和解?


『戴冠式』前日。

 俺とラナは不機嫌極まりないクールガンに案内されて、城の中を歩いている。

 ちなみにラナもものすごい剣幕で、通りすぎる人に怯えられていた。

 こんなしかめっ面でも可愛いのに、なんで怯えるのだろう。

 まあ、黙って圧をかけられた時は親父より怖かったけど。

 ああ、いや話を戻すが……今日呼ばれたのは明日時間が取れそうにないからだそうだ。

 いや、そもそも俺とラナに一体なんの用だというのか——……。


「連れてきましたよ、無能」

「待て」


 扉を開けて開口一番クールガンが放った単語に血の気が引く。

 肩を掴んでこちらを向かせて「どういう事だ」と問い詰めるとしれっと「事実を事実として述べたまでです」と目を背けながら言う。

 いやいや、いやいや!


「構わん。そのくらい罵られないと、こなくそと思わん」

「は?」

「そんな事よりもよく来てくれたな、ユーフラン。……あと……エラーナ……」

「…………」


 事務机から立ち上がったのは明日に王となる男。

 若干気まずそうに目を背ける。

 ので、まあ……多少は……反省しているの、か?

 ……しかし問題はラナ、どころかクールガンも臨戦態勢なところ。

 あ、あまり荒事にはなって欲しくないなぁ。


「…………」


 そしてチラリと部屋の奥にあるテーブルとソファーを見る。

 壁際に並んでいるのは三馬鹿だ。

 大変不機嫌そう。

 そして、一人がけソファーに座っていた少女が立ち上がって歩み寄ってくる。

 金の髪と瞳の美しい少女。

 ラナが一瞬、顔を硬らせる。


「お久しぶりです、エラーナ様!」

「っ、お、お久しぶりね、リファナ様……。貴女も同席なさるのかしら?」

「はい! アレファルド様に、そうしてくれって頼まれたので……」


 う、うん……ラナの方から、冷気のようなものが……!

 気のせい、かなぁ?

 気のせいであって欲しい……!


「と、とりあえず座ってくれ……」

「あ、ああ……」


 なにこの地獄空間。

 三馬鹿とラナ、そしてクールガンは睨み合い。

 少なくともクールガンが暴れたら俺が止めなければならないだろう。

 でも正直勝てる気がしないんだよなー。

 妙な胃痛を覚えつつ、促された応接用のソファーに座る。

 で、なにをとち狂ったのかリファナ嬢はラナの隣に座った。

 ギョッとするラナ。

 俺たちの後ろに控える形で佇んでいたクールガンすら「ェ……」とドン引きした声を漏らす。


「わたし、ずっとエラーナ様とお話ししてみたかったんです。『緑竜セルジジオス』に行った時、エラーナ様が作ったお料理とデザートとっても美味しかったから!」

「…………」


 ラナが引いてる!

 後頭部から放たれる「こいつなに言ってんだ」オーラからしてドン引きしてる!

 対するリファナ嬢は、ラナのそんな様子にまったく気づいている様子はない。

 頭お花畑とは聞いていたけれどこれほどか!?


「こ、こほん。リファナ、それはあとにしてくれるか?」

「あ、はーい」


 とか言いつつ、リファナ嬢はラナの手をしっかり握り締めたままである。

 怖……怖い……。

 ラナが恐怖でプルプル震えている。

 ど、どうしよう……でもラナが「フラン、お願いだからリファナとだけは話さないでね。絶対!」って割とガチトーンで言ってたしな……。


「で? 突然呼び出してなんのご用ですの?」


 明日の『戴冠式』に乗じて例の医者の顔確認するの、バレたかな?

 けど、バレたところでね。

 そもそも俺とラナの目的は宰相様の嫌疑を晴らす事。

 アレファルドたちとしても宰相様の件は、いつまでも無視出来る事ではない。

 国の中枢なのだ。

 不慣れな政を続けなければならないアレファルドたちにとって、宰相様の行末は自分たちの未来に直結する。

 ラナがきつく睨みつけるが、どことなく隣でにこにこしているリファナ嬢に威力を削がれているような……。


「まずは謝罪をしたい。パーティーの……その、三ヶ月ほどあとだが、宰相からお前がリファナをいじめていない、と報告を受けた。その証拠も……。リファナに聞いたら、お前に直接嫌がらせをされた事はないとも……」

「はい! どちらかというと、同じクラスの皆さんに遠巻きに眺められて、ひそひそなにかを言われていた方が多かったですね」


 ……えー……今それを言うの……。

 あ、ラナのプルプルが怒りのプルプルになった。

 後頭部からほとばしる怒りのオーラが目に見えるようだ!


