side 女子会

 


「…………実は夫婦といっても仮の夫婦みたいな感じなのです」

「「エッ!」」


 ガタ、と二人が立ち上がりかける。

 エラーナは眉を寄せたまま、「実はそうなんですよ」と頷く。

 立ち上がりかけた二人……ロザリー姫とレグルスは顔を見合わせて、そして浮いたお尻を椅子に戻す。


 あんなに仲睦まじいのに……!?


 と、かなり驚いた様子でロザリー姫は唇を指先で覆っている。

 今日は昨日の晩餐会のお礼に、とロザリー姫よりエラーナとレグルスは彼女の自室に招待されていた。

 もちろんお礼……それだけの意味ではない。

 人払いし、商売の話……王都に『小麦パン屋』の出店の話をするつもりで。

 お茶とお菓子を楽しみながら、オシャレの話や流行り物の話もした。

 これは、そう、いわゆる女子会。

 誰がなんと言おうと、女子会である。

 そんな女子会、話題がひと段落して出てきたのはエラーナとユーフランの恋物語。

 ロザリー姫とレグルスは、エラーナがアレファルドの元婚約者と知った時から「それはきっとものすごい大恋愛の末、『緑竜セルジジオス』に追放されるに至り、それでも二人はお互いを支え合いながらここまできたのだろう!」……と、妄想を膨らませ、話を振ってみた結果の返事が冒頭である。

 驚きすぎて一瞬立ち上がりそうになってしまった。


「じゃあどうしてそんな話になるのヨ? それって婚約破棄した事と関係あるのォ?」

「えー、話せば長く……いや、あまり長くはないかしら? ……聞いても気分良い話ではありませんよ?」

「構いませんわ。あの王太子殿下の昨日のご様子を思えば、そんな事分かりますもの」


 スパーンと答えたロザリー姫に、エラーナとレグルスは半笑い。

 まあ、そうですよね。


「……一緒にいた、あのご令嬢……リファナ様を、アレファルド様がお見初めになられたんです。だから、わたくしは……卒業パーティーの日に婚約破棄を言い渡されたのです」


 令嬢モードでやんわりと説明するエラーナ。

 だが、その時の事を思い出すとエラーナの中にはモヤモヤとしたものが広がっていく。

 それは別にアレファルドへ恋慕が残っているからではない。

 淑女に暴力を振るっておきながら、未だに謝罪もなければ反省した様子もない。

 昨夜の様子を思い出して、アレファルドの性根がまったく変わっていないと悟ったからだ。

 リファナはいい。

 あれはヒロインとして頭の中がお花畑なのだ。

 ある意味『人間らしさ』を求めるのが馬鹿馬鹿しい。

 だが、エラーナの記憶の中のアレファルドは良くも悪くも『人間らしい』人だった。

 リファナを選んだのも、物語の『運命』だけでなく彼が人らしいからだろうと今なら思う。

 だが、だからこそ「謝れよ」と思うのは自然な感情では?


「それで、そのまま国外追放になり」

「エ? イヤイヤ、待っテ待っテ。だからどーしてそうなるのヨォ? 悪い事もしてないのにそんな事にならないでしょォ?」

「そうね、普通は……そうでしょうね。けど、アレファルド様はわたくしの言葉なんて信じてくださらないのよ。リファナ様に嫌がらせや意地悪をしたって言っていたわ。そんな事、わたくしはしてないのに。あの場でそれを信じてくれたのはユーフランだけでしたの」

