『狩猟祭』【前編】


 クラナはとても働き者である。

 朝は誰より早く起きて水を汲みに行き、子どもたちを起こし、ラナの手伝いで食事を作る。

 昼まで新しいパンを焼き、昼ご飯も作り、午後は少し勉強をしたあと内職でシュシュ作り手伝い、夕飯のために水を汲む。

 夕飯を作り食べ終わったあとは家の掃除を始めて、子どもたちをお風呂に入れ更に寝かしつけたあとまた勉強をして眠る。


「働きすぎよね」

「そうだね」

「え? なにがですか?」


 夜、夕飯も終わり、子どもたちが寝たあとのリビング。

 石板で文字の練習をするクラナもまた、『赤竜三島ヘルディオス』では満足に教育を受けられなかったそうだ。

 だから俺たちが「文字を教えようか?」と聞いた時とても喜んで、涙まで滲ませた。

 計算をラナが教えてやるととても嬉しそうにどんどん吸収していく。

 ……うちの勉強嫌いの弟たちにも見せてやりたい勉強家である。

 しかし、だからと言って家事育児をしながら勉強を覚えるのは大変だ。

 こんなに年若い美少女が、こんな辺境の森に囲まれた牧場で働き詰めというのもよくない。

 なので、俺とラナは話し合ってクラナに一日休んでもらう事にした。


「や、休み? そ、そんな! いりません!」


 そしてそれを提案した時の反応がこれである。

 完璧に困惑して、首を横に振った。

 まあ、そう言うと思ったよ。

 ラナと顔を見合わせて、頷き合う。


「実はダージスの家族が『緑竜セルジジオス』に亡命してきたんだ」

「! ……え、えーと……ダージスさん、の……家族……」

「そう。『青竜アルセジオス』の貴族だね。……でも、亡命。……この国に移住希望なんだって」


 先日の一件……『竜の遠吠え』から始まった一連の事件で、アレファルドはなかなかの手腕を発揮したらしい。

 伝え聞いた話なのでどこまで本当なのかは分からないが、少なくとも三馬鹿は全員お咎めなし。

 かと言ってダージスの家に全て押しつけたわけでもなく、担当者が場所の記入を誤ったため、という理由になったらしい。

 そしてアレファルドは本来なら記入ミスし、ずったんずったんに処分されるトカゲの尻尾を切らず『迅速な報告を心がけた故のミス』として処分もしなかった。

 更に自分で現場に赴いて復興の指揮、資金繰り、村民が戻れるように通知の手配を徹底して、ダージスとダージスの家族に今回の功労を認めて労う手紙や報償金まで出したそうだ。


 ……ああ、変わったんだな。

 ちゃんと、王らしく。


 それを聞いた時は嬉しい気持ちもあったけど、ダージスの家族はその報償金を全て『緑竜セルジジオス』に移住を希望したダガンの村人たち……カルンネさんたちの国民権破棄手数料に充てた。

