episode ニータン



 カリカリ、設計図を描く。

 紙はもったいないので、石板と石筆を使う。

 おおよその形が完成したら、それを元に今度こそ紙に描きあげて問題ないかを確認する。

 んー、ラナの言ってた『固定でんわ』はこんな感じかな?


「…………」


 で、そんな俺の作業小屋に一人珍客がいる。

 ニータンだ。

 テーブルの上に描いた設計図を眺めてぽかーんとしている。


「ニータンも描いてみる?」

「え、でも……珍しいんじゃないの」

「ん? 石板と石筆は特に珍しくないよ。まあ、石筆は消耗品だけど、まだ一箱あるし」

「……文字、書ける?」

「ああ、教わった事ないって言ってたね。……みんなにも教えないとな、とは思ってるけど……先に練習する?」

「い、いいの?」

「ダメな理由もないしねぇ」


 そう言ってやり、真新しい石板を持ってくる。

 薄くて強度のあるこの石は『黒竜ブラクジリオス』の特産品の一つ。

 トワ様とロリアナ様の紹介でレグルスと取引の始まった商人の取り扱う品は大変に品質が良く、貴族が使う物と遜色がない。

 その割にはとても安いため、重宝している。

 しかしまあ、王家の紹介だ。

 商人の方としても「なんかヤバそう」って思ってそうだよなー。


「…………」


 はい、と差し出したそれに、ニータンは固まった。

 文字を習った事は、と聞いたら首を横に振られる。

 ふむ、じゃあ最初からか。


「基本的に文字……単語を繋げて文にしていく。全世界共通で、本もこれらの単語を文章にして使用しているから……」

「う、うん」

「主な単語は全部で四十。これだけ覚えておくと、ほとんどの読み書きは困らない。副単語っていうのもあるけど、それは文官とかが使うレベル」

「う、うん……」

「まず五個、真似して書いてごらん」


 石板に五つの単語を書く。

 それをニータンへ渡すと、まじまじと覗き込む。

 それから俺の手元に広げられた設計図と見比べる。


「そっちは……なに?」

「これは設計図。竜石道具の核、竜石核に刻む命令エフェクト

「えふぇくと?」

「そう。まあ、動作の命令系統。竜石道具は道具アイテム命令エフェクトを刻んだ竜石核を取りつける事で作る。エフェクトを道具に移植すると、竜石はその土地のものを使えるようになるんだけど……エフェクトがきちんと道具の方に浸透しないと竜石道具としては使えない」

