『狩猟祭』【中編】



 面倒くさい事になったなぁ。

 まあ、お昼にはラナのパン屋さんに行くので我慢しよう。

 明日開店だから忙しいと思うけど、朝出かける時に「お昼は町に戻ってくるんでしょう? じゃあ私のお店でお昼ご飯食べなさいよ」と寝ぼけ眼を擦りながら言ってくれたのだ。

 朝早くて、多分あのあとまた一眠りするんだろうけど。

 それでもわざわざ一度起きて見送ってくれた。

 ……すごい、純粋に嬉しい。

 嬉しかった、すごく……!

 あと、寝起きのラナの可愛さが半端なかった。

 すごい可愛かった。

 頭撫で撫でしたかった……!

 いや、まあ、出来るならギュッと抱き締めて…………い、いや、多分そんな事したら心臓が破裂する、死ぬ、無理、本当死ぬ、命日になる。


「キャン!」

「あ、ああ、そうだな。行こう」


 シュシュに促されて指定されたエリアに向かう。

 ふと思ったんだけど、俺の相方シュシュでよくない?

 ……今日の『狩猟祭』が終わったら、順次明日一日で狩った獲物を解体するべく血抜きを行う。

 血もブラッドソーセージにするため、捨てる事はない。

 あれ、味がクセ強くて苦手なのだが……酒場では定番メニューなんだそうだ。

 ルーシィには獲物を載せる荷馬車を運んでもらい、指定されたエリアへと移動する。


「いいなぁ、馬」

「お前も持ってるんじゃないの?」


 仮にも貴族が突然の愚痴。

 荷馬車に乗ったダージスは「うちは馬なんて買う金なかったよ」と唇を尖らす。

 んー……確かにダージスの家はあまり裕福な家ではない。

 うちもそこまでではないが、親戚に竜馬牧場主がいるので比較的安く売ってもらえるんだそうだ。

 ただし、一人一頭だけだけど。


「……けど、いつか自分で馬を買えるようになる」


 お?

 振り返ると、真剣な顔のダージス。


「そんで、クラナさんと二人乗りして草原を駆けるんだ」

「……」


 ……二人乗り……?

 考えた事もなかった……二人乗りとなると鞍が大きめの必要なんじゃないの?


「きっと馬の速さに驚いたクラナさんが後ろから『怖い』って抱きついてきて……へ、へへへへへ」

「……」


 顔のキモさは置いておくとして、ラナを後ろに乗せる……。

 はっ、まさか後ろから抱きつくって、む、胸が当たるって意味!?

 普段なら最低だなこいつ、って思うけど……正面見なくて済むんなら死ぬ事もないかもしれないな……。

 それに、二人乗りとかものすごく恋人っぽい……!

 ラナに聞いてみようかな……?


「いや、前に抱えるように乗せて走るのも……彼女の顔が見えるし話やすいだろうから、それもなかなか……悩むな」

「……」


 腕の中に抱えるようにって事?

 は? 死ぬでしょ。

 ダージスすげぇな……そんな高難易度な事が出来んの?

 ……でも、そんな風に二人でルーシィに乗って早駆けしたあと、お弁当を食べてのんびりするのは確かにいいなぁ。

 これからの『緑竜セルジジオス』や『黒竜ブラクジリオス』はあまり雪が降らないし積もらないらしいけど……冬寒いのは変わらない。

 行くとしたら春先だろうか?

 その頃には養護施設も出来ている、かな。 

 いいなぁ、いつか、もう少し恋人っぽくなれたら行ってみたい。


「そんで草原の真ん中あたりで彼女の手作り弁当を二人で食べるんだよ。あーん、とか、してもらっちゃったりなんかして」

「あ、あーん……!?」

「そうそう……男の憧れだよな〜。彼女に『あーん』って食べさせてもらうの」


 ……あ、あーんって本当にしてくれる人いるのか!?

 いや、そんなバカな、いるはずがない。

 あんな確実に時代遅れなバカな真似……!

 い、いや、されたくないとかではない。

 ラナに笑顔で「あーん」って言われたらやるけど!

 でもそれって伝説級のやつじゃん!

 周りから見たらただのアホ……いや、待て……だが、草原のド真ん中で、周囲に誰もいないなら……あり、なの、か?


「そんで、結婚したらハネムーンにどこへ行きたいか、とかを話し合うんだ」

「!」


 ハ……ハネムーン!

 これっぽっちも考えた事なかった!

