第三部

嵐のあとで【前編】



『青竜アルセジオス』から追放されて半年。

 八月が半ばに差しかかった、とある日……ついにその日が来た。


「ラナ! 畜舎は全部終わった! 家の中は!?」

「こっちも大丈夫! あぁ、でも果樹園がぁ〜っ」

「ある程度は収穫したからそれで我慢して!」


 そう、『竜の遠吠え』が来たのだ。

 大体は『青竜アルセジオス』を横断、通過していくのだが、その影響は隣国にも現れる。

 強い雨、凄まじい風、雷、轟音……。

 地面はすでにぐしょぐしょのぐっちゃぐっちゃ。

 水を吸った土に足を取られて転びかけたラナを引っ張り、家の中に連れて帰る。

 全く、大人しく家の中で待っててくれればいいのに……果樹園が心配だなどとついてきてくれちゃって。


「ふう」

「…………」

「? どうしたの?」

「! ど、どうもしない!」


 思い切り顔を逸らされて、いそいそと皮のローブを脱ぐラナ。

 それをハンガーにかけて壁に干し、泥で汚れたブーツを取り替える。

 どうも、最近……王都から帰ってきてから、特に……様子が変……なん、だよ、なぁ?

 具合が悪い感じではないが、よく顔が赤くなるしあたふたしてるし、俺が近づくとあからさまに離れていくし、突然高笑いするし、目が合わないし、合うと分かりやすく逸らされるし、動きまでやかましくなってるし……。

 本当に、一体どうしたんだ?


「とりあえず、明日一日は動けないな」

「そ、そーねー」

「…………。じゃあ、ちょうどいいね?」

「え? な、にが?」

「最近なんなの?」


 にっこりと笑ってみせる。

 スゥ、とラナの顔色が青くなった。

 うんうん、自覚があるようでなにより。


「え、えーと〜……」

「……もしかして、言語化出来ない例の問題?」

「…………」


 ……の、ようですね。

 んー、言語化出来ない問題は俺の方にもあるので、これは一度落ち着いてしっかり解決の糸口を探し出すべきかもしれない。

 言語化が難しい。

 ならば、他の手段でなんとかする。

 ではなにをしたら、このもやもやとした胸の内を表す事が出来るのだろう?


「んー、それじゃあ……手紙にしてみようか?」

「へ? え? い、いきなりなんの話……」

「言語化出来ないんだったら、他の方法で伝えてみよう、って話。俺もラナに対して、普段言語化出来ないものがあるから……この際手紙にしてお互いに送りあってみたらどうかなって?」


 ……ラナが俺に対してどういう想いを抱いてもやもやしているのか分からないが、直接言葉で、声で、振られるよりは手紙の方がマシ。

 だって手紙なら処分出来る。

 大丈夫、傷は浅くて済む、多分。


「……手紙、かぁ……そ、そうね……なんかこう、書いてたらまとまるかもしれないしね」

「じゃあ、お互い書き終わったら交換で渡すって感じで」

「そうね、そうしましょうか! そうと決まれば早速書いてみる!」

「うん」


 どうせ『竜の遠吠え』が来てる間は身動き取れないし。

 と、いうわけで食事の時間以外、お互いの部屋にこもって手紙を書く事になった。

 俺もラナに普段言えない事を、手紙に書く。

 まあ、その……いわゆるラブレター的な、ね?

 しかし、手紙に書いてみるとまあ……。


「いやこれ死ぬでしょ」


 渡したら死ぬ。

 全俺が死ぬ。

 なにこの恥ずかしいポエムみたいな内容。

 燃やす。


 ボッ!


 …………とりあえず一枚目は人に見せられる内容ではない。

 は?

 見たい?

 残念もう燃やしちゃいましたー。


「…………難しい……」


 ラナの方が早く終わりそうなんじゃないの、これ。




 ***




 などと悩んでいたらあっという間に『竜の遠吠え』は通り過ぎていった。

 しかしながら、俺とラナはどちらもその手紙が出来ていない。

 意外とラナも苦戦しているそう。

 言語化が難しい事は、文字化するのも難しいらしい。

 とはいえ、しばらくは『竜の遠吠え』の爪痕始末に追われそう。

 色んなものが吹っ飛んできて、畑も荒れ放題。

 畜舎を塞いでいた板を取り外す。

 うん、中の子たちは無事。


「ひん」

「よお、ルーシィ。毎年の事ながらよく耐えたな。それとも怖かったか?」

「ンヒヒゥ」

「ああ、そうかい。ならよかったよ」


 文句言われてしまった。

 侮るな、ってニュアンスかな?