「よ、よく調べもせずにお前に酷い事をした。……宰相にはすでに謝罪しているが、その……すまなかった!」

「す、すまなかった」

「すまん」

「ご、ごめんなさーい」


 頭を下げるアレファルド。

 それに従い、三馬鹿どもも謝罪の言葉とともに頭を下げる。

 ……アレファルドと公爵家のアホどもが頭を下げた。

 謝罪をした。

 ええ、なにこれ、『青竜アルセジオス』は明日滅ぶんじゃねぇの?

 いや、俺に謝られているわけではないけれど……ラナは元々公爵家の令嬢だし。

 どう答えるのだろう、とラナを見下ろしていると……。


「あら、謝罪はわたくしにでしたの?」

「え?」

「貴方がたが本当に謝るべきなのは——」

「ラナ、俺はいい。謝られても困るし」

「…………まあ、それもそうね。フランもわたくしも、もうこの国の貴族ではないもの」

「……そ、その件もなんだが……今から『緑竜セルジジオス』に爵位を返し、『青竜アルセジオス』に戻って来るつもりはないか?」

「ありませんわ。あるとお思いでして?」


 え、と俺は驚いた。

 驚きすぎて一瞬混乱してしまったほど。

 でもラナは即答だ。

 空気はむしろ先ほどよりも冷たくなっている。

 ま、まあ、無理もないんだけど。


「ぐっ……じ、実はここ半年ほど、お前たちを国に戻す手続きを進めていた。宰相とディタリエール伯爵には、すでにその話をしている」

「え? 聞いてないけど……」

「していないと思います。お父様はフランお兄様を『緑竜セルジジオス』に置いておきたかったようですから」

「ふーん……」


 アレファルドの代わりにクールガンが答える。

 ああ、なるほど……『ベイリー家』としての責務だな。

 ドゥルトーニル家が『緑竜セルジジオス』の『ベイリー家』であったのはぶっちゃけびっくりしたけど、だからこそうちの遠縁と言われれば合点もいくし。

 ……ドゥルトーニル家の人にはたくさんお世話になっちゃったしね。


「あら、わたくしを追い出すのは一晩だったではありませんか」

「そ、それは……」


 ちら、とアレファルドがニックスを見る。

 バッ、とニックスが顔を背ける。

 ……まあ、そんなこったろうと思ってたけどさ。


「どちらにしても『緑竜セルジジオス』の王家、そしてあの国の民にはあたたかく迎え入れて頂きましたの。商売も順調ですし、戻る理由はありませんわね」

「そ、そう、その商売の件もだ!」

「冷蔵庫や冷凍庫の事ですかしら?」

「それだ! ……なぜ『青竜アルセジオス』の方にいつまでも流通しない? お前が差し止めているのか?」


 こらこらアレファルド、素が出ているぞー。

 ……残念ながら、その件についてはレグルスが言っていたな。

 頭を抱えたくなる。

 代わりに、眉間を揉み解した。


「アレファルド……それは、下級貴族の奴らが『緑竜セルジジオス』の商人を見下して吹っかけているからだろう。……うちの商品は専属で取引している商人にしか流通してない。その商人が、俺たちがこっちに戻る前、愚痴ってたよ。……『青竜アルセジオス』の貴族たちは偉そうで、まともに話を聞いてくれないって」

「!?」


 ギョッとするアレファルドと三馬鹿。

 まあ、な。

『青竜アルセジオス』は『緑竜セルジジオス』との暗黙のルールを無視して数年間『千の洞窟』から氷を根こそぎ採取していっていた。

 あれはなんでだったの、とこの際だからアレファルドに直接聞いてみる。

 その質問に、アレファルドは顔をそっと背けた。


「あ、あれはその……実は……」

「うん」

「……………………氷を砕くのが面白くて……年に一度の楽しみ……的な感じで……つい……」

「………………国際問題になりかけてたの、俺結構真面目な感じで話……」

「今は分かる! とても分かる! 本当にすまない!」


 ラナが笑顔で「ぶん殴る?」と振り返るので首を横に振る。

 だめだ、ラナ……俺たちのソファーの後ろに佇んでいるクールガンの目がマジで人を殺る時のそれになっているんだ。

 ここで「うん」などと俺が頷けば次の瞬間『青竜の爪』同士でやり合わなければならなくなる。

 多分俺の方が死ぬ。


「シャーベット、わたしまた食べたいです!」


 そしてその空気をまったく読まずになんか言い出すリファナ嬢。

 この人は本当にしばらく黙っていてもらえないだろうか。


「で、ではその商人と王室で直接取引がしたいのだが……」

「あら、いやですわ。その商人にわたくし『万が一の時は販売権利の差し止め』も視野に、『青竜アルセジオス』の者たちに不快な絡み方をされたらやり返しなさい、と助言されてますのよ」

