自宅へ帰還



「終わったわ〜」

「終わったぁぁっ!」

「終わったね〜」


 そんな地獄の晩餐会を経て「明日帰る」というのも告げて、解放された夜八時。

 ……なぜ集まるのが俺の部屋なのか。

 まあ、いいけど。

 ラナたちはこのあと着替えなければならないのでは?


「なっちゃったわねぇ、男爵。貴族」

「なっちゃったね」


 そう、ラナのぼやきに同意する。

 まあ、聞かれたから答えただけで、手続きとかはこれから進むのだろうけど。


「ファーラはどうなるのー?」

「ファーラはどうしたい?」

「分からないー」

「いいんじゃないかしら、今決めなくても。疲れてる時に人生と深く関わる問題と、上手く向き合えるわけないわ」

「それもそうだな」


 まったくもってその通りだと思う。

 疲れてる時にいい考えなんて浮かばない。

 帰ってから……うん、帰ってから決めよう。


「…………」


 えーと、でも……今考えておきたい事が一つある。

 王都に来るまでに移動で五日。

 滞在二日目。

 明日帰るとなると、やはり多めに五日の移動。

 ラナの誕生日にはやはり間に合わない。

 三日後、だから……途中の『タホドの町』だろうか。

 あの町も『エクシの町』くらいなんにもないんだよな。

 ほんと、ただ泊まるためだけに立ち寄る感じ。

 ラナは帰ってからでいいって言ってたけど……うーむ……『タホドの町』でなんとかお祝いを出来ないものだろうか。


「よし、明日に備えて寝ましょう!」

「あ、そうだね」

「寝るー!」

「ファーラはその前にお風呂よ」

「は、はぁい」


 突然立ち上がったラナが、入り口付近にいたメイドに声をかけてファーラを先にお風呂に入れるように頼む。

 連行されていくファーラ。

 多分、自分一人で脱げないドレスが嫌なのだろう。

 で、取り残される俺……の横にラナ。


「? 行かないの?」

「い、行くけど……その前に……えーと……」

「?」


 なんだろ、と思いつつなぜか「ん!」とほっぺを突き出されるし、指差される。

 んん? もしかしておやすみのキスをねだられてる?

 な、なるほど! ねだっていいものなのか!


「…………」


 じゃあ、とチュ、と音を立ててキスを落とす。

 そうするとじんわり胸があたたかくなる。

 ラナの顔も、ほんのり赤い。

 あれ、胸が……キュッて苦しくなるな?

 可愛すぎて、可愛すぎてダメだと思います。


「ラナさん」

「な、な、なにかしら」

「今日は一日ほとんど一緒にいられなかったので……俺はちょっと……結構、寂しかったです」

「!? と、突然なに…………あ、いや……え、っと、は、はい、わ、わたくしも、まあ、その、なんて言うか…………ちょっと寂しかった、ですわ」


 ラナも、寂しかった?

 目線が泳いでるけど、まあ、直接目を合わせたら俺も……うん。


「ハグしても、いいですか」

「…………。いいですわ」


 と、両手を開くとラナも両手を開く。

 ので、一歩、二歩、近づいて……抱き締めた。

 ほわ、とあたたかい。

 でも少しだけ……落ち着かないというか。


「…………フランって、男の人なのねぇ」

「? 男だけど……」

「いや、まあ、そうなんだけど、なんかこう……大きいなぁって……。ところで、その、腕の怪我は?」

「さっきも言ったけど、大丈夫、痛くないよ。薬塗ってるし……。意外と心配性だね?」

「ふ、普通よ! ……動かしたりしても、痛くない?」

「見た目ほど深くないし、メリンナ先生が絶対大袈裟に診断しただけだから」


 ゆっくり体が離れる。

 見上げていたラナと目が合った。

 とても心配そうな顔をしてくれている。

 本当に大丈夫なんだけどな……。


「あのね……」

「うん?」

「実は、すぎてたのよね」

「? なにが?」

「『守護竜様の愛し子』の中でエラーナが邪竜に呑み込まれて死ぬ日……」

「!」


 え?

