ルースフェット家

 


 お葬式翌日は宰相様……ラナの実家で、ルースフェット公爵と面会の日である。

 ファーラの事はクールガンに任せる事にして、俺とラナは馬車に乗りガタゴトと王都内に向かう。

 昨日、昼頃に帰ってきた母に、ラナは公爵令嬢モード全開で完璧な挨拶をして驚かせ……いや、慄かせた。

 母さんの「そんな! うちのゆるふわユーフランにこんな淑女のお手本のような美少女が、え? お嫁さんに!? 本当に!? 一体どんな裏取引をしたの!?」……という叫びは一生ネタとして引きずられる事だろう。

 裏取引を言い当てる辺り、さすが『ベイリー家』の嫁である。

 まあ、裏取引まで言い当てられてしまったので、しっかり事情を説明しました。

 そして、今は両想いな事も……。

 で、それを説明した時の母さんの「えええっ!? うちのゆるふわユーフランに本気で!? 確かにうちのゆるふわユーフランはゆるふわしてるけど優秀で、ちょっとぼんやりしてるけど顔だけはそこそこ整っているし……でも本当にぼーっとしてるわよ、この子! 大丈夫!?」……って言ったのあれはどういう意味?

 俺そんなにゆるふわぼんやりぼーっとしてる?

 それに該当するのがアメリーのような気がするんだが、俺アメリーほどゆるふわぼんやりぼーっとしてないと思うんだけど……。

 そりゃ、なにも考えずぼーっとしてるのは結構好きだけどさぁ。

 ぶっちゃけ母さんにだけは言われたくないよなぁ!


「……」


 まあ、うちの実家もなんだかんだ俺の帰還を喜んでくれた。

 それは俺も嬉しい。

 そして家族に涙ながら別れを告げたラナは……尚更もう戻れないと思っていたはずだ。

 朝から笑顔が絶えず、ウキウキしたオーラを放っている。

 なんだかそのウキウキオーラだけで、俺も嬉しくなってしまう。

 だってラナが嬉しそうで可愛いのだ。

 正面から眺めてるのもいいけど隣に座って頭撫で撫でしたいような。

 でも、やっぱりこのまま正面からニコニコしてるところを眺めてる方がいいかなぁ?

 うーん、悩ましい。


「あ」


 ラナが嬉しそうな声をあげる。

 ついにルースフェット公爵邸に到着したのだ。

 時間も伝えておいたので、使用人たちが門の前に佇んで待っていた。


「お嬢様! お帰りなさいませ!」

「リリーア! あぁ、また会えるなんて信じられないわ! 久しぶりね! 元気だった!? 変わりない? みんなも……」

「はい、お嬢様」

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

「ご無事でなによりでございます……お嬢様……」


 みんなラナが降りると集まって口々に声をかける。

 メイドの一人は涙まで流していた。

 この邸に来たのは二度目だが、やはりラナはとても愛されている。

 カバンを下ろすと、執事が「お荷物を」と申し出るがこれは少々大切なものが入っているので遠慮した。


「さあ、さ。お前たち、早くお嬢様たちを邸の中へご案内しろ。旦那様と奥様がいつまでもお嬢様に会えないだろう」

「! 失礼しました!」


 まあ、それを言うと確かに使用人としていささか興奮しすぎだな。

 主人より先に再会を喜ぶとは……まあ、見てて悪い気分になるものでもないけれど。

 執事が「旦那様が門の前で出迎えると言ってきかなかったので、早く会って差し上げてください」とラナに声をかける。

 ラナの「お父様……」という声には呆れと喜びがどちらも入り混じっていた。

 だが、まあ、きっとあの親馬鹿全開の宰相様はラナ以上にそわそわしっ放しだったのだろう。


「俺はいいから先に行きなよ」

「! フラン、ありがとう!」


 悩む時間すらなく邸に走っていくラナ。

 親子の再会だ、少し時間をかけても構わない。

 どうせ今日一日他の予定もないしな。


「なんというご配慮……。ユーフラン様、ありがとうございます」

「別室にご案内します!」


 そして使用人たちも「あれは見せられないな!」ってのを察したのか、俺を応接間とは別な客間に案内してもてなしてくれた。

 だが、その間のメイドたちから注がれるソワァ……とした好奇心に満ちた眼差し。

 公爵家の使用人にしては、なんとも好奇心旺盛である。


「お茶はいかがですか」

「頂きます」


 ただ、俺の対応は執事のみ。

 五人ほどメイドが入り口に控えているのだが、興味津々、と言った様子。

 なにが聞きたいのだろう?

 ラナの『緑竜セルジジオス』での様子だろうか?

 俺から話を振ると多分執事にあとで叱られるだろうなぁ。

 まあ、これだけ爛々と見られていたらどのみち怒られそうだけど。

 ……そしてさすが公爵家……紅茶美味ぇ……!


