帰還からの


「帰ってきたぁ〜!」

「あー、本当やっと帰ってきたわねー!」

「うん……」

「? フラン? どうして落ち込んでいるの?」

「…………いやぁ……別にぃ…………」


 …………帰ってきてしまったし、ラナの誕生日当日に本気でなんにも出来なかったし……プレゼントもお土産も渡せなかったし。

 カールレート兄さんにはその事に気づかれて「それでこそユーフランだなぁ」ってにやにやされるし。

 いや、どういう意味!?

 それでこそ俺ってなに!

 絶対失礼な意味じゃないか!?


「おかえりなさい! ラナ姉さん!」

「アラ、やっと帰ってきたわネェ〜」

「レグルスじゃない! みんなの面倒見に来てくれてたの?」

「まあ、一応この子たちの保護者はアタシって事になってるものォ。それより、ファーラはどうだったノ? まさか本当に『守護竜の愛し子』だったノ?」


 牧場に入るやいなや、駆け寄ってきたレグルスとクラナ。

 二人とも店舗前にあるパラソルつきのテーブルで、ランチの準備をしていたようだ。

 今日は外で夕飯の予定だったのか?

 クラナはすぐにファーラを抱き締め、レグルスは心配そうにラナへ顔を向ける。

 こんなに真顔で心配しているレグルス、初めて見たかも。


「え、ええ……ゲルマン陛下に『聖なる輝き』を持つ者……『守護竜の愛し子』と認められたわ」

「なんて事! ……でもそれでよく帰ってこられたわねェ?」

「ファーラがそれを望んだからよ。どの国も、『聖なる輝き』を持つ者の自由と願望を妨げてはならないもの」

「なるほどネェ……。でも、護衛の一人二人連れてくるかと思ったワ」

「…………。言われてみるとそうよね?」


 と、首を傾げる二人。


「………………」


 残念ながら俺には少々心当たりがある。

 心当たりというか……『俺』だ。

 ゲルマン陛下はこの国にも『ベイリー』の家があると言っていた。

『ベイリー』の家名は守護竜に与えられた『法』の意味を持つ。

 王であればそれを知らないはずがない……つまり、俺が『青竜アルセジオス』の『ベイリー家の者』と分かった上で、ならば護衛は必要ない。

 ——なぜなら『ベイリー家の者』がすでに側にいるから。

 ……と、判断したのだろう。

 ましてそんな俺の本来の家名を隠すため、新しく男爵の位と名字を与えた。

 護衛がつかなかった時に気づいたが、爵位と名字を与えられたのはそういう意味も含まれていたんだろう。

 まったくもって、したたかな王だ。

 自国の『ベイリー家の者』を使わない理由は、よく分からないけど。

 ……戦闘能力において、竜と心通わす、王家を殺す能力がある『ベイリー家』の『竜の爪』以上の兵器は——存在しない。


「急すぎて用意出来なかったのかもね」

「えー? こっちの爵位まで用意していたのにぃ?」

「爵位? まさかアナタたち貴族になったノ?」

「男爵の爵位をもらってきたよ。要らないって断れる相手じゃないから仕方ないね」

「ヤダ、スゴーイ!」

「え! 姉さんたち貴族になったんですか!? 貴族ってあれですよね、いわゆる族長の一族の人みたいな感じですよね!」


 クラナの認識微妙〜。

 でもまあ、『赤竜三島ヘルディオス』的にはそうなのだろう。

 ラナと顔を見合わせて、肩を落とした。


「せっかく平民ライフを楽しんでたのに……面倒な事になったものだわ〜」

「アラ、いいじゃなイ。クーロウさんと同じって事デショ」

「あー、そういえばクーロウさんも男爵だっけ」

「そういえばそうだったわね」


 クーロウさんは『エクシの町』の町長として、なにかと都合がいいからおじ様が王家に頼んで男爵の位を与えたと聞いている。

 ……辺境伯という立場上、後ろに『責任の取れるある程度の立場の人間』がいて欲しいという気持ちは、分からないでもない。

 ただ、自分がこれからそれに巻き込まれると思うと面倒くさい。

 っていうか、それならファーラをクーロウさんに引き取ってもらえばいいんじゃ……。


「それで、ファーラはこれからどうなるんですか?」

「さっきも言ったけど、王族や貴族であっても『聖なる輝き』を持つ者の自由と願望を妨げる事が出来ないの。守護竜様が怒るからね。ファーラがしたい事をしたいようにするのよ。……『赤竜三島ヘルディオス』にも『聖なる輝き』を持つ者はいたんじゃないの?」

「いや、『赤竜三島ヘルディオス』に『聖なる輝き』を持つ者は今いなかったはずだ。先代が亡くなって数年、だったかな?」

「エエ、そうヨ。……でも『赤竜三島ヘルディオス』で『守護竜の愛し子』にならなくて本当に良かったワ……。あの国で『守護竜の愛し子』になっていたら、神の一部として祀られて監禁状態にされていたはずだもノ」

