『家』に帰る



 翌日は人生初の大型竜石にエフェクトを刻む。

 中型竜石に刻むエフェクトを道具の大きさに合わせて展開するようにする。

 レグルスが用意したのはかなりの大きさだが、それは城の厨房からの発注。

 当然道具も特注品なので、設計図の大きさだけでエフェクトを刻まなければならない。

 しかも、二つも!

 冷蔵庫と冷凍庫、両方大型だから計四つ!

 正直こんな大きさ……本当マジに一ヶ月間稼働の様子見がっつりやって欲しいんですけど。

 そう愚痴るとレグルスも「ちゃんと言っておいたワヨ〜」と不満そうな声を出す。

 本当かなぁ。

 で、ラナがロザリー姫に城の厨房にもコンロを作って、というので作った。

 こちらも道具の方はまだなので、それが完成したら稼働開始になる。

 城のあのだだっ広い厨房で使うんだから、こちらも大型竜石を使用。

 はーあ、丸一日費やしたけど終わらない。

 大型竜石、エフェクト刻みにくーい。


「前々から不思議だったんだが……」

「ん? なに?」


 腕を組んで俺の作業を眺めていたカールレート兄さんが、首を傾げて覗き込んでくる。

 顔が近い、顔が近い。


「せっかく竜石にエフェクトを刻むのに、道具アイテムに血で浸透させると消えてしまうのはなんでなんだろうな?」

「俺が知るわけないでしょ」

「冷たいな~。いいだろうちょっとくらい」

「……はあ……」


 ……ここで竜石道具の製作について改めて詳しく説明しとくぅ?

 ただし俺が知ってる範囲……竜石道具の作り方【初心者向け】の本に載ってた範囲だよ?

 ああ、それでいいなら説明しよう。

 竜石道具は基本的に二つの物で成り立つ。

 竜石と、器となる道具だ。

 作り方は竜石に竜筆というペン的な物で命令エフェクトを刻む。

 ちなみに下書き可能。

 竜石にエフェクトを刻む専門家、竜石職人はその刻むプロね。

 エフェクトを刻んだ竜石は『竜石核』となる。

 その『竜石核』を、道具の上、または設置場所にくっつけて血を垂らす。

 血は供物。

 そして、供物を得た『竜石核』は刻まれたエフェクトを道具へと浸透させる。

 その時、道具に無数の光が走り抜け、道具全体を覆うのだが……それが意外と綺麗だったり。

 ああ、まあ、これは俺個人の感想だけど。

 で、エフェクトが道具に移った竜石は、ただの竜石に戻る。

 国内でそのまま使うのなら竜石を換える必要はない。

 分かりやすい例で言えば持ち運び可能な携帯ランプ。

 俺とラナがこの国に来た時、『青竜アルセジオス』の青い竜石から『緑竜セルジジオス』の緑の竜石につけ替えた事があっただろう?