 まあ、遠縁に竜馬がいるお前の果敢さは知ってる。

 お前は大丈夫だろうと思っていたよ。


「牛たちも大丈夫そうだな。ほら、水とご飯だよ」

「んめえええぇ!」

「……はいはい、お前もな、ジンギス」


 ごすっ。ごすっ。

 腰をツノでド突かれる。

 この羊は俺になんか因縁でもあるのだろうか?

 明らかに「一日も放っておくとかどういうつもり!」って言ってる感じが。


「おぉーい」


 牧場の入り口、アーチの方から人の声がする。

 振り返ると、クーロウさんところの若い人たちだ。

 出迎えて話を聞くに、クーロウさんが例の竜石職人学校と学生宿舎を作ってる人たちに命じて、俺たちの様子を見にきてくれたんだって。

 ……俺の事は気に食わないんだろうけど、なんだかんだ優しい人だな。


「ありがとうございます。んー、ぱっと見大丈夫そうなんですけど……」

「素人目じゃ分からねーかもしれないな。見てきてやるよ」

「お願いします」


 ムッキムッキの腕を持ち上げて、笑いながら牧場の建物を見て回ってくれる。

 そのうちの一人が白い歯を見せながら「そういえば、お前たちが『黒竜ブラクジリオス』に交渉してくれたおかげで、鉄加工製品が手に入りやすくなったんだ。ありがとうな」とお礼を言ってきた。

 その辺りはラナとレグルスの手腕なので、とお礼を言う相手を正してやるとなぜか背中をバシバシ叩かれる。

 痛い。

 このマッチョ自分の筋肉を分かってないだろ絶対。


「そうだ、職人学校の開校は十月になりそうだって聞いたか?」

「へえ、そうなんですか」


 興味なさすぎて聞いたような気もするけど忘れたな。

 多分今聞いた内容も忘れるわ。

 どうでもいいし。


「『エンジュの町』と『エクシの町』、他にもいくつかの村から希望者を募って、今百人近く集まってるそうだぞ」

「うわぁ……」


 想像していた以上に地獄規模。

 それ、先生役の竜石職人五人で足りるのか?

 カリキュラムとか、諸々誰が考えているんだろう?

 グライスさん?

 いやぁ、あのコミュ障気味な人がやれるとは思えない。


「だが、一つ問題があってな」

「棟梁!」

「あれ、クーロウさん」


 若い人の言葉を遮ったのはクーロウさんだ。

 来たんだ?

 てっきり来ないと……って、ん?


「問題?」

「食糧の問題だ。備蓄が微妙でな。……ここの畑、最近収穫したものが余ってるとか言ってなかったか?」

「あー……二人だけだから、食べきれなくはなってるね」


 残飯とは言わないけど、悪くなってしまうと肥料生産機にポーイ、と入れてる。

 でも、その肥料生産機のおかげでそれなりに質のいい野菜が出来、更にその野菜をまた肥料にしてしまうので最近畑を縮小しても三倍ほどの量が収穫出来るようになってしまった。

 レグルスに言わせると質も相当いいらしい。

 なので、別な意味で困ってた。

 それを説明すると「アホかぁ! もったいねぇ!」と怒鳴られる。

 そんな事を言われましても。


「ああ! んなら、学校の方に回せ回せ! そこの生徒になるやつらにテメェらの飯くれぇテメェらで収穫させるようにしやがりゃいい!」

「あー……」

「気の抜けた返事してんじゃあねぇ! ……とりあえずその肥料生産機とやらは学校の畑の方にも置くようにすりゃあ、食い物に困らなくはなるだろう。こっから『エクシの町』まで三十分ばかしなんだから、市場で売りゃいいっつーのに」

「その三十分で冷凍庫の竜石核を一つ彫れるんだけど」

「チッ、これだから……」


 なにがこれだからなのか。

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