断罪



 翌日は朝から『戴冠式』のために神殿へと赴いた。

 陛下を悼む献花台に花を供え、祈る。

 たとえ『小説』の物語通りだとしても、陛下には俺もお世話になった。

 心の底から惜しい人をなくしてしまったと思う。

 この国に生まれる新たな王が、先代のように心優しく全ての民を見渡せる王となりますように——。


「二時から『戴冠式』が始まる! 平民は庭へ! 貴族は後ろの席へ!」


 神殿の管理者たちは、神殿官という職務に就いている貴族だ。

 彼らに追い立てられるように外へ出される平民たち。

 まあ、彼らも『戴冠式』が終われば新しい王のお披露目を神殿の庭で見る事が出来る。

 神殿は窓ガラスなどついていないので、普通に庭から見えるしな。


「いよいよね……」

「不安?」

「…………」


 手を握る。

 ほんの少し頰を赤くしたラナが見上げてきた。

 それから、嬉しそうに微笑んでくれる。


「いいえ、ちっとも不安じゃなくなったわ。わたくしには貴方がいますもの」

「……うん、なにが起きても俺がラナを守るよ」


 貴族は後ろへ。

 しばらくして、正装の貴族たちが増えてきた。

 時間になると他国の王族も顔を揃える。

 あ、もちろん『黄竜メシレジンス』の例の人からは思い切り隠れましたとも。

 ゲルマン陛下、ロザリー姫、トワ様にはいるのがバレてしまったけどなー。

 ニヤ、と笑われたので怒られはしないようだ。

 多分カールレート兄さんが上手い事伝達してくれたのだろう。

 王たちが入ってくると途端に緊張感が増すな。

 とはいえ、やはり閉鎖的な『赤竜三島ヘルディオス』の族長は来ていないか。


「フランお兄様」

「どれ」

「アレです」


 アレファルドの護衛、クールガンが俺の横に現れる。

 宰相様が連れてきたのは赤茶色の髪のやや小太りな紳士。

 片眼鏡をかけて、お辞儀して席に座る。

 一部では「どの面下げて」と睨まれていたが、平然とした顔だな。


「ふふ……まあ、幸いな事に役者は揃っているしな」

「では、予定通りに後ほど」

「ん」


 音楽が奏でられ始める。

 用意された王冠と王杖。

 その前に佇むのはうちの親父だったりする。

 なぜここで神殿官長ではないのか、と思う者もいそうだが、神殿官長より偉いのが法官長だからです。

 神殿は司法部の一部なのだ。

 なぜなら法の一部は歴代賢王たちと守護竜によって整えられたものだから。

 ……なので余計、うちの親父は忙しかっただろうなぁ、と察して余りある。

 そんな中、床まで届くマントと、純白の礼服を纏ったアレファルドが入室してきた。

 親父の長い祝辞が始まる。


「…………」


 本当言うと、この瞬間を見届ける事を俺は諦めていた。

 隣にラナがいるのなら、見られなくても構わない。

 そう思っていた。

 ああ、懐かしいな。

 雨の森。

 迷子になった俺を見つけたのは王子様だった。

 お前が『影』となる『光』だぞ、と言われて……まあ、あいつならばと思った幼少期。

 ……『王』になる。

 不安は大きい。

 けれど、今はただ心から祝福しよう。

 おめでとう、アレファルド。


「では、汝……アレファルド・アルセジオスよ、この国とこの国の守護竜アルセジオスに、生涯の忠誠を誓うか?」

「誓います」


 跪いたアレファルドの頭に王冠が載せられ、立ち上がったあとに王杖を持たされる。

 真正面から見た。

 おそらくアレファルドも俺を見ている。


「「…………」」


 始めるぞ、という合図だ。

 ……せっかく王になったのに、王になって初めにやる事がコレとは大変だなぁ、お前も。


「この場に集まってくれた各国の王族、そして我が国の貴族、民よ! 感謝する! 俺は父に恥じない、この国の新たな王となる事をここに誓う!」


 パチパチと拍手が起きる。

 神殿の外の方が人も多いから、歓喜と祝福の声も相侯って神殿が揺れているようだ。

 王杖を振りかざしたアレファルドに、神殿の上にある鐘が鳴り響く。

 その王杖を、アレファルドは一人の男へと向けた。