 それって——……。


「じゃあ……ラナの破滅エンドってやつは……」

「……回避、出来たのかな……? って、思ってるんだけど……」

「良かったじゃん!」

「でも! ……でも、もしかしてそのせいでフランが代わりに怪我をしたのかと思って……」

「いや、関係ないでしょ」


 本当。絶対。全く。

 首を横に振る。

 それだけは断言出来る。絶対無関係だ。


「でも、そっか……それじゃあ……もう、ラナは……」

「た、多分ね。……確か、十一月になったばかりの日、って書いてあったから。……うん……きっとフランのおかげだわ。フランが最先端の竜石道具を作ってくれたから、邪竜信仰の奴らにも目をつけられる事なく、お父様にも色々説明も出来たし……」


 ああ、俺をラナにつけたのが本当は陛下の指示ってところね。

 いや、でも正直宰相様がそれ知らないとは思わなかった。

 ……そして邪竜信仰に関しては、最先端いきすぎてて逆に目をつけられてそう、というのは……黙っておこう。

 もし接触してきたら皆殺しにすればいいしね。

 邪竜信仰は基本的に賞金首だから。


「あの、だから……これで心置きなく……フランとこの国で生きていけるなって……思ったのよ」

「…………っ」

「わたくしも、今日は一日ほとんど一緒にいられなくて……寂しかったのよね。あの卒業パーティーの日以来、フランとこんなに離れた事ってなかったじゃない? ずっと『貴族』やってて、なんか……気も張っちゃうし……」

「うん」

「それでなんか……ああ、わたくしってこんなに普段は気を抜いてたんだって、気づいちゃったわ。……フランと一緒の生活ってそのくらい……自然体でいられたのね」


 ……自然体で。

 確かに。

 それは、俺もそうだと思う。


「俺も久しぶりに長時間『貴族』やってて顔の筋肉引きつりそう」

「ふふふっ! 確かにフランって『貴族』の時は胡散臭い笑顔が張りついてるものね!」

「うっ……胡散臭いはひどい……」

「あら、本当の事よ? まあ、だからこその『ギャップ萌え』なんだけど!」

「はあ……」


 ギャップもえ……ラナ語は本当によく分からない。

 まあ、褒め言葉の一種らしいから、別にいいけど。


「フランのこの、本当はちょっとやる気のない無表情気味なところがデフォって、わたくししか知らないのよね……むふふふふふ……」

「でふぉ……?」


 新たなラナ語!?

 聞き返してもにやにやされるばかり。

 ど、どういう意味なんだ?

 聞こうとしたら、扉がノックされる。


「失礼します。エラーナ様、入浴の方はどうなさいますか?」

「今参りますわ。……ではフラン、わたくし本日は休みます。また明日」

「うん……おやすみ」


 一瞬で『貴族』モードになるんだから。

 そうして、呼びにきたメイドと部屋から出ていく。

 まあ、ね……割とラナの事を……補充出来た感じはするけど、でもやっぱりなんか物足りないというか……。

 いや、でも……ハグ出来たの、すごくない?

 今更ちょっと照れる。

 ラナとハグ出来るようになった……嬉しい。

 でも、それでもなんか物足りなさがある。

 変。本当に変。

 これは一体なんなのだろう?

 贅沢がすぎる気がするするんだけど?


「……まあ、いいか」


 なんにせよ、ラナの『悪役令嬢の破滅の運命』は回避出来たらしい。

 それは本当にめでたい。


「…………ふむ……」


 というか、それなら尚更なにかお祝いした方がいいんじゃないか?

 一応『お土産』は買っておいたけど……それ以外にもなにか……。


「ユーフラン様、お風呂の準備が整いましたが……」

「あ、入りまーす」


 いや、まずは俺も風呂入ろう。

 疲れた。




 ***




「それでは、またいつでもお越しくださいませね」

「ありがとうございます、ロザリー姫。また儲け話がございましたら……」

「うふふふふ」

「ふふふふふ」

「…………」


 翌日早朝。

 ロザリー姫の見送りという、なんとも豪華な、身の丈にすぎるような贅沢を受けつつ馬車に乗り込む。

 というか、ラナとロザリー姫は今度はどんな話をしたんだ?


「……なんかまた姫様と始める気?」

「ええ、まあ。レグルスばかりと取引してたんじゃ、視野が狭くなるかもしれないから。……それに、フランが作るものはレグルスと専属契約してるけど、私が作るものはそうじゃないでしょ? レシピを色々提供したのよ!」

「ふぅん?」

「なによ、その気のない返事は! ……言っておくけど、自信作よ」

「なにを提供したの?」

「日本酒!」


 …………ラナ語だな。

 また聞いた事のない……ニホンシュ?