「まあ……」


 そう、ユーフランだけがあの場でエラーナの事を信じて手を差し伸べてくれた。

 アレファルドの『友人』という立場ならば、本来とてもそんな真似は出来ないだろうに。


「…………」


 思えば彼もそれを好機と思ったのかもしれない。

 どこまで知っていたのかは分からないし、その辺りの事を多く語らないユーフランは……しかし端々の言動に転がる彼の経緯を思うと余程の扱いを受けていたと思われた。

 彼自身も強く『青竜アルセジオス』に戻る事を拒んでいるのを考えれば、それは裏づけられたも同然。

 それがまた、エラーナの中のもやもやを膨らませていく。


「ですが、それでは完全な濡れ衣ではありませんの。検証もなく国外追放に? そんな……横暴が過ぎますわ」

「けれど清々しましたわ! ふふふ、昨夜のアレファルド様のお顔ときたら……RECしてやりたいくらいでしたものっ」

「「レ……?」」

「ん、ゲフッン……なんでもございませんわ」


 かなりわざとらしく咳き込んで、紅茶を一口。

 そして上品な仕草でソーサーにカップを戻す。

 自然かつ、それが当たり前であるかのような仕草は、彼女が淑女として育てられてきたなによりもの証しだろう。

 この国では吉兆とされる緑の髪と瞳。

 もしも『緑竜セルジジオス』に彼女に歳の近い王子がいたならば、これ幸いと彼女に求婚した事だろう。

 それほどまでに彼女の容姿は『緑竜セルジジオス』にとって優れたものであり、『青竜アルセジオス』の公爵家令嬢という立場も、国交の観点から見ても魅力的。

 ロザリー姫がもしも、男児だったなら……。

 そう考えて、首を横に振るう。

 あまりにも非現実的な妄想だ。


「なるほどネェ。つまり、昨日アレファルド殿下と一緒にいたご令嬢に嫌がらせをした……って事になったから、即刻国外追放なーんて事になったノ〜」

「ええ、リファナ様は『聖なる輝き』を持つ者……守護竜様の愛し子なのです。それだけの理由があれば即刻国外追放やむなしというわけですわね」

「ですが、調べもしないなんて……」

「ホントよネェ〜。エラーナちゃんのお父様って公爵様なんでショ〜?」

「そうだけど……でも本当にいいんです。……おかげで今の生活が出来てるんですから。令嬢として生きているよりよほど気楽ですわよ」


 ふふん、と心底そう思うエラーナの姿に、ロザリー姫とレグルスは顔を見合わせて……それから笑った。

 本人がそう言うのなら、周りはとやかく言えない。

 なにより、その恩恵を受けているのだ。

 それに、二人が気になっているのは『夫婦』の話。


「デ? それがなーんでユーフランちゃんと夫婦って事になったのヨ?」

「ああ、それは……それこそわたくしの父のご機嫌取りのためよ。国の宰相が娘の罪状の真偽も曖昧なまま国外追放されたので、国王陛下がわたくしの身柄の安全を一時的にでも担保したかったのでしょう。そのくらいはわたくしにも分かったわ」


 前世の記憶が戻り、混乱する中でもまだ『公爵令嬢』の部分が冷静にその意味を導き出した。

 そして、同時にまだ彼を信じ切れていなかった部分が『アレファルドの友人』である彼を『見張り役』ではないか、とも勘繰る。

 この国に来て、ドゥルトーニル家にお世話になる事が決まった日に話をして『御都合主義を可能にする因子ファクター』であると半ば確信した。

 それでも、やはりまだどこかで『見張り役なのでは……』と信じきれずに、あれを使ってこれを作ってと無茶振りやわがままを言ったりして、試す真似をしてみたのだが……。

 だがそれはどうやら勘違いのようだった。

 彼はそんなものではない。

 なぜ、そんな彼が自分といてくれる事を選ぶのか。

 それだけは未だに分からない。


「あらァ、ソウ〜。……でも、仲は良いんでショ?」

「そ、そうねぇ……わたくしは、良いと思っているわ」

「あら、周りから見ても仲良しに見えますわよ」

「そ、そうですか? …………」


 恥ずかしいような。

 そんなそわそわと浮き足立つかのような。

 そんな不可思議な気持ち。

 この気持ちは以前にもあった。

 王都に来る前、もう一つの隣国である『黒竜ブラクジリオス』のトワイライト殿下が国境付近の崖崩れに巻き込まれてユーフランが保護してきた時。

 あの時迎えに現れた女騎士が、ユーフランを気に入ったらしく、ずっとちらちらと意味ありげに見つめていたのだ。

 あの時のそわそわとした気持ちに、とても似ている。

 けれど決定的に違う。


(フランは私の側を、選んでくれた)


 昨夜、因縁の相手とも言うべきアレファルドと再会した。

 エラーナの知る物語にはないシーン。

 シーンと呼んでいいのか分からないが、少なくともエラーナの思い出した記憶の中にはない。

 web版も網羅しているのだ、見落としはないはず。

 書店特典もわざわざあんな修羅場のようなシーンをSSにするとは考えづらいので、それはないだろう。

 つまり、あれは……ユーフランという『因子ファクター』を取り戻そうと起きた出来事イベント……だと、エラーナは見ている。

 表立ってではないが、やはりユーフランは物語にとって重要人物なのだ。

 それを確信した。


(フランがあのままアレファルドについていったら……私はきっと小説のストーリー通り破滅していただろうな)


 けれど、彼には自由に生きる権利がある。

 エラーナが破滅の未来を回避するのにはユーフランの協力が不可欠だろう。

 彼にはこの世界を……ある意味作者の代行者として自由にする能力がある。

 本人がその事にまるで気づいていないのも、彼が因子ファクターだからなのかもしれない。

 それを自覚すれば、それは神に等しい力があると知る事と同義。

 彼はとても優しい人だから、きっとそんな事は望まない。

 そんなとんでもない“モブキャラ”に、なぜか側にいてもらえるという幸運。

 小説内でエラーナが退場する時、確かに近くにいた貴族令息に連れて行かれた——……と記載はあったけれど……。


(明確な記載があったら、きっとフランじゃなかった。だから、そこは作者に感謝してあげる)


 作者の代行者。

 さっき自分でそう比喩した。

 なら彼は作者の代行者として自分を助けに来てくれた?