「そして! 父に毒を盛った医師もどきを今この場で断罪しよう! この医師もどきに毒を流した貴様もだ!」

「なっ!」

「!?」


 ざわ、と神殿の中がざわめく。

 アレファルドが王杖で指し示した男は立ち上がる。

 その後ろ、俺とラナの手前に座っていた人物も、アレファルドに指摘されて立ち上がった。


「貴女の事よ、ユニリス・グレイン」

「!? は!? エラーナ・ルースフェット!? ど、どうしてお前がここに!? 国外追放になったはずじゃあ!?」


 ガタン、と立ち上がったのは紫紺の髪を縦巻きロールにした少女。

 と言っても俺たちの同級生であり、元クラスメイトである。

 彼女の座っていた席を取り囲むように、騎士が数名通路を塞ぐ。

 そして最前列。

 宰相様の隣に座っていた男……偽のデルハン医師もまた騎士により取り押さえられる。

 アレファルドの横に現れるリファナ嬢とクールガン。あと三馬鹿。

 まあ、今回の首謀者……ユニリス・グレイン嬢は三馬鹿の関係者なのだが……。


「な……ち、違……違いますわ、スターレット! わたくしは……!」

「残念だが証拠は揃えてある。抵抗は無駄だぞ、ユリニス」

「お前が揃えたわけじゃありませんけどね」

「れ、礼は後ほどすると言っただろう……」

「集めてきたのはうちの父の部下なので、褒賞を与えるとかそういう約束を——」

「する! するから黙っててくれ!」


 クールガンは子どもなので本当に空気を読まないな〜。

 でもうちの親父も親父の部下も表情がパァッと明るくなったので放置しよう。

 スターレットは褒賞の約束をしたので逃げ場はない……ははは。


「しょ、証拠だなんて……そんなもの!」

「あれれ〜、そんな事言っていいのかな〜? 君が庭で毒草を育てていたのは把握してる。そして、この医師がデルハン医師の名を騙った偽者であるという事も!」

「!」


 かったるいけど、頷いて見せる。

『紫竜ディバルディオス』のシャオレーン王が、ギョッとして立ち上がった。

 ニックスの指差した男……偽のデルハン医師に、「この者は我が国のデルハンを名乗ったのか?」と口にする。

 そうだろう、そうだろう。

 なぜならデルハン医師は——。


「馬鹿な! デルハンは女医であるぞ!」

「!?」

「!」


 なのだ。

 ……デルハン医師は、女医である。

 時計職人を兼業しているが、なかなか妙齢の女性だったりするのだ。

 確かに俺も最初は男かと思って会いに行って若い女の人だからめちゃくちゃびっくりしたとも。

 だからこそ、デルハン医師は一度会ったら忘れられないのだ。

 あれで世界的な医師!

 時計職人兼業!

 若い! 美人! スタイルいい! 年齢不詳すぎる!

 ……忘れられないんだよ。

 あんなおっさんではないのだ。

 性別を聞いた時からあちゃー、と思っていたが……そういう事なので、その場の全員の目がユニリス嬢に向けられる。


「お、女……? 女医……? デルハンが?」


 そう呟いてしまったユニリス嬢。

 この国では医者は男しかなれないから、国外に出ない令嬢は知らない事が普通。

 とはいえ、『紫竜ディバルディオス』の王様に特定されては、もうあの偽者に言い逃れの余地はない。

 もちろん、ユニリス嬢も。


「はっ! ま、待ってください! わたくしがその、偽者と関わりがあるかどうかなんて、分からないでしょう!?」

「この後におよんでまだ言い逃れが出来ると思っているのか?」

「っ! ですが殿下……いえ、陛下! わたくしが前王に毒を盛る理由などありません! むしろ、その理由があるのはこの女! エラーナ・ルースフェットとその父親である宰相ではありませんの!」


 びし、と指差されたラナは、はあ、と溜息を吐く。

 宰相様も立ち上がり、腕を組んで彼女を見た。

 皆から注がれる視線に、ユニリス嬢はどんどん顔を青くしていく。


「残念だけど、わたくしとお父様には前王陛下を暗殺する理由がありませんの。わたくしは今とても満ち足りて幸せですし、お父様はスターレットの……貴女の元婚約者を育てるので、大変ですもの」