 アレファルドはそれを俺の親父に頼んで了承してもらい、また、ダージスの家族も爵位の返納を希望したらしい。

『緑竜セルジジオス』への移住希望を出したのだという。

 ……アレファルドは、それも了承させたそうだ。


 ——俺で最後にしろ。


 そう言ったが、すでに致命的なほど末端貴族の心は王家から……次期王となるアレファルドから離れていた。

 俺が考えている以上の事態が起きたと言ってもいい。

 なにしろ、貴族が地位を捨てても国から逃げたいと言い出したのだ。

 アレファルドはその結果を受け止めた。

 それは立派だと思う。

 だが一度認めてしまえば、有能な貴族が一族ごと国を出る事態はこの後も起きる。

 それを承知の上でダージスの家を見逃したのだとしたら、これからなにか、貴族たちの心を取り戻す策でもあるのだろうか。

 少なくとも俺の家は……『ベイリー家』が真に仕えるのは青竜の方だ。

 アレファルドが最終的に頼るのは親父になってしまうだろう。

 ルースも力はつけてきているし、クールガンもあと数年もすればアレファルドの片腕に……はさすがに若干足りないだろうが『影』として最低限使えるようになる。

 その数年が踏ん張りどころ、盛り返しどころになるだろうな……。

 さて、そんな感じで話を戻す。


「ダージスの家族が来るのはもう少し先になりそうなんですって。家の売却手続きとか色々あるからだと思うわ。で、やっぱりちょっとかなり……結構落ち込んでたのよ……。故郷にはもう帰れない気持ちは、私も分かるから……なんか放っておくのもちょっとね、って」

「…………」


 そして、故郷に帰れないのはクラナも同じだ。

 目を見開いたあと、無言で俯いてしまった。

『赤竜三島ヘルディオス』は弱い者に容赦がない。

 クラナは帰りたいと思わない、と言っていたが、だから故郷が嫌いと言われるとそうでもないはずだ。

 不思議なもので、故郷とは場所。

 その場所で過ごした記憶は一生残る。

 帰りたいと思わなくても、懐かしくはなってしまうのだ。


「別にクラナがダージスと結婚する必要はないけど、今後大変になると思うし、あいつと一緒に息抜きに町でゆっくりして来たらどうかしら? 私、三日後に小麦パン屋のオープンだから明日最終チェックで町に行くし……なにかあれば来てくれていいわよ」

「! ……オ、オープン日、そうですよ! わたしも働かせてください!」

「…………話聞いてた?」


 これは重症な気がする。

 おかげでラナの顔がどんどん怖くなっていくぞ。

 ラナは前世で『しゃちく』と呼ばれる仕事以外の機能を奪われた仕事の奴隷に洗脳されて、最後は死ぬ事にさえ躊躇がなくなっていた。

 クラナは、その気配があるのだという。

 だからラナは真剣にクラナを説得する。

 このままではクラナが前世の自分のようになってしまう。

 ラナの心配もクラナはどこ吹く風。

 小麦パン屋がオープンするのを手伝いたいのだと言ってきかなくなってしまった。


「ダーーーメ! クラナ! 働かせるのは別に構わないけど休み方を覚えてからよ!」

「や、休み方? い、いえ、けれど……!」

「休み方が分からない人間に労働を行う権利はないわ!」

「そ、そんな!」

「…………」


 会話がなんかものすごい。




 ***




 まあ、そんなわけでラナの小麦パン屋がいよいよ開店するのだが、その前に『狩猟祭』があるんだよね。

 九月三十日、午前四時。

 シュシュと共に、『エクシの町』の東側に集まった。

 ……集合時間早すぎじゃない?

 まあいいけど、クラナは今日強制的にお休み。

 ラナも『エクシの町』に来る。

 クラナがきちんと休み方を覚えればいいんだけど……。


「あれ? ダージスとカルンネさんじゃん。二人も『狩猟祭』に参加するの?」


 ダージスはともかくカルンネさんは猟銃の使い方とか大丈夫なのかな?

 …………いや、ダメじゃない?

 なんですでにケースから出してるの?

 狩猟範囲の説明がこれから始まるんだよ?

 早い早い出すの早い。


「お、おう、ユーフラン! いや、こういう男らしいイベントに参加すればクラナさんに認めてもらえるかもしれないと思ってな。……あと、金一封と聞いて……」


 ああ、なるほど。

 ……でもお前、俺とラナがわざわざクラナを休みにした日に限ってこういうイベントに参加してるってどういう事。

 いや事前にクラナを今日休みにするとは伝えてないけど。

 でもそこまでしてやる義理もないし?

