ディタリエール伯爵邸【4】



 使用人に手紙を持たせ、ルースフェット公爵家への面会を申し入れる。

 ルースフェット公爵……宰相様は明日、普通に陛下の葬式に出席されるそうなので面会は明後日となった。

 どうやら疑惑は疑惑としてあるものの、確固たる証拠もないのでこれまで通り仕事を行なっているようだ。

 まあ、公爵様以外に『宰相』という職務を行える者が現状いない、というのが大きな理由だろう。

 というわけで、葬式の日は普通に家で過ごす事になった。

 なお、クールガンはアレファルドの護衛でもあるので出勤である。

 舌打ちしていたが仕方ない。


「こうやって、こう。あとは道具に竜石核を置いて、上から血を垂らす。一滴でいいよ」

「えー……痛そう〜」

「リッツやるー」

「リッツはまだ小さいからダメかな」

「ぶーぅ」


 四男、リッツ。六歳。

 五男、フィオン。四歳。

 そして最年少、六男デール。一歳。

 弟たちの相手を久しぶりに任された。


「す、すごいわね、十七歳差の弟って……」

「本当だよなぁ……。まあ、うちの両親結婚が早かったから……」

「何歳で結婚されたの?」

「二人が十五歳の時って言ってたよ」

「………………まあ、貴族だものね……」

「あと、母さんの家がちょっとやばかったらしい」

「な、なるほど……」


 それでまあ、うちの家が後ろ盾になって再建した、と聞いている。

 おむつを換え終えて、ベビーベッドに寝かせたあとテーブルで竜石道具作りに勤しんでいたルースに近づいてみると……おお……。


「でーきたっと。これでいいの?」

「そうそう」

「……え……フラン、そ、それは……」

「え? ラナが言ってた『あったかマット』だよ。作ってみようと思って……」


 設計図は俺が考えたけど、彫ったり道具にするのはルースに任せてみた。

 あっさりと小型竜石に彫り込み、血を垂らして作り上げた『あったかマット』。

 ラナが言うには、床に敷いてある絨毯を暖かくするものなのだとか。

「ストーブは小さな子どもがいる家だと危ないわよね、電気マットなら安全なのに」との発言から特徴を聞いて作ってみました。

 でんき、はラナの世界のエネルギーらしいので、まあネーミングは『あったかマット』。

 普通に可愛いだろう?


「あ、本当だ。絨毯が暖かくなってきた! やっべー、これ気持ちいい〜!」

「気持ちいい〜」

「おお〜。本当だこれいいなぁ」

「ル、ルースくんもあっさりと竜石道具、作っちゃうのね……?」

「え? そう? 結構簡単だったよ? 設計図とか、考えつくのはすごいと思ったけど……。こんくらいなら、クールガンの奴も簡単に作れるだろうな〜」

「まぁ、あいつはね」

「…………」


 ごろごろと絨毯に転がるルースとリッツ。

 まだ赤ちゃんのデールはすでにコロン、と寝てしまった。

 ふむ、さすが俺の弟!