 まあ、そんな感じ。


「なるほどな~。つまり、守護竜様の奇跡って事だな!」

「うんもうそれでいいよ」


 面倒くさいから。

 と、そんな話をして今日の作業は終わらせた。

 集中しないといけないのに、話しかけて邪魔してくるカールレート兄さんが悪いと思いまーす。




「うっふふふふふふ」

「…………」


 で、本日の作業を終えた俺が、カールレート兄さんと町の宿まで戻るべく馬車の準備をしていると、ロザリー姫が現れた。

 そして、なんとも言えない笑い方をして俺を見て、そして去っていった。


「…………なに今の……」

「な、なんだろうな? ちょっと不気味だったな……?」


 カールレート兄さんも今のはさすがに謎だったらしい。

 その直後、入れ替わりでレグルスとラナが階段から降りてきた。

 裏口待機の馬車の前にいた俺から見える、その裏口の左右にある階段。

 厨房に一番近いというその階段から、昨日の平民装いのラナがげんなりした顔で降りてきた。


「お帰り。今ロザリー姫来たけど?」

「え? なにか言ってた?」

「変な笑いを浮かべて消えた」

「な、なによそれ。……もう、本当全然分かんない……」

「なに話してたの?」

「え? ……んー、フランは優秀だねって話してただけよ?」

「? 俺は別に人より器用なだけだけど」

「もーまたそれー。本職の人の前で言っちゃダメだからねって言ってるでしょ」

「俺たち以外いないだろ」

「どこで誰が聞いてるか分からないでしょ!」

「うっ」


 それは、まあ、確かに。

 とかやってると、カールレート兄さんとレグルスがクスクスと笑い始める。

 あーはいはい、どーせ尻に敷かれてますよ。


「なんにせよ、明日で完成しそうなんでショ?」

「ああ。でも稼働の様子見はちゃんと一ヶ月するように言ってくれよー?」

「分かってるわよォ。アタシだって後々イチャモンつけられるのヤーだものォ〜」

「って事は帰るのは明後日かしら?」

「アラァ、エラーナちゃん、観光していかなくていいのォ?」

「んー、今回はいいわ。疲れちゃったし……早くお店の準備に戻りたいもの。あんまり長期間空けちゃうのも心配」

「そうだなー」


 それは確かに。

 治安云々以前に、なかなか見つけられない位置にアーチがあるからな〜。

 逆を言えば、それだけ人気がない。

 盗みに入られても気づかれにくいって事。

 そういう意味で早く帰りたい気持ちはよく分かる。


「レグルスは、しばらく王都にいるのか?」


 と、カールレート兄さんがレグルスを向く。

 しかしレグルスは首を横に振った。


「実は『赤竜ヘルディオス』に行く予定なのヨ。ユーフランちゃんに冷蔵庫と冷凍庫の竜石核を二つ頼んだでしょウ? 一つは『赤竜ヘルディオス』に持っていく予定なのヨ」

「え、お前私情でしれっと俺の仕事増やしてたの?」

「ウッフフゥ! ゴッメンナサーイ?」


 貴様。


「でも、早く届けてあげたかったのヨ。許してェ?」

「…………」


 はあ、仕方のない。

 あの国は今の時期が一番暑いからな。

 ゴリマッチョの見た目小綺麗なおっさんが可愛くおねだりしたからではないので、そこは絶対に間違えないように。


「それにそれはそれでお金はちゃんと支払うわよォ? 金貨五十枚用意したワ!」

「ううっそ! 高すぎだろ!?」

「アラァ、大型だものォ。それに、材料費込みヨ」

「…………」


 それだとなんかこっちが損してない?

 大型竜石は『緑竜セルジジオス』からの支給。

 器となる道具はレグルスが城の依頼で探して持ってきたんだろう?

 実質城の奢り。

 そ、それなのに材料費込みとはどういう事……。

 まあ、それでも金貨五十枚は大金だからからいいか。

 ……俺の金銭感覚もおかしくなってない?

 大丈夫?


「もー、レグルス!」

「残りはこの大型冷蔵庫と大型冷凍庫を『赤竜三島ヘルディオス』に売り捌いてきてから払うワヨ」

「「…………」」


 そ、そういう……。

 しかし一体いくらで売りつけるつもりなのか。

 怖いので聞かないでおこう。

 なにしろ、絶対運賃込み込みでぼったくるぞ、このオカマ。


「『赤竜三島ヘルディオス』って、ここから行けるの?」

「エェ、王都から東へ行くと港町があるのヨ。そこから三日くらい船ネ。まぁ、港町へ行くまで二日くらいかかるかラ……海の天気も分からないし、具体的にどのくらいかって言われると困っちゃうわネェ」