 そ、そうか、普通貴族なら夫婦になってすぐハネムーンに行くんだな。

 平民には一般的な風習ではないようだけど、貴族のご令嬢たちにとってハネムーンは一生に一度の旅行だと言われている。

 リファナ嬢のように遊学を理由にアレファルドにあちこち連れ歩かれるのは、貴族令嬢が一生味わう事の出来ない贅沢三昧という事。

 なお、貴族令嬢の行ってみたいハネムーン先ランキング一位は『紫竜ディバルディオス』。

 第二が『緑竜セルジジオス』。

 第三位は『黄竜メシレジンス』。

 お金が一番かかる上、不人気なのは『赤竜三島ヘルディオス』である。

 …………正直生活基盤を整える事でハネムーンなんて本当に考えてなかった。

 そうか、言われてみればその通りだ。

 なんで気づかなかったんだろう……ラナも貴族令嬢だったんだから行ってみたいに決まってるよな。

 でも、これはちゃんと相談しないと。

 ラナが行きたい国を確認して、そこに行くまでのルートや路銀。

 一応他国には無知ではないから、各王都までの道のりは知っている……。

 案内するほど詳しくはないが、行ってのんびり出来るように手を回すのは難しくない。

 ただ『黄竜メシレジンス』には行きたくないな……。


「……………………」


 うん!

 忘れよう!

 思い出してもいい事はない!


「まあ、こんな状況の俺じゃあせいぜい『黒竜ブラクジリオス』ぐらいだけど……」

「『黒竜ブラクジリオス』に旅行、かぁ……」


 そうだな、そういえばトワ様も遊びに来る度に「ユー、こんどはブラクジリオスにきて! いっしょにあそぼー」と言う。

 可愛い。

 ではなく、『黒竜ブラクジリオス』なら子どもたちも気兼ねなく過ごせるだろう……全員連れて旅行もありだな。

 ハネムーンはラナとしっかり話し合って計画を立てるべき。

 まあ少なくとも今年中に実現は無理だ。


「あとは、腕を組んだり手を繋いだり……」

「手……」

「きっと柔らかいんだろうなぁ……」

「…………」


 あのキモい顔はともかく……手を繋ぐ……か……。

 手の甲が当たっただけで跳ね上がってしまったから、今の俺には難易度がかなり高いと思っていたんだけど……確かにそれも恋人らしい事の一つか。

 なるほど……!

 手を繋いで、そこから腕を組む……!

 …………。

 い、いや、む、む、無理じゃね?

 て、手を? ラナの? 手を? さ、さ、さ、さささ触る……?

 え、そ、それはし、死ぬんじゃないか?


「そういえば、お前はエラーナ嬢とどこまで進んでるんだ?」

「着いたぞ」

「無視するなよぉ〜〜〜!」


 どこまでもなにもお前の妄想の中のなに一つ達成していないよ。

 ……けれど、なかなか参考になりそうだ……ダージスの妄想!

 クラナを預けるには不安しかないが、参考資料媒体としては優秀だ。

 でもこう、いまいちラナが喜びそうな内容に偏りがあったんだよなぁ。

 あ、そうだ。


「大体お前とクラナじゃ会話も難しいんじゃないか?」


 俺に最も足りていない、と思う……女子との会話!

 なに話していいのか分からない。

 生活の事とか、仕事の事はともかく……普通、女の子となにを話すものなんだろう。


「そ、そうかなぁ? ……そ、そうかも? クラナさんは『赤竜三島ヘルディオス』出身の平民……俺は『青竜アルセジオス』の貴族……ああ、なんて悲劇的な身分の差!」


 今はあってないようなもんだろうし、国も身分も破棄予定だろう。

 なにが悲劇的なんだ。

 動きもうざいし、置いていきたい。


「でも、女子との会話は『とにかく褒める!』で解決だろう?」

「……褒める?」

「そうそう、これはどの国も年齢も関係ない。女子共通の、コツだろ?」

「…………」


 褒める……それが女子との会話のコツ……。

 そうなのか……確かにラナは褒めるところしかない。

 それを伝えてやればいいって事?

 ふむ、なるほど。

 今度試してみよう。


「!」

「ヒン……」

「え? どうかし……」

「シッ」


 ダージスを黙らせる。

 エリアに指定された森の手前に、とんでもないものがいるのだ。

 ちょっと、これは聞いてませんけど。


「……え!? な、なんだ、あれ……!」

「ハイグレードボア。カテゴリは猛獣。全長三メートル、幅二メートル、体重五百キロ、時速六十キロ。雑食で時に肉食獣や人間も襲って食う。これが基本個体スペックね」

「…………」

「牙含め骨密度が異常に強く、突進してくるハイグレードボアから逃げるのはほぼ不可能。でも、数が少なく肉は霜降りでボア種の中ではクセもなく非常に美味。一頭金貨三枚で取引される。皮だけでも『青竜アルセジオス』では金貨一枚は固い」