「っ!」

「ユニリス、お前は俺のために宰相に前王毒殺の罪をなすりつけ、失脚させようとしていたらしいが無駄だ。俺は俺の努力と実力で宰相の座を掴み取る!」

「そのための努力はもっとして頂かないと」

「もおぉ! するって言ってるだろうがぁぁぁっ!」


 クールガン、横槍はやめなさい。


「……でも、でも……わたくしは……わたくしは本当に、殺すつもりなんて……! 少し目眩がする程度の効果しか……」

「貴女が渡した薬を本物の毒薬にすり替えて与えていたのは、この偽者です」

「!」

「ちっ!」


 クールガンが覗き込む、偽医者。

 穏やかそうだった顔立ちは見る影もない。


「仕方ない。本当はそこのどす黒い感情に満ち足りたお嬢さんに、生贄になって頂こうと思ったんだが……」

「なに?」

「我が黒き血を捧げよう。我が眼、我が声、我が耳、我が鼻、我が皮、我が肉、我が骨……我のあらゆる部位をお使いください……」

「なにを言っている!?」

「おい、様子がおかしいぞ!」

「っ! クールガン、ユーフラン! 王たちを外へ!」


 親父の指示で、クールガンがアレファルドたちを男から引き離す。

 俺も騎士たちに指示をし、神殿の中にいた各国の王や王子、姫、この国の貴族を表に出した。

 まさか……。


「そんな! あれは邪竜召喚の呪文! みんな逃げて! 邪竜が出てくるわ!」

「!」


 ラナが叫ぶ。

 邪竜、という単語に皆が一時「なにを言ってるんだ?」と足を止める。

 しかし、ぶつぶつなにかを唱えていた偽医師からどす黒い液体が溢れ出した事で悲鳴が上がった。


「……そんな、なんで! わたくしが邪竜の生贄にならないんだから、邪竜は出てこないんじゃないの!? なんで!」

「ラナ、下がって!」

「ユー!」

「ト、トワ様も逃げて!」


 最前列にいた王族たちも、ようやく入り口付近まで逃げてきたようだ。

 って、ゲルマン陛下とロザリー姫が、通路でつっかえてしまっている!

 ラナにトワ様を抱っこさせて、ゲルマン陛下のマントを長椅子の背もたれから剥ぎ取った。


「お、おお、ユーフラン、助かったぞ」

「ロザリー姫を抱えてください! なんかまずい!」

「そのようだな! ロザリー!」

「あ……は、はい」


 ごぽ、と音を立てて黒い水は増えていく。

 神殿の中を瞬く間に満たしそうな勢いで溢れるそれは、偽医師を呑み込んだあと天井に向かって伸び始める。

 ラナは事前に、「私が邪竜の生贄にならなければ邪竜は出てこないわよ」と言っていたけど……これがラナの心配してた補正力なのか?

 神殿の天井を破壊して、鐘が大きな音を立て落下していく。

 崩れる建物の残骸や、庭に集まっていた市民の悲鳴と逃げ惑う姿にいよいよまずい事になったと思う。

 仕方のない……。


「きゃ!」

「そこから動かないで!」

「こ、これは!」


 ラナたちのところへ落ちる瓦礫を、二本の『青竜の爪』を傘に使い避ける。

 俺の手持ちはあと一本。

 建物が全て崩れる前に、外に出る事は出来たけど……外は外で人々が逃げ惑い大混乱。

 アレファルドたちは親父とクールガンが護衛しながら、神殿の西側に逃げていたはず。

 しかし困った……俺の方が担当する王族が多いのだ。


「他の国の王族は……」

「シャオレーン王とクラーク王子は、アレファルド王たちとともに逃げたのを見たぞ」


 ゲルマン陛下の言葉に息を吐く。

 なら、あちらの王たちは大丈夫か。


「ラナ、怪我は?」

「わ、わたくしは大丈夫……でも、でも邪竜が……! なんで、わたくしが生贄にならなければ、邪竜は現れないと——っ」

「ラナ、それは君の知っている『物語』の中の話だろう」

「!」


 建物の崩れる音。

 騎士たちが逃げ惑う市民を町に誘導する怒声。

 そんな中、邪竜の産声が響き渡った。

 でも、無視だ。

 俺はラナしか見ない。

 泣きそうなラナにしっかりと、今度こそ……。


「君が望んだ人生を進もう。俺も隣にいるから大丈夫」

「……フラン……」


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