元公爵令嬢の風格



 翌日はラナとファーラがロザリー姫のところにお茶会。

 多分、他の妹姫たちとも交流してくるだろう。

 ちなみに俺は暇なので久しぶりに情報収集をしてきた。

『緑竜セルジジオス』の貴族学園とか、いずれファーラが通うかもしれないところなので下見にね。

 大丈夫、変装は意外と得意だから。

『王家の影』として教育を受けているので潜入調査なんでお手の物だよ。

 まあ、久しぶりにやったので疲れたけど。

 あとはちょっと買い物。

 王都でしか買えない物が割とあったのだ。


「ただいま!」

「お帰り」

「ただいまぁ……」

「お帰り」


 ……お帰りって言っておいてなんだけど、ここ俺の借りてる部屋なのだが。

 あ、ちなみにおじ様とカールレート兄さんは王都にある別宅ね。

 ラナとファーラの部屋は隣のはずなのだが、なぜ俺の部屋に帰ってきたの。

 そしてファーラはめっちゃ疲れ果てとる。


「大丈夫? ファーラ」

「うえーん、疲れたぁ! ドレス動きづらいしお菓子もあんまり食べられないし!」

「あら、ロザンヌ姫とロザリーヌ姫にはたくさん話しかけてたじゃない」


 ……ロザリー姫の妹、次女ロザンヌ姫と三女ロザリーヌ姫は双子の姉妹だ。

 確か、ファーラとは同い年だったな。

 なるほど、同い年なら話しかけやすいし、仲良くなれば貴族学園にも誘いやすい。

 恐るべし『緑竜セルジジオス』王家。


「……ロザンヌとロザリーヌは……うん、お話ししてるの楽しかったけど……」


 もう呼び捨て!?


「…………ううん、楽しかった。お姫様の生活って、美味しいものを食べて、遊んで、なんにもしないと思ってたけど……本当はお勉強する事たくさんあるし、ダンスや歩き方とか練習するって聞いてびっくりした」

「ええ、そうね。普通の貴族令嬢も学ぶ事だけど……王族ともなればその所作に関しては尚更厳しく見られるでしょう」

「……エラーナお姉ちゃんも、勉強とか練習いっぱいしたの?」

「それは、もう!」


 大変強めな「それはもう!」頂きました。

 まあ、そうだろう。

 ラナの場合普通の令嬢ではない。

 王太子アレファルドの婚約者だったのだ。

 知識面は前世の記憶を思い出した時に混濁した影響が強く、学んだ事の大半が思い出しにくくなってるらしいけど。

 頑張って思い出すと思い出せるので、消えてはいない、らしい。


「でも今思うと、なんであんな奴のためにあそこまで努力してたのかが分からない!」

「ええー……」

「わたくしへの誕生日プレゼントだって、絶対アレファルドは自分で選んでなさそうなものばかりだったもの! 会いに行くのはいつもわたくしから! 会ったら会ったで面倒くさそうに相槌を打つだけ! いかにも『早く帰らないかなー、こいつ』オーラ出しまくり! わたくしの話なんてこれっぽっちも聞いてなさそうなあの態度! 一度『今年の誕生日プレゼントはファロディーナの新作ドレスが欲しいですわ』ってねだってみたら、その年の誕生日プレゼントは『紫竜ディバルディオス』製の懐中時計だったんだから! 本当いっっっちミリもわたくしの話なんか聞いてなかったのよあの王子!」

「「………………」」


 ……紅茶を吹き出さなかった俺は偉いと思わないか?

 ん、んー……俺の記憶が正しければ懐中時計はラナの十六歳の誕生日プレゼント。

 か、かなり最近のものです。

 お、おおぉい! アレファルドオォ!

 お前ぇ! ラナがリクエストしてたのになぜわざわざ俺に選ばせたぁぁ!?

 すんごい無駄な事してるじゃねーか俺!

 わざわざ『紫竜ディバルディオス』までオーダーメイドした物を一ヶ月かけて取りに行ったのに!


「……まあ、デザインは気に入ってるから今でも使ってるんだけど、懐中時計。なんだかんだ便利だし」


 …………あ、なんか報われた。


「ほんとだ! かわいい!」

「でしょう? わたくしあまり花には詳しくなかったのだけれど、この懐中時計にあしらわれている薔薇がとても可愛くて……それ以来、赤い薔薇はわたくしの一番好きな花になったのよ。わたくしの緑の髪にも、『青竜アルセジオス』の吉色とも違うけれどね。……そもそもこの世界には青い薔薇はないし……」

「そうなの?」

「そうよ。青い薔薇は自然には存在しないと言われてるの。でも、わたくしは赤い薔薇が好きよ。なんかこう……気合がみなぎるから!」


 ……なんだろう、好きの理由がちょっと普通と違うような気がする。

 そんな拳つきで力説されましても。

 けど、まあ、ラナが気に入って使ってくれてたのは良かった。

 あんまり使ってるとこ見た事なかったけど。


「そ、それに、今はフランの髪と目の色みたいで、まあ、そういう意味でも赤い薔薇は好きよ」

「っ……」

「そっかぁ! じゃあファーラも赤い薔薇が好きな花にする!」

「あら、一緒ね!」

「うん!」


 ここは、なに?

 楽園? 俺、いつの間にか死んだのかな?