「失礼致します。旦那様がお呼びでございます」

「ユーフラン様」

「ああ。ご馳走様」


 三十分ほど経った頃だろうか。

 メイドが呼びにきたので、立ち上がる。

 その際、入り口にいたメイドがまたそわそわしていたので……今夜はラナを置いて帰った方がいいかもしれない。

 久しぶりの実家だし、積もる話は三十分で出し切れるものではないだろう。


「失礼します」


 まあ、その話は最後にすればいいかな。

 そう思って応接間に入室すると、まあ……案の定……。


「ユーーーフランくーーーん!」

「おっ、お久しぶりです……宰相様……っ!」


 ちっかい!

 いきなり半泣きのおっさんが顔を近づけてくるという、予想はしていたけれど実際やられるとなんとも言えない恐怖に駆られるこの事態!

 肩をバシバシ殴られつつ、「よくうちの娘を守り抜いて連れ帰ってきてくれた!」とめっちゃ褒められる。

 キューっと……心臓が縮こまる思いだ。

 俺、これからこの人に「娘さんと本当に結婚させてください」って頼むのか……。

 うっ、心臓が痛い……!


「も、もう! お父様! フランが困ってるわ! 話があるのだから席に戻って!」

「あ、ああ、そうだったな。すまんすまん」


 娘に叱られて、ようやく一人かけソファーに戻る。

 そして見るからに上機嫌。

 ファーラを前にしたうちの親父のようだ。

 これからこの人に毒の事とか聞くのか……億劫になるな。

 そう思ってソファーに座ると、母親の横にいたラナが立ち上がって俺の隣に来る。

 あれ? いいの?


「というわけで、わたくしこれからもフランと『緑竜セルジジオス』で暮らすから」

「!?」


 なにが「というわけで」!?


「うむ……まあ、それならば致し方あるまい」

「!?」


 宰相様!?

 な、なにが!? なにが「それならば」!?

 俺のいない間になにが話し合われたんだ!?


「というよりも!」

「!?」


 ばし! っと膝を叩き、立ち上がる宰相様。

 そしてまた俺の前に来て、バシッと俺の肩を叩く。

 なお、隣に座られたのでラナとより密着する事に……い、嫌なわけではないが、ラナのご両親の前なのでなんとも言えない気恥ずかしさが!


「パーティーのあの日、率先してエラーナを助けてくれた君ならばきっとうちの娘を守り抜いてくれると信じていた! そして、君はちゃんとエラーナを再び私の元へと連れ帰ってきてくれた! ああ、君以外にエラーナを任せる事は出来んとも!」

「あ、あのっ、ちょっと……」


 近い近い近い!

 泣いてる! 鼻水! 執事! いや、お、奥様! ハンカチで涙拭ってないで助けて!

 ラナを押し潰してしまう!


「ちょ、ちょっとお父様! フランに近すぎるわよ!」

「おおっ、すまんすまんっ!」


 よ、ようやく離れてもらった。

 席に戻る宰相様。

 えーと、これは……なんというか……。


「え、ええと、では、その……正式に……エラーナ嬢との婚姻を、お許し頂……」

「もちろんだともおおぉ! 他の『青竜アルセジオス』のバカ貴族子息どもにうちの可愛いエラーナを任せるなんて出来るはずもないぃ! 今後とも、今後ともうちの娘をよろしく頼むぅ!」

「…………あ、ありがとうございます……」


 ちらり、と奥様の方を見ると笑顔で頷いてくださる。

 しかしやはり涙が止まらないのか、新しいハンカチを使用人から受け取り、絞り出すように「エラーナをお願いします」と言ってくれた。

 う、うーむ、気恥ずかしい……。

 あんまりにもあっさり認められてしまって、逆にやり場がない覚悟。


「……これで、その、もう心配事は一つね」

「そうだな」

「心配事? なにかあったのか?」

「「………………」」


 頷き合う俺とラナに、宰相様がものすごい顔で聞いてくる。

 なので、なんとも言えない顔を返してしまった。

 いやいや……!


「お父様の事よ!」

「私!?」

「当たり前でしょう!? お父様が陛下を毒殺したんじゃないかって、『緑竜セルジジオス』にいたわたくしのところにまで話が届いていたのよ! だから帰ってきたんだから!」