 別にお前とクラナの仲を進展させようとか思わないし。

 むしろクラナにはちゃんとした男を選んで幸せになってもらいたいと思うし。

 別にお前の事を徹底的底辺レベルのダメ男だとは思わないけどさ。

『ダガン村』の人たちをとにかく安全な場所に、ってうちに連れてきた辺り……判断としては悪くないと思うし。

 伝手が俺しかなかったんだろうってのは分かるから。

 でも、だからと言ってクラナと——……まあいいや、その辺りは二人の事情だもんね。

 心意気自体は立派だと思うよ多分。


「カルンネはメリンナ先生への『つまみ』だそうだ」

「ははははい! 狩猟はやった事ないんですがメリンナ先生が『酒のつまみにボア肉の燻製が食べたい』と言っていたので!」

「買ったの?」

「貸してもらったんだ、ハーサスさんに」

「はい。有償ですが初心者でも使えるって……」


 頭を抱えた。

 あの人本当……親指立てながら「銃はいいぞ!」って言ってる笑顔が目に浮かぶ。

 だとしてもカルンネさんみたいな人には銃を持たせてはいけない。


「カルンネさんは悪い事言わないから弓にした方がいいよ……なんか絶対人を殺しそう」

「ひっ! …………。ゆ、弓も借りられるんですか?」

「いや、その前に弓は使えるの?」

「つ、使った事はありません」

「参加をやめろ」


 というわけでカルンネさんを参加から諦めさせ、ダージスに「そういえば今日クラナが町を散策するって言ってたんだよね」と告げる。

 金一封……俺も欲しいのでライバルはどんな手を使っても蹴落とす。

 ラナへの誕生日プレゼントを買うのにお金は一枚でも多い方がいい。

 しかし、金一封が欲しいのはダージスも同じだったのか散々悩んだ挙句に「参加するっ」と宣言した。チッ。


「さーて、それじゃあそろそろ始めるぞ。さて、今回が初開催なわけだが〜」


 挨拶し始めたのはクーロウさん。

『狩猟祭』は各々エリア分けされ、そこで大物を争う個人戦。

 ただし、仲間に流れ弾が当たらないように単体行動は厳禁。

 当たり前だけど残念だ。

 初回という事で参加者はたったの十人。

 そして、エリアが広いので二人一組で各エリアの『掃除』を行う。

 冬に向けて『獲物』はいくらいてもいい。

 それこそ、獲り尽くすくらいで挑んでもらいたい、との事だ。

 確かにこの人数とあのエリアの広さを思うとそのぐらいの気概でないとダメだろう。

 時間制限は夕方の五時まで。

 理由は陽が落ちるのがそのくらいだからだ。

 陽が落ちてからウロウロするのは誤射の危険も跳ね上がって危険。

 それに、あまり血の匂いを振りまくと夜行性の猛獣が出る可能性もある。


「ああ、それから例のクローベアだが、まだ見つかっていない。家畜の被害報告は止まっているから、おそらくこの辺の森の中にいるんだろう。……鉛玉を二発食らってるはずだから、それなりに弱っているとは思うが……油断は禁物だ。見つけたら速やかに隣のエリアの参加者と合流して、人数を増やして対処してくれ。可能なら俺にも一報入れてくれれば増援を呼んでくる。絶対に二人だけでは対処するな」


 みんな頷く。

 クローベアの中でも大型だからね、五メートルは。

 人間二人分ぐらいだもん、マジモンスター。

 まあ最悪『爪』を使えば……あ、いや、無理かな?

 国境から離れすぎてる。

 じゃあ素直に周りと協力して撃退しよう。

 まあ、遭遇したらの話だけど。


「……ク、クローベアかぁ……」

「『青竜アルセジオス』に毛皮が売れるな」

「お前楽観的すぎない!?」


 そう?

 普通じゃね?


「では今隣にいる奴とコンビを組んで頑張ってくれ。エリアは……」

「「え?」」


 クーロウさんがサラッととんでもない事を言っていったような?

 は? 隣にいる奴とコンビ?

 待って待って、俺の隣にはダージスしかいない。

 マジ?


「お、俺の相棒お前かよ……いや、まだ知ってる奴と一緒の方が安心……」

「…………」

「無視して行くなよぉ〜〜〜!」

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