「っ!」

「……まあ、動く金一封だよ」


 そして当然この装備でアレを倒すのは無理だ。

 つーか、隣のエリアに応援を呼びにいかねばならんレベルの獲物。

 こちらに気づいた様子はまだない。


「!」


 ハイグレードボアの後ろに五匹ほどハイグレードウリボアがいるな。

 ……ウリボアなのにサイズが普通のボアサイズってマジ恐怖。

 あれが全部大きくなられると町も危ない。

 今日、狩る必要がある。

 ブーツの裏の小型竜石は『緑竜セルジジオス』のものに替えてあるし……やれなくもないけど……。


「で、あ、あれ、俺たちだけで狩れるのか?」

「無理だね。隣のエリアに応援を呼びに行ってくれる?」

「お、俺が?」

「当たり前だろう。言っておくけどルーシィは俺以外乗せないから徒歩な。シュシュは連れてっていい。シュシュの鼻なら俺が移動しても見つけられる。それとも、お前が見張り役やる?」

「む、無理無理無理無理っ!」


 いつ襲われるか分からない危険な役だ。

 まあ、ダージスならそう言うと思ったしその方がいい。

 俺ならある程度は応戦出来る。

 ルーシィもいるから最悪逃げればいいし。


「……わ、分かった。気をつけろよ」

「そっちもね」


 隣のエリアで流れ弾を食らうなよ、という意味で。

 まあ、シュシュが上手い具合に誘導してくれるだろう。

 大きな耳をピクピクさせ、舌を出して見上げてくる小型犬の頭を撫でる。

 フワフワの毛並みを自慢するかのような「もっと撫でてもいいのよ」顔。


「ダージスを頼むよ、シュシュ」


 賢い。

 獲物……ハイグレードボアが側にいるから、声も出さずにダージスを誘導すべく隣エリア側へと駆け出す。

 さて、あの二人が帰ってくるまでもう少し距離を保ったまま見張るとするか。

 とりあえずルーシィをすぐ走らせられるよう、荷馬車は外しておいて、と。

 問題は五匹のハイグレードウリボアだな。

 サイズが通常のボアサイズとはいえ、親と一緒に突進されたらとても迷惑。

 あのサイズになるまで五年はかかると言われているが、親の方はここからでも普通のハイグレードボアよりデカいような……?

 もう少し国境沿いなら『竜の爪』が使えるんだけど……。


「…………」


 集中して顕現出来ないか試してみる。

 うん、ダメだ。

 ちっとも気配がない。

 ルーシィも『無理に決まってるだろ』って目で見下ろしてるくらいだ。

 そんな顔しなくてもいいじゃーん。

 ……しかし、隣のエリアから応援が来るまで見張るだけで暇だな。

 あ、そうだ。

 さっきダージスから聞いた『女子を褒める』を、色々考えてみよう。

 褒める……褒めると言ってもね……。

 ラナの褒めるところはたくさんあるし、その都度褒めればいいって事、なのかな?

 お礼は毎日言うようにしてるけど……プラス褒め?

 そうか! プラス褒めだ!

 お礼を言う時に褒めればいいんだ……!

 それなら不自然じゃない!

 ……ダージスもたまには役に立つ。

 これでラナの好感度もちょっとくらい上がるかな。


「…………」


 い、いや、そもそもラナの俺への好感度ってどの程度なんだろう?

 こここ恋人になっていい、って言ってくれたからそこまで低いわけではないようだけど……恋人っぽい事は今のところ全然してない。

 というか恋人っぽい事ってなんだろう……。


「!」


 さっきダージスが言ってたじゃないか!

 手を繋いだり腕を組んだり「あーん」をしたり馬で遠乗り散歩をする!

 …………あ……「あーん」や遠乗りは難易度が高い。

 では、初級っぽい手を繋ぐ、のはどうだろう。

 い、い、いきなりは……俺の心臓が驚くから、覚悟を決めて、ラナに了承を取って……う、うん。

 しかし、タイミングは?

 子どもたちの前では当然無理だろう?

 食事を作る時、とか?

 いや、邪魔でしょ……繋いで料理なんて聞いた事がない。

 ん、んん?

 本当にいつ繋げばいいんだ……?

 普通の恋人っていつ手を繋いだりするんだろう?

 お茶会?

 でも、それは貴族の時の話だし……んんんーーーー……ん?


「あれは……ユガの実か」


 加工すると、とても香りの良い食虫植物の実。

 へえ、この辺りたくさんあるんだな。

 栽培して石鹸やハンドクリームに混ぜたら、ラナ喜ぶかな……?


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