「私が陛下を毒殺するなど! まさかエラーナ、私を疑っておるのか!?」

「そんなわけないでしょう!? お父様の無実を証明するために帰ってきたのよ!」

「はうっ!」


 感動して崩れ落ちる宰相様。

 ……だんだん面倒くさくなってきたぞ。


「…………。フラン、例のものを」

「は、はい」


 例のものですね、とカバンから例のものを取り出してラナに手渡す。

 奥様が「それは?」と不思議そうな顔をでテーブルの上に置かれた球体を覗き込む。

 その間に宰相様も復活して、テーブルの縁に手をかけて首を傾げた。


「なんだ、これは。水晶か? それにしては少々色が悪いな?」

「これは『竜石玉具』という竜石道具の進化形ですわ。『青竜アルセジオス』の竜石で作ってもらったので、この国で使えます」

「竜石玉具とな? ……ふむ? 確かに美しい球体だが……なにに使う道具なのだ?」

「簡単に言うと通信機ですわね。遠くに離れている相手と会話が出来る、大変画期的な道具ですわ」

「……遠くに離れている相手との、会話?」


 首を傾げ、夫妻が顔を見合わせる。

 まあ、普通信じられまい。

 だが、そんな不思議そうな顔を見たらラナの……『緑竜セルジジオス』で培われた商人としての血が騒ぎ出す。


「ええ!」


 バン! と、ラナがテーブルを叩く。

 驚く夫妻。

 公爵令嬢であればあるまじき音を立てた。

 だが、今の彼女は『青竜アルセジオス』にいた頃の彼女ではない。

 拳を握り、自信満々にドヤ顔。

 ドヤ顔可愛い。


「わたくしとフランは『緑竜セルジジオス』でひと財産築いて参りましたわ! ええ、宣言通りね! これはフランがわたくしの発案で作ってくれましたの! ……さすがにちょっと用途を間違うと危険ですから、商品にはしておりませんけれど……。でも、フランはわたくしがお父様達と連絡をもっと簡単に取れるようになればいい、と許してくれたんですわ。わたくしは『緑竜セルジジオス』に帰りますが、これがあればいつでもお父様達とお話し出来るって!」

「……お、お、おお……」


 圧倒されてるじゃん……大丈夫なのかなこのノリのままで……。


「…………でも、今は側にいます。目の前にいるのです。わたくしがいなくなってからお父様は殿下や陛下の事をとても恨んだのではないかと、わたくしは心配していました。手紙にもたくさん、わたくしは元気だと書きました。それでもきっと、わたくしが幸せに生活していた事を伝えきれていなかったのではないか、と思っています」

「……エ、エラーナ……」

「そ、そんな事はないわよ? わたくしたちは、エラーナが手紙で元気そうにしているのを、いつも嬉しく思っていましたわ」

「えぇ……わたくしもお母様たちからの手紙で、わたくしの事をいつも心配してくれているのが分かりました。でも……」


 ラナは座り、そして少しだけ俯いた。

『悪役令嬢エラーナ』のたどる、破滅の運命の事を考えているのだろうか。

 でも、君はきっと前を向く。

 立ち向かうと決めたのだから。


「今回の嫌疑、きっとわたくしのせいでもあります。わたくしが殿下に見放されたから、余計にお父様は立場が悪くなった」

「エラーナ、そんな事はない! あれは殿下が——」

「でもわたくしはそれで良かったと思っています。だってフランに出会えたのですから」


 ラナが前を向く。

 キッパリと、言い放つ。


「…………」


 ああ、その瞳の熱量。

 俺が惹かれた、エラーナ・ルースフェット・フォーサイス嬢だ……。

 なんて、美しいのだろう。


「だから今の幸せを守るために、お父様を助けるために、わたくしは逃げずに立ち向かって踏み潰して差し上げると決めたのです! というわけで、これはお父様たちに差し上げます。わたくしが『緑竜セルジジオス』に帰ったあと、またお話しする時に使いましょう! それはそれとして、お父様の嫌疑を晴らすために協力してくださいな! これからフランがする質問に答えてくださるだけで結構ですわ!」

「へ、あ、う……お、お、おお……、わ、分かった……」


 圧倒され尽くしとる……。

 なんか繋がっているようで繋がってない説得だったけど、なぜか説得力のようなものを感じるから不思議すぎるな。

 これがラナのパワーというか熱量の力なんだろう。

 惚れ直す。


「では……いくつか簡単な質問をします。宰相様は、陛下のかかりつけ医を紹介したそうですが、その医師の名前と顔は、他の医師に聞いて一致していましたか?」

「? どういう意味かね?」

「名は大変有名な方だったとお伺いしています。ではお姿は?」

「!!」


 ……あ、この反応……。

 目を見開き、髭をなぞり、考え込む宰相様。

 その反応で、十分。


「…………言われてみれば……」

「まあ、他国の医師では無理もないですよね。ちなみに——俺はその医師に会った事があるんです」

「なんじゃと!?」

「『紫竜ディバルディオス』のデルハン医師と名前を聞いた時は驚きました。以前エラーナ嬢のお誕生日プレゼントを……殿下に頼まれて買いに行った際、直接お会いして話した事があるのです。デルハン医師は時計技師でもありまして……」


 ラナの懐中時計を買いに行った時、その時計を作ってくれたのがデルハン医師だったのだ。

 本業が医師だと聞いた時は驚いた。

 だが、デルハン医師に言わせると「時計と人間の体はとても似ている」らしい。

 時計を作るのは人間の体を治すのに似ているんだってさ。

 俺には分からない感覚だが、だからこそ医師の世界では高名なのだろう。


「会わせて頂けませんか?」

「…………もちろんだ」


 宰相様の顔は、大変『悪役』であった。

 もちろん、俺もね。

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