 はてさて、どんなものだ?


「なに? それ」

「お酒よ。前にお米からお酒が作れるって言ったの覚えてる? ロザリー姫に聞いたら、『黄竜メシレジンス』にそれっぽいものがあるから取り寄せて『緑竜セルジジオス』でも生産出来ないか試してみるって話になったの」

「…………『黄竜メシレジンス』…………」


 出てくるな、マジで。

 消えろ、消えてくれ、本気で。

 ブンブンと顔を横に振る。


「? ユーお兄ちゃんどうしたの?」

「フラン? どうしたの?」

「『黄竜メシレジンス』の話はしないで。マジで」

「……え? な、なにかあったの?」

「思い出したくない」

「…………。わ、分かった……。ま、まあ、とりあえずお米がね、『緑竜セルジジオス』でも作れないか、ロザリー姫と話してきたのよ。で、お米が作れたら私の知ってるレシピの幅が広がるから、その時はもっと色々出来るな〜って」

「ふぅん」

「美味しいものが増えるの!?」

「そうよ!」


 なるほど、そういえば『コメ』なるものの話は確かにしていたな。

 ……それが『黄竜メシレジンス』にあるかもしれない、的な話も。

 あの国は穀物類強いから。

 ……うん、あの国の王子の事は記憶から抹消したい。


「お米が手に入ったらいっぱい色々作れるわ〜。おにぎり、白米、どんぶりもの、焼き肉定食、焼き魚定食……」


 テイショク……?

 今日はラナ語が多いなぁ。

 まあなんかよく分からないけど幸せそうな顔してるから、多分とても美味しいものなのだろう。

 いいなぁ、美味しいものが増えるのはいい事だよね。

 ラナが幸せそうにしてるのもいい。

『黄竜メシレジンス』の事は思い出したくないけど、オコメとやらが無事に手に入るといいね、ラナ。


「どんぶりものが作れるようになったら、親子丼と鉄火丼と豚丼と鳥丼と牛丼とラック丼と卵丼と海鮮丼と……」

「めちゃくちゃたくさん種類があるな?」

「いっぱいあるわよ。あ、卵丼はフランも好きそうよね」

「そう?」

「ともかく米があれば和食の幅が無限大なのよ! ハッ! パエリアとかも作れる!」


 なんかよく分からんけどコメはすごいらしい。

 小麦パンのような主食になり得るのだろうか?


「でも、ラナ忘れがちだけどさ」

「? なに?」

「来月になれば養護施設も完成するんだし、店舗の方なんとかしたら? カフェにするって息巻いてたじゃん。一応近場に竜石職人学校が出来たから、お客の心配はないにしても……」

「…………あ……」


 あっ、て……。

 まさか忘れてたのか?


「そ、そうね。割と大体揃ってるしね」

「本当ならもういつオープンしてもよさげなんだろう?」

「そうね、まあ……人手も、クラナが手伝ってくれるって言ってるし……。問題はメニューがほとんど決まってない事かしら?」

「じゃあ帰ったら決めないとな」

「そうね、あと開店日とか……」


 一応まだカフェをやる気は満々のようでなにより。

 今は子どもらがいるから、店舗はいい食卓場所になっているけど……子どもたちが養護施設に移ったら、ちゃんとお店として機能させた方がいい。

 お店の持ち腐れだ。


「ファーラもカフェのお手伝いしたい!」

「あら、本当? ……じゃあ手伝ってもらおうかしら」

「うん! 手伝う!」

「よし、なら、帰ってから本格的にメニュー表作るわ。来年二月をオープンとして……」

「なんで一月にしないの?」

「とりあえず十二月まで子どもたちがいるでしょ? 十二月中にカフェの中の準備を整えるのよ。メニューはもちろんだけど、従業員の確保と教育! 一月は宣伝のための宣伝期間!」


 計画的ぃ〜。

 さすが〜。


「俺にも手伝える事ある?」

「フランならそう言うと思ったけど、フランだって竜石学校に通わなきゃいけないでしょう? 大丈夫、力仕事以外は私一人でなんとかしてみせるわよ!」

「無理しないでよ?」


 ドヤァ……と言う顔。

 ……はあ……可愛いかよ。

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