「……それ、そのエフェクト?」

「そう。これからこれをこれに刻むの」


 取り出したのは小型竜石。

 本当は中型がいいんだけど、ラナの話を聞く限り『携帯でんわ』なるものは持ち運びが出来る超小型の『固定でんわ』みたい。

 なので、一度小型に刻めないか試してみる。

 ……まあけど、問題は道具の素材なんだよね。

 俺、木の加工はそこまで苦手ではないんだけど、この……『本体』と『受話器』のように二つセットっていうのがどうしたらいいのやら。

 竜石道具は基本単体でその役割を果たす。

 二つセットにして使うなんて聞いた事がない。

 なので、小型竜石を二つ使い、連動させる事にした。

 上手くいくかまったく分からないが、失敗しても小型の竜石ならそこまでの損失にはならない。

 あとは道具の形をラナの描いてくれたイラストを基に作ってみるだけ、なのだが……。

 この受話器の形も難しいんだよなぁ。

 持ち手と、声を聞く場所、声を受け取る場所で上下にでっぱりがついている。

 素人に毛の生えた程度の俺には、なかなかの難易度の加工が必要そうなんだ。

 ドライヤーを作った時を思い出す。

 これを……二つ作らなければならない。

『でんわ』は二つあって初めて『遠くにいても会話が出来る』という役割を果たすのだ。

 牧場の『でんわ』から町のお店に置いてある『でんわ』に会話を飛ばす。

 なんともむちゃくちゃだよ……『でんわ』。

 そしてその機能を果たすべく、それにはそれでもう一つ小型竜石にエフェクトを刻む事にした。

『本体』の方に、会話を受信・発信するエフェクトを刻んだものを仕込むのだ。


「……うーん」

「どうしたの?」

「複数の竜石核を上手い具合に調和させ、機能させる事が出来るか不安なんだよね。あ、そうだ」


 ぽん、と手を叩き、ルーシィと遊んでいたファーラに声をかける。

 そして、三つの中型竜石にエフェクトを刻み終わると一つの箱の中に入れた。

 これは実験だ。

 中型竜石を使うのは少しもったいないが、使うのはラナなので安全性は高めておきたい。

 ……しかし、こうして設計図を書き、実際作ろうとしてみるとなるほどだ。

 複数の竜石核を一つの道具で使用するという異様性。

 確かに危険だ。

 ラナが繰り返し「死ぬかもしれない」と言っていたのはこういう事か。


「ファーラ?」

「あれ、ニータンもお兄ちゃんのお手伝い?」

「いや、オレは文字を教えてもらってた。ファーラどうしたの」

「ふふふ……」


 腰に手を当て、ファーラはドヤ顔を浮かべる。

 そう、俺が頼んだのはファーラにしか頼めない事なのだ。

 それを聞いたファーラのこのご機嫌ぶり!

 一応、危ないと言えば危ないので俺も万が一の時は『竜の爪』でこの子を守るけれど……。


「もしかしたら、竜石が暴走するかもしれないからあたしが竜石を停止させる役になるの! 『加護なし』だからできるんだよ! すごくない!?」

「は、はあ? 竜石が暴走!? それをファーラが止めるって……危ないじゃん!」

「もっと危なくなる前に止めるんだよ。あたしにしかできないの!」

「なんで嬉しそうなんだよ!」


 ニータンの怒りはごもっともだったりする。

 しかし、俺には『竜の爪』もあるしおそらく暴発はしないと思う。

 でも、万が一という事もある。

 なにしろ複数の竜石を重ねて使う道具なんて初めて作った。

 俺の知る限り複数の竜石核を用いた竜石道具なんて存在すらしてないはずなので、念には念を。

『加護なし』であるファーラなら、竜石道具を即座に停止させる事が出来る。

 それに、『加護なし』である事にコンプレックスを感じているファーラに、ある意味その才能を生かす術を与える事は彼女のためにも、他の『加護なし』のためにもなるはずだ。

 この実験が成功すれば『でんわ』も完成するしね。

 うん、いい事尽くめ。


「だって! あたしが役に立てるんだよ! 『加護なし』なのに、あたしができる事あるのすごくない!? 『加護なし』が役に立つなんてうれしい!」

「っ!」

「あのね、ニータン。お前がファーラをすごく心配してるのは分かるよ」


 とても分かる。

 でも、この作業はファーラには必要だ。

 普通から少しだけ外れてしまった人間にとって、自分に役割があるのは生きる希望にさえなり得る。

 俺も片目に『竜の爪』を抱えているから、ファーラの存在は結構な安定剤だったりする。

『青竜アルセジオス』から離れてうっかり暴走とかしたらどうしよう、と今ちょっとよく考えたら心配だった。

 でもたとえ暴走しても、竜石の力を無効化するファーラがいればその暴走を止めてもらえる。

『竜石眼』もまた竜石の能力を持つ。

 ファーラの『加護なし』で力を遮る事が出来るはずだ。

 そう考えると……ファーラって俺たちのような『竜の爪』持ちにとても重宝する存在なのでは、と思う。

 小さなうちに『竜の爪』の訓練をすると時々やりすぎてしまうから。

 自分も他人も傷つけてしまう前に、止めてもらえたなら——。


「でも大丈夫。危なくなったらちゃんと俺が守るから」

「……ば、爆発したらどうす……」

「そうならないように刻んだし、そうなっても守る。俺なら守れる」


 言い切ると、ニータンの瞳が揺れる。

 歯を食いしばって俯いて、それでもまだ「でも」と口にした。

 ……ファーラの事が好きなのかな?

