

 まさに腫れ物だ。

 ……そんな中、リファナ嬢を叱ったラナ。

 今のところラナに守護竜のお怒りは……感じない。


「「…………」」


 クールガンと顔を見合わせる。

 うん、青竜に動きもなければ竜力の流れも穏やかなままだな……。

 つまり、リファナ嬢を叱りつけたところで青竜は怒らない……のか。


「だからわたしに色々教えてください!」

「自分で学べ! わたくしに教えを乞わずとも書物で調べるなり、家庭教師を雇うなり、今の貴女なら出来るでしょうが!」

「ど、どこから手をつけていいか分かりません!」

「くっそぅ! アレファルド! すぐにマナーの先生を手配しなさい! それと学園の先生たちに休日来て頂いて! 王妃教育に関しては城の侍女長が詳しいはずだから、カリキュラムを立ち上げるように頼んで!」

「わ、分かった……」


 ラナが女王になった方がマシなのでは……。

 あ、いや、それは俺が困るんだ。

 ラナと『緑竜セルジジオス』に帰れないのは困る。

 ラナのいない人生とか死んでるのと同じ……もうあの頃に戻りたくない。


「はぁー、もう、どっと疲れたんだけど……」

「エラーナお義姉様、紅茶には砂糖とミルクはお入れしますか?」

「え! お、義姉!? お茶、え、ク、クールガンが淹れてくれるの!? ひゃ、ひゃーあ、ありがとう!」


 でもあの光景はあの光景で複雑だなぁ。


「お、お義姉様……ふへ、ふへへへへへ……」


 …………あとで尋問かな?


「……まあ、それはそれとして……アレファルド、お前たちは宰相様の嫌疑についてどう思ってるんだ?」

「あ、ああ……その件も話そうと思っていた」


 よいしょ、と立ち上がり、足の痺れからよろける王太子の姿。

 この形容し難い気持ちはなんだろうな……。

 ソファーの背もたれに手を置いて、なんとか体を支えている。

 が、がんばれ。


「嫌疑はかけられているが、宰相がやったという確証もない」

「それは知ってる。で、宰相に自分を売り込んできたのは『紫竜ディバルディオス』のデルハン医師、ってところも聞いた」

「な、なに? そ、そこまで調べていたのか?」

「…………。まあ、うちは『影』の仕事が主だから……」

「というか、殿下たちはデルハン医師の名前もまだ知りませんよ、フランお兄様。大陸で名医と名高い医師の男が宰相に近づいた、くらいです」


 クールガンをじとりと睨む。

 こいつはデルハン医師の名前を把握していたはずだが……さては教えなかったな?