「「うわぁ……」」


 さすが守護竜信仰の塊の国……『赤竜三島ヘルディオス』の先代『聖なる輝き』を持つ者は二十歳そこそこで亡くなっていたと聞いたけど、それじゃ無理ないかもね。

 レグルスの言う通り、あの国で『聖なる輝き』を持つ者にならなくて良かったね、ファーラ。


「つまり、ファーラはこれからもここで一緒に暮らせるんですか?」

「そうね、ファーラがそれを望むなら」

「うん! エラーナお姉ちゃんのカフェをお手伝いするの!」

「アラァ! それならちょうど良かったワァ」

「?」


 なにやらおいで、おいで、とされてラナと顔を見合わせつつレグルスとクラナについて店舗の中へと入ってみる。

 すると、そこは——。


「え!?」

「「「おかえりーーー!」」」


 店舗は飾りつけられ、家具は掃除され食器も揃えられ、テーブルにはテーブルクロスがかけられている。

 なんか、いつオープンしてもよさそうな店内の仕上がり。

 出た時はここまで『お店っぽい』感じじゃなかったのに……。


「よう、兄ちゃん」

「あれ、ガラス屋のおじさん?」

「ああ。たまたまレグルスに頼まれて食器を納品しに来たんだ。今日帰ってくる日だったんだな。ちょうど良かったわい。ほれ」

「!」


 そう言っておじさんが手渡してきたのは木箱だ。

 大きめの木箱に入っているのはグラスだろう。

 その上にはリボンで固定された、ネックレス状の平らな小瓶。

 一緒に持ってきてくれたのは……分かるけど……。


「どういう事?」


 ラナがレグルスを見上げる。

 ウインクして、レグルスはさらに壁に立てかけてあった二つの看板のうち小さな方を持ってきた。


「もちろん開店準備ヨォ。子どもたちを預かってる間、こっちの準備は止まってたデショ〜? 一応悪いと思ってるのヨ? これでモ」

「レグルス……」

「あとここのカフェが上手くいくと温泉宿の建設にもイイ影響が出るはずだしネ」

「レグルス……」


 ラナ……声のトーンが……。


「養護施設がそろそろ完成するから、少し引越しの準備を進めておけってクーロウさんに言われたんです。それで、ハッとして……思い出しました。ここ数ヶ月、本当に楽しかったです。……でも、ずっと姉さんやユーフランさんに甘えてるわけにはいかなかったんですよね。施設が完成するまでの間……そういう話だったんですよね……」

「クラナ……」

「それに、別に遠くに引っ越すわけじゃありませんし! カフェがオープンしたら、わたし、ここで従業員として働かせてもらえるんですよね? ね?」

「……もちろんよ! 日給銅貨十枚に、忙しい日はボーナスもつけるわ! 週休二日で、朝十時から夕方五時までよ!」

「ふふふ!」


 さすがラナ。

 その辺りは本当にしっかりしてらっしゃる。


「ええ、本当……いつでも手伝いにいらっしゃい。みんなもね」


 しょんぼりとしていたクオンや、拗ねた顔のシータルとアルのやんちゃ坊主コンビ。

 アメリーはまあ、いつも通りだが……ニータンもなかなかに複雑そうな表情。

 ラナがそんなクオンと、少し泣きそうだったクラナの肩を抱き寄せる。


「……なに? ニータン」

「勉強、教わりにきてもいい?」

「……もちろんいいよ。その代わり動物の世話とか手伝ってくれる?」

「うん……」

「おれもおれも!」

「オレもカルビたちの世話やる!」

「アメリーも〜」

「……ん、ならいつでもおいで」


 まだ少しだけ早いけど、怒涛の数ヶ月だったな。

 お店の準備がだいぶ整い、子どもたちは新たな生活をスタートさせるための気持ちの整理をつけた。

 ファーラの事は……これからどうすべきなのか、もう少しみんなで話し合う必要はあるけれど……まあ、それは今でなくてもいいだろう。

 ラナの言う通り疲れてる時に将来の大切な事を考えても、いい考えなんて浮かぶはずもない。

 それより——。


「ちょうどいいじゃん、ラナ。誕生日ちょっとすぎたけど、プレゼントも届いた事だしパーティーやろう」

「え? プレゼント?」

「……コレ。お誕生日おめでとう」

「! 言ってたグラスね! え? でもお酒は——」

「あるよ。『ハルジオン』で買っておいた」


 そう、『緑竜セルジジオス』の王都で買ってきた『お土産』である。

 まあ、あまり高くないワインではあるけど……。


「ワインだ〜!」

「あらヤダ、クォールング産の白ワインじゃない、ソレ!? いくらしたのヨォ!?」

「え? 高いの?」

「高いわヨォ! クォールング地方のワインといえば各国の王家御用達ヨォ!?」

「えっ! ええ!? いくらしたのよフラン!?」

「金貨一枚ほど?」

「なににお金使ってるのーーー!」


 えー……。

 でもクォールング産のワインの中では一番安かったんだけどなー?


「まあまあ。ラナの誕生日プレゼントなんだから、たまの贅沢って事で」

「……あのねぇ、フラン……私はお酒なんて飲んだ事ないのよ? お酒の味も分からない人間にそんな上級者が飲むようないいワインなんか飲ますものではないわ」

「アラァ、いいじゃなイ! アタシも一杯戴いていいかしラ?」

「「言うと思った」」

「エラーナお姉ちゃん、誕生日だったの!?」

「ええ! 大変!? お料理、なんにも準備してないです!」

「じゃあ、今からみんなで作りましょう! ケーキは任せなさい!」

「え、自分で作るの? 俺が作るよ?」


 ラナの誕生日なのだし。

 ケーキの作り方はラナに教わってるし。

 そういう意味で言ったら……。


「ダメ。フランに作らせると美味しくて食べすぎてしまうから!」

「どういう事なの……」


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