 見事に作り上げたな。

 最初の作品にしては完璧ではなかろうか。

 もちろん、一ヶ月の様子見は必要だが……一ヶ月後なら小遣い稼ぎに使えるかもしれないな。

 ……弟たちもこれからますます食費が嵩む……稼げるところで稼ぐんだぞ。


「恐るべしディタリエール家……」

「なに?」

「な、なんでもないわ。……クールガンくんは、今日お城なのよね……」

「そう。葬式が終われば神殿に献花台が設けられて、そこで陛下を悼む事が出来るから『青竜アルセジオス』にいる間お祈りに行こう」

「そうね……。……フラン、ちょっといい?」

「? なに?」


 くい、と引っ張られ、顔を寄せる。

 ……慣れたと思ったけど、やはりこの距離感はドキドキするなぁ。


「……神殿ってなに?」

「…………」


 相変わらず色々忘れてるなぁ。


「守護竜神殿だよ……。守護竜に感謝や供物、祈りを捧げるところ……。王族の冠婚葬祭は守護竜神殿で行われるんだ」

「そ、そんなところがあったの? ……んー……そういえばそうだったような?」

「多分絶対行った事あるってば。他の国にも絶対あるし」

「……そんな気がしてきたわ……!」


 それはなによりである。


「ところで、ファーラ嬢は朝からあんまり元気ないけどどうかしたのか?」


 そう、ルースが声をかける。

 振り返ると、絨毯の上に座り込んでぼんやりしていたファーラが顔を上げて「そ、そんな事ない」と首を振っているところだった。

 ラナをちらりと見下ろすと、微妙な顔をする。

 あ、ああ……やはりクールガンの事がかなり気になってしまっているのか。

 まあ、そうだよな。

 出会い頭に求婚されたら、気にならないはずもない。


「一応、クールガンくんと結婚した場合のパターンの事とか教えておいたけど……」

「マジで? いくらなんでもあんまり分かんないんじゃ……」

「なに言ってるのよ。女の子は男の数倍成長が早いのよ? 説明したらかなり理解していたわ」

「マ、マジかぁ……」

「結構本人の中では難しい問題みたい。『緑竜セルジジオス』は自分を受け入れてくれた国だし、ロザリー姫たちも優しくて友達になってくれたしって……。『緑竜セルジジオス』には『家族』もいるしね……」

「そう……」


 どんなにクールガンの言葉が嬉しくても気になっていても、『緑竜セルジジオス』に家族や友人がいる。

 ファーラにとってはほんの数ヶ月間の事だとしても、それほどまでに『緑竜セルジジオス』での生活は幸せなものになっていたのか。

 それは嬉しいような……しかし、なおさら難しいような……。


「クールガンくんはフランの弟だしね……余計悩ましいみたい」

「え? 俺の弟だとなにが悩ましいの?」

「気持ちは分かるわ……ものすごく分かるわ……! だってまさかフランが本当にクールガンのお兄さんだったなんて……! 複雑極まりないわよ!」

「うん? なんで?」

「クールガンが私の最推しだったからよ!」

「「「……?」」」


 その場が「なに?」という空気に包まれる。

 察したラナがこほん、と咳払いしてごまかす。

 うん、では改めて……なに? さいおし?


「ラナさん」

「わたくしは今なにも言っておりません」

「……。ルース、ちょっとファーラの事見ててくれる?」

「いいけど……どこ行くの?」

「ちょっと問い詰めたい案件が発生したので問い詰めてくる」

「さらりと尋問宣言!?」

「あ、あー……あ、庭でお茶とかするなら、俺も——」

「……宿題は?」

「…………」


 盛大に目を背けられた。

 学園に入学するまで、基本自宅で家庭教師から講義を受ける。

 中には宿題を出す教師もいるのだ。

 そして、ルースはよく宿題を出されて、サボる。


「ちょうどいいや。ルースがファーラに字を教えてあげて」

「えっ」

「エェ……」

「それはいいわね。ファーラ、字は覚えておいて損はないわよ」

「うっ……」


 ファーラも意外と勉強嫌いだからなぁ……。

 でも、文字は本当に覚えておいた方がいい。

 今後貴族たちから色々絡まれ、うっかり利用されずに済む。


「よろしくな、ルース」

「えぇ……女の子の扱いなんか分かんねぇよ!」

「大丈夫、ファーラは賢い子だから」

「ぐう……」


 と、いうわけでファーラの事をルースに預けて一旦庭に出る。

 ラナが言うクールガン……って、多分小説の中の話、だよな?

 小説の中の……俺の知らないクールガン。


「で、さいおしってなに?」

「うぐっ! ……そ、そこから突っ込むとは!」

「いや、だって」

「い、今の最推しはフランよ、大丈夫! 安心して!」

「……あ、安心?」


 安心するものなのか?

 いやいや、全然分からない。

 新たなラナ語、さいおし……一体どんな意味なんだ!?


「意味が分からないとなんとなく安心出来ないんだけど」

「な、なんでよ!? 今の最推しはフランだって言ってるのに!」

「今の? 前は?」

「………………」


 スーッと、顔を背けられる。

 ラナはクールガンの顔を見るたび、にへら……としていた。

 まさかとは思うけど……。


「ラーナさん?」

「うぐぅっ……、……ク、クールガンが最推しでしたぁ……! ショタ好きだったのぅ!」


 しょた?

 ここにきてまた新たなラナ語?


「…………。つまり最推しって、好きな相手の事?」

「い、いやまあ、そ、そういう意味だけどそういう意味とは少し違うっていうか〜……。えーと、なんて説明するのが適切なのかしら……えーとえーと……」


 腕を組んで待ってみる。

 もちろん笑顔で。


「…………うう……いや、その、クールガンが好きだった頃は、物語の登場人物として愛でていた! そ、そう! これよ! 愛でていた、よ!」

「ほう?」

「や、やめてぇ! 実のお兄さんにそんな顔で見られると色々いたたまれない!」

「つまり俺も今はラナに愛でられている?」

「……っ」


 おや?