 頭を抱えてしまう。

 まあな、『影』を使いこなせないようでは、王子として……王としてはやっていけない。

『影』に認められない王というのも、なんというか……。


「クールガン、アレファルドはラナに謝ってるし、俺は元々気にしていないから少し態度を改めろ。そんなんじゃこの先、ずーっと喧嘩腰に過ごさなきゃならなくなるだろう?」

「え……」


 すんげー不満気。

 でも、親父に頼まれてるしな。


「この国で偉い奴が下級貴族や平民に頭を下げる、なんてあり得ない。でも、アレファルド……と、三馬鹿は一応謝ったし」

「さ、三馬鹿!?」

「でも……」

「さ、三馬鹿って、まさかボクらをひとまとめにした?」

「仕事出来ない奴らを尊重するなんて、俺には無理です! 出来ません! カーズはルースお兄様よりも弱いんですよ!?」

「ぐはぁ!」


 ……ダメージ受けるの早すぎだろう、カーズ。

 そうか、お前ルースより弱いのか。

 そして八歳も歳上なのにクールガンに呼び捨てにされてる辺り……うーん。


「地位とプライドばかり高くて役に立たないゴミのようなクズの相手を、フランお兄様がどれだけ大変な思いでしてきたのか……日々思い知るばかりで!」

「ん、んん……」


 否定はしないし出来ないけれども。


「仕事を抱える文官たちや騎士たち現場があれほどしっかりしているにも関わらず、それを統括すべき者たちのなんと思慮の足りない事か!」

「んん……。でもほら、それは今ラナが説教でしかと教え込んだと思うし?」

「まあ、そうですね。改善されていく事を祈りましょう」

「うん、だから……」

「むう……分かりました、フランお兄様がそうおっしゃるのなら……」


 ぱあ……と四人の顔が明るくなる。

 普段どれだけクールガンの『青竜の爪』に脅かされているのかが窺える顔だよ……。


「これからもこの調子でがんばりますね!」

「んー……」


 天井を仰ぎ見る。

 しかし、実際「最近は」と言っていたのだし、四人が気をつければクールガンもそこまでしないのだろう。

 うちの子優秀だから。


「うん、じゃあ話を戻そう」

「そんなっ」


 ニックスが悲壮感溢れる顔してたけどシカトする。

 なぜならお前らの無事よりも、宰相様の嫌疑を晴らす方がこちらは優先なので。


「というか、それなら俺たちの方が情報が多い可能性があるのか。そっちの動き次第で全部は出せないな」

「どういう事だ?」

「だって宰相様を陥れようとしてるの、そこの三馬鹿の関係者だもん」

「「「!?」」」

「な、なに?」


 振り返るアレファルド。

 そして、同じように驚いた顔をする三馬鹿。

 なるほど、マジで三馬鹿は知らなかったのか。

 いや、知らされていない、が正しいかな?

 まあ、言えないだろうなぁ……一国の宰相を陥れようとしている、なんて。

 こいつらの、カーズはともかくスターレットとニックスの能力自体は悪くないのだが……どちらも未熟で詰めが甘い。


「ど、どういう事だ」

「そっちがわたくしたちに協力するのなら、情報は売って差し上げてもよろしくてよ」

「売って……? か、金を要求するつもりか!」

「あら、スターレット……貴方今この国で一番宰相の……わたくしのお父様の地位に近いと言われてるのに、まさかその程度の事もご存じありませんの? 情報は十分『商品』になりますのよ。特に今の貴方たちの場合、わたくしたちの持っている情報でどうとでも転がす事が出来ますもの」

「なっ……ど、どういう意味だっ」

「知りたかったら協力して頂く約束をして頂きませんと」

「分かりました! わたし、エラーナ様に協力します!」

「「「「リファナ!?」」」」


 軽い頭痛。

 この瞬間、アレファルドたちに逃げ場は消えた。

 まあ、元々俺がいる時点でこいつらに逃げ場などないのだが。


「約束してくれれば悪いようにはしないよ?」

「ぐ……」

「し、しかし、宰相が犯人だった場合——」

「あれ、いいのかなそんな事言って……スターレットはリファナ嬢にドレスを贈ったと聞いたよ? それはそれは『いいドレス』だったそうだけど」

「!?」


 例の公共工事費を横領した件である。

 まあ、これを言うとスターレットは青くなるし、そこそこ小賢しいニックスも察するだろう。

 カーズも山のように色々あるけど、内容的にはしょうもない失敗談ばかりなので物理で脅した方が早い。

 その必要なく、後ろでクールガンが六本の『爪』を出しているんだけど。


「「「…………なんでも協力させてください……」」」

「じゃあこっちで掴んでる情報を話す。ああ……ついでに……明日の『戴冠式』で全部綺麗にしちゃわない?」

「どういう事だ?」


 にんまりと笑う。

 三馬鹿は怪訝な顔をしているが、アレファルドは特に不快感もなく話を聞いてくれた。

 まあ、アレファルドたちは『小説』の方でも毒殺犯を吊し上げるストーリーのようだし……こちらが計画していた内容を話すと、割と簡単に同意してくれる。

 ふむ、思いの外大きな事になりそうだ。

 こっそりと秘密裏に始末するつもりだったのだが……。

 話がまとまり、段取りまで確認し終えた頃……外は夕暮れになっていた。

 そろそろ帰ろう、となる。

 アレファルドは明日、朝から準備で忙しいだろうから……。


「……ユーフラン」


 部屋を出る時、アレファルドに声をかけられる。

 神妙な面持ち。

 まあ、気持ちは分かる。

 分からないけれど、お前が緊張しているのは伝わるよ。

 扉を閉める事なく、立ち止まって振り返る。

 真っ直ぐ目を見て話したのは、なぜかとても久しぶりな気がした。


「やはり『青竜アルセジオス』には——」


 そこまで口にして、唇を噛む。

 俺の答えはとうに理解しているからだろう。

 この話はもう終わっているし。


「……エラーナと上手くやってるのか?」

「え?」


 だが、その質問の代わりにその質問が飛んでくるとは思わなかった。

 目を見開いて聞き返す。

 あ……ああ、そういえば、アレファルドには女の子との話し方について質問したのが最後——。


「ええ、わたくしとフランはラブラブですわよ! お互いの両親にも無事ご挨拶を済ませ、改めて了承も頂きましたし!」

「っ」


 がばり、と腕を掴まれる。

 そんな風にラナにドヤ顔されると顔が熱くなるんですがっ。


「……、……そうか……」


 その時のアレファルドは、今日一で複雑そうな顔をしていたように思う。

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