 いや、そんなはずはない。

 これだけは確信を持って言える。

 彼は——モブキャラだ。

 モブキャラ……本来は『その他群衆』を意味する、複数人を指し示す言葉。

 彼はその『その他群衆』の一人に過ぎない。

 そうでなければ……。


(あんなイケメンキャラ、イケメン好きの作者が出さないはずない! もっと言うとあんなチートキャラ、モブで収まるわけがない!)


 それは確信を持って言い切れる。

 なにしろ小説の内容が逆ハーレムなのだ。

 ユーフランは美形だし、アレファルドより幾分背も高かった。

 チート能力持ちである事も含めて、そんな逆ハーレムに加えたくなるキャラを逃す手はあるまい。

 なにより、アレファルド、スターレット、ニックス、カーズ……あの四人のどれとも属性が被らない『チャラ男』!

 拳を握り締めて断言出来る。

 あんなの間違いなく逆ハーレムに取り込まれるに、決まっているのだ!

 だからやはり彼は『モブキャラ』。

 この世界でひっそりと『その他群衆』をしていた。

 しかし作者の御都合主義を成立させる為に、ある程度アレファルドたちに近い場所にいたのだろう。

 それはまるで——社畜時代の『私』。

 決して目立たず、手柄だけ取り上げられる……『モブ』。


「竜石道具作りはその辺の竜石職人じゃ太刀打ち出来ないシ……向こうもエラーナちゃんの事絶対嫌いじゃないモノ。このまんまモノにしちゃったらイイんじゃナ〜イ?」

「は、は?」

「んもぅ、レグルスったら言い方がはしたないわ。エラーナは料理が上手いのですから胃袋ごと掴まえておけば良いのですわ!」

「ロ、ロザリー様……その言い方もちょっと……」


 見兼ねた侍女が口を挟む。

 どこで覚えてきたのだ、そんな言葉。

 乾いた笑いを浮かべながら、二人の熱のこもった表情に目を逸らす。

 そんな事——。


「でも、もしもフランが、他に好きな人を作ったら……」

「ナイわネ」

「え、ちょっとなんで断言出来るの? そんなの分からないじゃない。だってこの国にも素敵な女性はたくさんいると思うし」

「ナイわヨ。というか、どうしてエラーナちゃんはそこんとこ自信ないのヨ? アー、と、いうか〜、エラーナちゃんはユーフランちゃんとどうなりたいと思ってるノ?」

「え、ど、どうなり……?」

「それが一番重要ヨォ。恋愛の先に結婚はあるものだと思うわヨ? でも、アナタたちはそこすっ飛ばして結婚しちゃっタ。ケド、アナタたちは仲もいいし、嫌いというわけでもなイ。違うかしラ?」

「……え、ええ、まあ……」


 嫌いではない。

 ユーフランはエラーナの側にいる事を、アレファルドの下に戻る機会を拒んでまで選んでくれた。

 昨夜の話し合い、エラーナは距離があったため聞き取れなかったけれど……。

 結果としてユーフランはエラーナの隣を選んだ。

 それは、心からの安堵感を与えてくれた。

 彼が側にいてくれれば、きっと自分は破滅しない。

 大丈夫、と。

 でもそれは——自分の事しか考えていないと同じ事。

 それを自覚したら申し訳なくて堪らない。

 だからもし、ユーフランに好きな人が出来たなら、自分は潔く身を引こうとエラーナは決めた。

 だから「好きな人が出来たら仮初めの結婚は終わらせる」とユーフランにも伝えたのだ。

 彼はなぜかとても不安そうにしていた。

 ユーフランも一人で生きて行くのは不安なのだろうか。

 この国に来た時は、あんなに「なんとかなるんじゃなーい」と軽く言っていたのに。

 ……しかし、レグルスが言い出した事は、それとは逆。

 エラーナは考えた事もなかった。


「だったら、そのまま『本当』の夫婦になっちゃったラ? ユーフランちゃんとその辺り、一度話し合うとイイわヨ」

「でしたら! すぐにユーフランを呼びましょう! わたくしもお口添えしますわ!」

「エェッ!?」

「ア、アラァ、ダメよロザリー様ったらァ。こーゆーのは当事者が二人きりでじっくり話し合う必要があるのヨ。それは野暮ってヤツよゥ」

「えー……そうなんですかー?」

「突然年相応のフリしてもダーメ」

「ちぇー、です〜」

「…………」


 すっかり心を許してくれたのか、ロザリー姫は年相応の言動が増えた。

 それが嬉しくもあり、やはり浮き足立つ感覚を覚える。


(フランと……本当の夫婦になる……かぁ……)


 それは物語からもかなり外れる。

 そう思った時、やはり自分は自分の心配ばかりしている、と思い知った。

 目を伏せる。

 こんな自己中心的な女を、ユーフランは選んでくれるのだろうか?


(……なんだかんだ、やっぱり私は『悪役令嬢』エラーナ・ルースフェット・フォーサイスなんだろうな……自分の事しか、考えてない……。ああ、最低……)


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