 そう勘ぐったりもしたけれど、アルほどはっきりしない態度。

 ニータンは『家族』全員に対してこのように過保護なのだ。

 上の二人の『男』があまりにもやんちゃ坊主なせいだろう。

 この子は『家族』を守れる『男』になろうとしている。

 その心意気には敬意を表するよ。

 ただ、人には向き不向きというものがある、どうしても。

 ニータンは外で駆け回るあの二人よりも圧倒的にインテリ系。

 どちらかというと、知識量を増やした方が知識的、財政的な面で『家族』の助けとなるだろう。

 その事をなんとか理解してもらいたいのだが……。


「ニータン、それなら見てなよ」

「え?」

を見せてあげる。ニータンには真似出来ないだろうけど、参考にはなるかもしれない」

「…………守り方……?」


 口の端を吊り上げる。

 そこに気がつく辺り、ニータンは実に優秀で将来性があるな。

 まあ、さすがに『爪』はギリギリまで出さないけど。


「じゃあいくよ。もしもの時は頼むね、ファーラ」

「うん! まかせて!」


 本当に嬉しそうに頷くファーラ。

 指先を少しだけナイフで切り、血を垂らす。

 木箱に染み込むエフェクトが、複数重なり合ってばちばちと黄色く小さな稲妻を発生させ始めた。

 これは、見た事ない反応……!


「ファーラ! 止めて!」

「う、うん!」


 ファーラが竜石を触ると、光は一瞬で消える。

 恐る恐るファーラが手を退けたあとも、光が発生する事はない。

 まじまじと木箱の中身を覗いてみると思った通り、エフェクトがお互いを邪魔し合って焼き切れている。

 これはダメだな。

 危うく木箱に引火して小火だった。


「お兄ちゃん、もしかして失敗?」

「うん、そうだな。けど、おかげで安全なやり方を思いついた」

「! ほんと? あ、あたし、役に立った?」


 緊張の面持ち。

 けど、俺としてはこの上ない成果を得られたんだ。

 役に立ったかだって?


「すごく助かったよ。ありがとうファーラ。ファーラがいなければ気づけなかった」

「……っ!」


 頭を撫でて褒めてやれば、瞳をキラキラ輝かせる。

 竜石道具が使えないのなら、それを逆に利用すればいいのだ。

 ファーラのその体質は確かにこの世界の実情を思えばとても生きづらい。

 けど、ラナの緑色の髪と目が『青竜アルセジオス』での普通だとしても、『緑竜セルジジオス』では吉色となるのと同じように……ファーラにはファーラの適所がある。

 それを、教えてやればいいのだ。


「それにファーラは最近パンも作れるようになってきたんだろう?」

「う、うん! お外の石窯ならあたしも使えるから……小麦パンの作り方をエラーナお姉ちゃんに聞いて作ってる……。まだ、あんまり上手く作れないけど」

「そっか。じゃあ上手に作れたら俺にも食べさせてよね」

「うん!」

「じゃあ、お仕事手伝ってくれたお駄賃」

「え?」


 一応なかなかに危ない仕事を任せたので銀貨一枚を手渡した。

 それに驚いた顔をするファーラ。

 俺を見上げていかにも困惑していた。


「仕事を手伝ってくれたら報酬を払うのは当然だろ? 家畜のお世話や畑仕事は、生活の上で仕方ないけどさ。これは違う。これからお金になるかどうか、分からない開発物だ。それなりに危ない目にも遭わせたしね」

「……あ、あっ……」


 言葉を発しようとして、しかし涙の方が先に出てしまったらしい。

 袖でそれを拭いながら「あ、ありがとう」と消えそうな声で告げてきた。

 頭を撫でる。

 ニータンは……目を見開いて凝視していた。

 そのあと、テーブルの上に放置された石板に手を伸ばす。


「……オレは、どんな事ができる……?」

「手伝ってくれんの?」

「……うん」

「じゃあまず文字の読み書きを覚えな。俺もラナも経理の仕事はあまり得意じゃないから、ニータンがやってくれると レグルスに足元見られなくて済む」

「! ……うん! 分かった!」


 方向性は分かってくれたみたいだな。

 さて、俺も改めて設計図を描き直すか。

 今のでヒントは得られた。

 もう少しだけ、待っててね……ラナ。

 ああ、けど、君は俺に「早く作れ」と言った事はなかったんだっけ。

 徹夜すると怒るんだもん。


「さぁて、がんばりますか」


 それが逆にやる気になる。

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