 ぷい、と顔どころか体ごと後ろを向かれてしまった。

 更にこそーっと距離を取られる。

 うちの庭はそれほど広いわけではないので、逃げられてもすぐ捕まえられるけど……。


「…………」


 うーん……? なんかラナのうなじが赤い。

 さっきまで普通だったのに?

 変な虫でもいたのだろうか?


「ラナ、うなじ赤いけど、痒くない?」

「は? え? だ、大丈夫……って近い!」

「え?」


 触れようと近づいたらまた逃げられた。

 大丈夫、ならいいんだが……。

 正面から見ると顔も耳も赤い。

 熱……って聞くと怒られそうなやつだな?

 じゃあ、どうして赤くなるのだろう?


「フ、フランは最近距離が近くない? いや、あの別にダメなわけでも嫌なわけでもないけど!」

「? ダメでも嫌でもないけど……えーとびっくりする?」

「そ、そうね。びっくりするわ」

「…………」


 なんだか、いつもより可愛く見える。

 ラナはいつも可愛いのに、なんでだろう?

 今のラナは、いつものラナよりも可愛い。


「じゃあ、もう少し近くに行ってもいい?」

「え」

「今のラナがものすごく可愛いから、もっと側に行きたい。もっと近くで、可愛いラナの顔を見たい。お願い」

「ン、ン"ン"ッ!」


 ……咳き込んだ?

 なんだ今の音。


「……うちの旦那世界一可愛い……」

「ん? なんて?」

「な、な、んでもないちょっと待って、今顔がおかしいから……」

「おかしくないよ? 可愛いよ?」

「シャ、シャーラップ! と、とにかく今ダメなの待て!」

「うっ」


 両手で口を覆い、プルプル震えている。

 とりあえず今はダメなのか。

 待ってればいいのか。

 じゃあ待つしかないなぁ。

 いつまで待てばいいのだろう?


「…………ラナ、まだ?」

「ん、んんんっ……ん、も、もう大丈夫……」


 おお、オーケーが出た。

 では、一歩、二歩、三歩。

 いつでも抱き締められる距離。

 宣言通り、顔を覗き込むとやはりとても可愛い。


「抱き締めて、キスしてもいい?」

「! ……ンッ……! い、いちいち聞いてくるとか忠犬かよっ!」

「え?」


 なんかまた口を両手で覆い、とても小さな声で、それも早口でなにか言ってる。

 これもイマイチ聞き取れなかった。

 聞き返すと頭を抱えて「なんでもない」と絶対なんでもなさそうなのに、ごまかす。

 むー……気になる。

 でも、ラナが言いたくないなら仕方ないか。


「ご、ごめん……えっと……、……い、いい、わよ」

「…………」

「っ!(笑顔かわゆ!)」


 嬉しい。許してもらえた。

 抱き締めて、髪にキスを落とす。

 ラナ可愛い。好き。大事な大事な俺の奥さん。

 好き、好き、好き。


「ラナ、好き……大好き……」

「……わ……わた、しも……」


 キスしたい。

 屈むので、少し、体を離す。

 それが少しもったいなくもあるけれど……キスがしたい気持ちの方が大きい。

 おでこに、軽く……唇を落とす。


「ラナ……」

「っ……」


 熱のこもった眼差し。

 ラナ、可愛い。

 ああ、なんて可愛いんだろう、俺の——。


「!」

「フラン?」


 馬車の止まる音、扉が開いた。

 玄関の門が開く音。

 使用人が声をかけている。

 高い声……これは!


「母さんが帰ってきた」

「え! フランのお母様!?」

「うん、そういえば連絡するって言ってたっけ……あ」


 フラーン、と母の声が俺の名前を呼ぶ。

 今回ばかりはラナにも聞こえたのだろう。

 まあ、確かに出て行った長男が嫁を連れて帰ってきたと聞けば母さんもバタバタ帰ってくるよなぁ。

 どうしよう、とラナを見下ろす。


「大変! ご挨拶しないと! ファーラも連れて……いえ! まずはわたくしがしっかりご挨拶するわ! フラン、行くわよ!」

「はぁい……」


 このあとむちゃくちゃラナが母さんに挨拶した。

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