困ったひと

 


 子どもたちが寝静まったあと、一階の片づけをクラナに任せて酔っ払いを店舗二階のテラス席に連れてきて水を飲ませた。

 暑い暑いというので、テラスに連れてきたのだが、ご機嫌にもう一杯。

 いやあ、今日は月が綺麗だなぁ。


「ラナ、そろそろやめたら?」

「フランおさけつよくにゃい?」


 噛み噛みじゃねーか。

 んん、強いというか……『竜石眼』持ちは酔わないと言われてる。

 理由は守護竜がお酒好きだから。

 そして守護竜は余程の量でなければ酔わないらしいから。

 ……ブラクジリオスを見たあとだとその理由がよく分かる。

 あの巨体ではちょっとやそっとでは酔わないだろう。

 それはそれとして、ソファー席ってなかなかいいな。

 伸び伸び出来るし、畑や牧場、空の満月や星を眺めながら美味しい魚料理を摘みながらお酒飲める……これはなかなかに気分が上がる。


「ふぇへへへへ〜」

「…………」


 ちょっとお隣の酔っ払いが寄りかかってくるので、重いというよりもやもやする。

 体がぽかぽか……俺も暑いくらい。

 お酒怖い。

 あまり酔わない体質なのに、ラナにくっつかれてると俺まで酔っ払ったような気分になる。

 ラナの体温がぴったりとそこにあって、ふわふわ、ふわふわ。

 浮かれてる? 俺。


「おしゃけっておいしいのにぇ〜」

「……うん、美味しいね」

「んふふ、フランフラン〜」

「なに?」

「よんだだけよ!」

「…………」


 寝かせた方がいいだろうか?

 まさかラナがこんなにご機嫌になるとは。

 ……お揃いのグラス。

 喜んでくれたのはいいけど、こんなにスキンシップが激しくなるとは思わなかったな。

 さっきからお腹周りにしがみつかれて離れない。

 色々アレなんですが、色々。

 そう、色々!


「あ、わたくし、じゅうはちさいになったのよね? フランにおいついたわよ」

「そうだね」

「ふふふふふっ。はめつエンドも回避したしぃ、フランはそばにいるしぃ、お店はもういつでも開店できるかんじだしぃ〜、わたくしってばもうこわいものなしではなくて〜?」

「良かったな、本当に」


 破滅エンドの回避とやらは、本当にめでたい。

 ラナを脅かすものならなんでも始末しようと思っていたけれど、その心配もなさそう。

 ほんの少し冷たい夜風が心地よく頰を撫でていく。

 まるでそれを羨むように、ラナが「わたくしの頭も撫でてもいいのよ」と唇を尖らせた。

 ……うーん、酔っ払い……。

 でもまあ、そう言われたら撫でましょう。

 お嬢様がそれをお望みならば。


「ふっふふふふふ〜」


 寄りかかるラナの頭を撫でていると、ますますご機嫌になっていく。

 そろそろ本格的にグラスを没収すべきだな。

 中身もちょうど空だし……。


「ラナ、今夜はこのくらいにしてもう寝る?」

「うん。フランがはこんでねぇ」

「はいはい」


 というか、こんなに酔っ払ってふにゃふにゃな君を一人で歩かせるなんて無理でしょ。

 グラスをテーブルに置き、スカート越しに膝下へ腕を入れると、ラナの手が首に回されてきた。

 ハグと似てはいるけれど、やっぱりこの距離はとても落ち着かない。

 そもそもハグもあまり……まだ慣れてないし。

 顔が近い。

 香りが分かる。

 体温がいつもより高いし、密着度も……。


「わたくし、ぜんせでもかれしがいたことありませんのぅ」

「は? はぁ、そうだったの」

「しごと、しごとばかりでぇ……いえにもあんまりかえれなくてぇ……」

「うん」

「ひとりぐらしでぇ、じっかにもあんまりれんらくがとれなくてぇ……」


 舌ったらずに一生懸命、話してくれる。

 ラナの前世……異世界の話。

 テラスから渡り廊下に入り本宅への扉を開けて廊下へ。

 子どもたちが起きないよう、足音を消して進む。


「だからフランがわたくしの初彼氏ですわ〜」

「……」


 部屋の前でそんな事を言われる。

 コメントしづらい。

 前世と合わせても初、と言われたのは……まあ、そりゃ心の底から嬉しいけれど。

 光栄だけど。

 だからこそ、どう返していいのか悩ましいのだ。

 上機嫌なラナの姿を見ていると、どうしても聞いておきたくなる。


「……ラナは、今幸せ?」

「うん!」

「…………っ、そう」


 部屋の扉の前で少し悩んだあと、ドアノブを回した。

 ラナの部屋。

 普段は絶対入らない。

 用がないし、寝る時以外は一階や店舗にいるから。

 でも、今日はベッドまで彼女を運んで、座らせる。

 膝をついて「水はいる?」と聞くとご機嫌な笑顔で「いらないわ」と言われた。


「……おやすみのキスは?」

「いる!」


 さあ、しろ!

 と言わんばかりに左の頰を向けるラナに、肩の力が落ちる。

 膝をついて右の頰を包みながら左の頰に口づけした。

 顔を少しだけ離した時に、目が合う。


「ふらん……」


 とても舌ったらずな声。

 とろけたような笑顔。

 顔が熱い。

 喉が、渇く。

 なんだ、この感覚……。


「ん? ラナ?」


 俺の頰を、ラナの両手が包む。

 なんだ、とドキドキしていたら顔が近づいてきて……グキッと右に向かされた。

 え、今の軽く痛っ!?


「っ!」


 でもその代わり、頰に柔らかくて温かい感触。

 すぐに離れて、ラナの方を見ると満面の笑顔がそこにはあった。


「うふふ、わたくしからもおやすみのキス〜! しちゃった! ふふふ! うふふふふ〜!」

「……………………」


 死んだ?


 俺は死んだのでは。

 と、思っていた時、ラナはベッドに横たわり、ゴロンゴロンと回転する。

 あれ、コレデジャブ……俺もラナと恋人になった日の夜こんな事になっていた。

 ラナもやるんだ?

 と、冷静な自分の部分がそんな事を思ってると、ラナは突然ピタリと止まる。

 ど、どうした!?


「スヤァ……」

「…………。……おやすみ」


 このまま寝かせていいのかな、と思うが、まあ、あとでクラナにパジャマに着替えさせてと頼めばいいか。

 そう思って布団をかけ、部屋を出る。

 うん、うん、充分だし……俺がもらってしまってどうするんだって、ね。


「あ……テラス片づけてこよ」


 グラスとか置きっぱなしだ。

 思い出して、店舗二階のテラス席に戻る。

 結構飲んだな。

 トレイにおつまみやらグラスやらを載せ、ほぼ空になったワインボトルに笑みが溢れる。

 喜んでくれたなら良かったし、俺も思わぬものをもらえた。

 たくさん、彼女には……本当にたくさんもらっている。

 なにを返したらいいだろう。

 でも、返すたびに倍になって突き返されている気がする。

 困った。

 ああ、困ったなぁ。


「ほんと、困った人だな」

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