「「「な、なんだと!?」」」

「なんだよそれ!」


 ……アレファルドと三馬鹿の声がかぶる。

 あー、これで大体理解した。


「そうか、お前ら明日の『戴冠式』で他国の王のもてなしに氷を使ったメニューを出すつもりだったんだな?」

「「「「…………」」」」


 分かりやすく沈黙。

 ……いかん、本当に眉間のシワが取れなくなりそうだ。

 親父じゃないけどこれは眉間揉むのが癖になるわ。


「フラン、大丈夫?」

「あ、ああ、うん。久しぶりに見るとよくこれとつき合ってきたなと、過去の自分を褒め讃えたくなるな、と……」

「そうね」

「な、なんだと!」


 と、噛みついてきたのはスターレット。

 相変わらずプライドが高——……。


 ゴシュ。


「…………」


 なんの音かな?

 今、奇怪な音が聞こえたけど、と恐る恐る壁際を見る。

 スターレットの顔面すれすれに突き刺さる『青竜の爪』が一本。

 太さは俺の『青竜の爪』よりやや太い。

 血の気が引く。

 ああ、その場の、俺含めた野郎どもが全員青くなった。


「スターレット様、今なんだかうちのフランお兄様へ反感ともとれる罵声のようなものを発しませんでしたか?」

「……き、き、気のせいではないだろうか……わ、我々は今日、謝罪の場と、お、おぉおだやかな話し合いをする、と約束しているではないか……」

「ですよねー!」


 バキ、と壁から引き抜かれる『青竜の爪』。

 ああ……城の壁に穴が……。

 というか、よく見るとこの部屋の壁、所々に修繕した跡のようなものがやけに多く——…………あ……。


「…………」


 思わず哀れみの眼差しで見てしまう。

 三馬鹿が恐ろしい勢いで滝のような冷や汗を流しながら目を背けるので、やはりクールガンはほどほどに、今のようにすれすれの『脅し』を日常的にやらかしている、と察した。

 カ、カーズの、俺への妙な高評価のようなものは……クールガンが原因かっ!


「ク、クールガン、お前……毎日こんな事してるの?」

「そんな事してません。最近は」


 最近は。


「それに俺はまだ九歳の子どもなんです。不慣れな環境に置かれて、コントロールがあんまり上手く出来ないんです。信じてください、フランお兄様〜」

「…………。……くっ……そ、それじゃあ仕方ないな……」

((((仕方なくねーよ!!))))


 というアレファルドたちの心の突っ込みが聞こえた気がするし、俺も絶対クールガンの嘘だと分かってるんだが……でも可愛いので仕方ない。


「と、とにかく、冷凍庫に関する事はうちと契約してる商人に言って」

「あ、明日のもてなしの料理のために必要なのだが……」

「無理ですわね。わたくしたち、冷蔵庫も冷凍庫も持ってきておりません。作る事は不可能ではないと思いますが、招待客の人数を思うと今から冷凍庫を作っても氷を作るのは間に合わないと思いますわ」

「な、なに!? 氷は作るのに時間がかかるのか!?」

「…………その辺りの事もご存じでない上、その事を考慮もせずに話を持ちかけている辺りがだめなのですわ……」

「うっ」


 まあ、氷自体は間に合いそうといえば間に合いそう。

 大体六時間〜八時間で出来るはずだから。

 けど、ラナの言う通り招待客の人数を思うとまったく足りないだろうな。

『戴冠式』なので『青竜アルセジオス』中の貴族が来る。

 他国の王族たちだけなら間に合うだろうが……正直そのためにラナがメニュー云々を考えて提供して、作らせるのは……。

『緑竜セルジジオス』でそれが出来たのは、もてなす人数がアレファルド、リファナ嬢、トワ様とロリアナ嬢のみだったからだ。

 各国の王族相手ともなれば、親父と宰相様が胃痛を抱えながら数日で無理やり揃えたシェフと食材で、メニューはもう決まっているはず。

 そこに無理やりねじ込むのも……な。


「それに、今更メニューの追加だなんて現場のシェフたちには伝えましたの?」

「え?」

「その辺りも配慮しなければだめではありませんか。彼らの状況も確認せずに、なにを勝手な事ばかり……!」


 ……あ、ラナの地雷踏み抜いた?

 ゆっくり、耳を塞ぐ。

 俺を真似してクールガンが不思議そうに耳を塞ぐので、アレファルドがスッ、と青ざめる。


「——————!」


 十分くらいお説教が続いたようですが、俺はよく聞こえなかったので知りません。

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