「失礼致しました。エラーナ様、ファーラ様、お着替えの方を……」

「あ、そうでしたわね。もう少々お待ちになって」


 コンコン、とノックのあとにメイドが入ってくる。

 ラナは彼女を入り口で止めて、俺に向き直った。

 なんだ、普通に用事があったのか。


「本日もロザリー姫に晩餐のお誘いを頂いているの。多分、その席で爵位に関しての答えを求められると思うわ」

「ああ、こちらは覚悟が出来てるよ」

「結構ね。ええ、わたくしもよ。それから、明日以降の予定だけれど……ファーラが帰りたいと言うので、明日には家に帰ろうと思うの。フランはどうかしら?」

「断る理由はないし……家を空けすぎるのも不安だから賛成。あと、クローベアがどうなったのか気になるし」

「そ、そうね」


 クーロウさんに任せておけば、処理は完璧にしてくれていると思うし、多分 レグルス辺りが「爪と毛皮は高値で売れるのよネェー!」とか言ってすでにお金に替えている予感もする。

 メリンナ先生が俺の怪我を手当てしながら「クローベアの爪って、削って乾燥させると薬の材料になるんだぜ」ってにやにやしてたから、クローベアの爪はメリンナ先生も欲しいのだと思う。

 レグルスと直接交渉して入手とかしてそうな気もしないでもないが……相場がいくらくらいなのか分からないし、レグルスに売ってもらってんならそれはそれで別に……。

 それが子どもらの食費とか衣類代になるなら、うん。

 あと、シュシュの餌、そろそろ切れそうだったんだけど、クラナ買い足してくれただろうか?

 しっかりしてるから大丈夫だと思うが……それから、干し草も新しいのが入る頃だからたっぷり買って置きたかったんだよな。


「フラン、怪我は大丈夫なの?」

「え? なんの事?」

「……ク、クローベアにやられた傷よ! 全治三週間って言われていたじゃない!」

「あ」

「なんで忘れてた風なの!」


 いや、割と本気で忘れてたのだ。

 風呂に入る時に思い出す感じ。

『影』って一応拷問慣れもしておかなければならないので、あんまり痛みって感じないんだよな〜。

 それに、親父のしごきに比べたらあの程度のベア……。


「まあ、見た目ほどじゃないし、メリンナ先生が脅しみたいに大袈裟に言ってただけだから」

「ほんとにぃ? ……あとでフランのところの使用人に確認してもらうから、覚悟なさい」

「うっ……」


 なんかゴリゴリに手当てされる予感……!

 自分でしてるから平気なのにっ!


「…………本当なら、わたくしが手当てしてあげたいところだけど」

「えっ」

「包帯の巻き方なんて知らないし、間違った薬を間違った量塗りそうなので、こういう事はプロに任せるのが一番だと思うの……」

「……間違いないな……」


 一瞬で恐怖を感じた。

 まあ本当言うと薬も効きにくいんだ、俺。

 でも『緑竜セルジジオス』は緑の国で薬草の質がとてもいい。

 俺にもよく効くし、増血薬も効果が高いのだから本当驚く。

 だからこそラナに治療されるのはなんとなく怖い!


「まあいいわ、フランはプロの医師に任せるとして……帰りの手配を頼んでよろしいかしら?」

「……は、はい。しかし、あの……」

「陛下たちには本日の晩餐の時にお許しを頂きます。爵位の手続きなどは書類のみで結構。男爵の位ごときで大層な儀式をする必要はなくってよ」

「っ……!」


 パン!

 手のひらの上でラナの持っていた扇子が鳴る。

 お、おお……学園にいた頃のラナ……エラーナ・ルースフェット・フォーサイス公爵令嬢そのもの……!


「わたくしは隣国の公爵令嬢として生まれ育ちましたの。今更男爵の位などではしゃぐ血筋ではないわ。自分で選んでこの国の平民になったのに、本当なら不要なくらいですのよ。まあ、陛下のお心遣いと思って戴きますけれど」

「……は、はい……あ、あの、ですが、明日とはさすがに急な事でして……」

「まあ! 城のメイドがその程度の事も出来ませんの? 冗談でしょう? それにロザリー姫にはすでにお伝えしてきましたのよ? あら、おかしいですわね。まだ貴女方には伝わっていないのかしら?」


 扇子を開く。

 そして、口許を隠して柔らかな口調でメイドに告げるラナ。

 しかし、その口調には一切の反論を許さない強さが含まれていた。

 間違いなく、在学中の彼女の姿だ。

 これはこれでなんてかっこいい……。


「…………も、申し訳ございません」

「謝罪はいいわ。わたくしは『準備をよろしく』と申し上げているだけだもの。明日の朝には発てるように、ドゥルトーニル家のお二人にもきちんと伝えておいてくださいな。出来ないはずないですわよね? 『緑竜セルジジオス』の王城の使用人が!」

「は、はい……すぐに」

「ではそのように。ファーラ、着替えに行きますわよ。次は晩餐会の準備ね。あとしばらく頑張りましょう」

「え、えーっ……またぁ……?」


 貴族育ちでないファーラにはまさに衝撃続きだろう。

 頑張れファーラ。

 負けるなファーラ。

 明日の朝までの辛抱だ。

 まあ、多分明日の朝も王族との朝食だろうけど。

 ……ふっ、セルジジオス王家の皆さん、ファーラの扱いを誤ったな。

 この辺りは高貴な身分の方々には分かりづらかったのかもしれない。

 ——アンタらの生活、庶民には地獄だよ……。

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