「船……」

「船も竜石で動くんだよ」

「え、ええぇ!」


 やっぱりラナは知らなかったのか。

 初めての外国がこの国って言ってたのは本当だろうし、船にも乗った事ないんだろうなー、と思ってたけど。

 まあ、陸続きの胴体陸はともかく頭三島は船じゃないと行けないよ。


「……乗ってみたい?」

「え! ……あ、えーと、まあ、そうねぇ……船は……ちょっと興味あるかも」

「アラァ、じゃあ一緒に行くゥ?」

「い、行けないわよ。お店の準備もあるし!」

「そうねェ……小麦パン屋も九月までに準備を整えないといけないしネェ。アタシも早めに帰ってくるようにするワ。それまではカールレートサマ、お願いネェ?」

「ああ! もちろん! ……建設中の竜石職人学校と宿舎の方も弟が担当しているから問題はない。久しぶりの故郷だろう? 少しくらいゆっくりしてきていいんだぞ!」


 ……あ、やっぱりカールレート兄さんもレグルスの出身地は知ってたのか。

 まあ、知らないはずもないか。

 そしてこの二人、動きがやっぱりウザい。


「ウフフ、ア・リ・ガ・ト! でも大丈夫ヨ。仕事をほっぽり出したママじゃ気が気じゃないもノ。すぐ帰ってくるワ。それに、まだ出かけないわヨォ。明後日!」

「あ、そっか」

「明後日なんてすぐだろう」

「そうよそうよ。お土産話楽しみにしてるわね」

「エェ、多分つまんない話しかないと思うケド」

「…………」


 そんな話をして、レグルスは王都の自分の店の支店へ向かう。

 色々と準備があるだろうし、老舗の商会とのアレソレもあるらしい。

 ドゥルトーニルの屋敷に戻ってから、ラナの部屋を訪ね、少しだけ話をしてから思う。


「徹夜だな〜」


 と。




 そして、あっという間に二日が過ぎた。

 アレファルドとリファナ嬢は城の客間に滞在中。

 あと一週間は滞在するおつもりとの事。

 トワ様なんか昨日帰ったのにね。

 まあ、あいつらの事はどうでもいいとして……。


「はぁ〜、完成したわね〜」

「ラナの方は?」

「もちろん、バッチリ小麦パンのレシピを仕込んできたわ! 王都でも小麦パン屋を出店する流れはバッチリよ!」


 という感じ。

 王都の小麦パン屋出店の話は、ロザリー姫が進めるそうだ。

 ここ三日、ラナがロザリー姫、レグルスと一緒にいたのはそういう事。

 どうやら三日で話はまとまってきたらしいからすごい。

 本当に十二歳か、あの王女。

 しっかりしてるよなー。


「ジャ、アタシはここから港の方に行くから一旦お別れネ。次に会うのは来月かしラ?」

「そりゃそうでしょ、もう七月終わっちゃうもの。っていうか、私たちが牧場に戻る頃には月を跨いでるわ……。あーあ、結局お店の名前決められなかった……」

「チョ、チョットォ、それは急ぎめ……巻きで考えてヨォ? マジでもう時間ないわヨォ?」

「わ、分かってます〜!」


 確かに九月開店、間もなく八月……ラ、ラナ……ガチで時間ないよ……!

 いくら俺たちがこっちにいる間レグルスの部下の人が開店準備を進めてるからって……店名が決まってないんじゃ看板とかチラシとか作れなくって大変じゃん。


「さてと、じゃあレグルスには俺たちから餞別」

「ン?」


 ゴリゴリ変な音を立てながら荷馬車が引かれてくる。

 兄さんに頼んで用意してもらった道具に、同じく特別に用意してもらった大型竜石核を宛てがい……ナイフで手の甲を軽く傷つけ血を垂らす。

 キン、と強い音。

 血が金具になり、光の線が道具を覆う。

 完成、と。


「……な、なんなのこの大きな道具……!」

「ふっふっふっ……その名もクーラー!」

「ク、クーラー?」


 出た、ラナ語。

 正確にはラナの前世用語!


「色々考えたんだけど、今から削岩機ってどう考えても無理だったの。冷風機は水を使うから、水不足の『赤竜ヘルディオス』には向いてないかなって思って……ダメ元でクーラーはどうかなってフランに相談したのよ。まあ、相談してきたのフランなんだけどね」

「相談っていうか……なんか前そういう話してたじゃん? 帰るんならどれか持ってった方が手間がかからなくていいと思って……まあ、作った」

「つ、作ったっテ……いつの間にィ?」

「徹夜?」

「て、徹夜!? そ、それにこの竜石、大型じゃなイ!」

「それは俺が用意した。フランなら間違いなくすごいの作ると思ってたからな! まあ、誕生日祝いだと思って受け取れよ」

「ヒュー、カールレート兄さんカッコイーイ」

「ふふふ、だろうだろう? もっと褒めてもいいんだぞっ!」


 ウザ。

 褒めると調子に乗る人だった。


「ただやっぱりちょっと大きくなっちゃったのよねー」

「……クーラー、って言ったわよネ? ど、どういうものなノ?」


 荷馬車の上に積まれた四角い大きな箱。

 前面に養蜂箱のような隙間があり、そこから冷たい風が出る仕組みだ。

 ラナの話を聞きながら作ったが、本当はもう少し細長いらしい。

 これ完全に二メートル×二メートルな四角形。

 多分普通にでかい。

 木で作ったから、鉄で作るよりは軽いと思うけど……軽いよな?

 比較対象がないから分からないけど。

 鉄ならもう少し薄く出来たか?

 んー、まあ、今更作り変えられないしね。

 まあいっか!


「まあ、要するにここでスイッチを入れる。すると風が出るの。で、ここの温度調節のつまみを捻ると風の温度を下げられる。すると」

「つ、冷たくなってくワ!」

「これプラス、冷凍庫や冷蔵庫で冷たいものを増やせば格段に涼が取りやすくなるはずよ。どうかしら! すごくない? フランすごくない!?」

「いや、発案はラナだから」

「でも作ったのはフランじゃない! だからすごいのはフラン!」

「いやいや、考えたのはラナだから」

「あー、ハイハイどっちもスゴイわヨ!」


 パンパン、と手を叩かれる。

 ……ん、まあ、確かにこの話はオチが見えなくなるからなぁ。

 でも絶対ラナの方がすごいと思うんだよ。

 ラナの前世って本当に最先端の文化的な世界なんだな〜。


「……ありがたくもらっていくワ。二人へのお礼は帰ってきたら必ずするから、期待しててネ」

「うん! すっごく期待するわ!」

「でもエラーナちゃんはまず店名ヨ?」

「…………ハイ……」


 にっこり。

 そう言われてガックリするラナ。

 まあ、その通りですね。


「帰ってきたらお店、頑張りましょうネェ〜〜!」


 ブンブンと手を振り合うラナとレグルス。

 商人なんだから、そっちこっちいくのは当たり前。

 多少の別れは仕方がない。


「さぁてと、俺たちも帰るか。父上もそろそろ城から出てくるだろうしな!」

「はあ、やっと帰れるのねー」

「……そうだね」


 帰る。

 あの牧場に。

 家畜の世話はワズんちに任せてきたけど、寂しがってるかな?

 俺たち忘れられてない?

 主にシュシュ。

 まあ、ついでに牧羊犬の訓練もするって言ってたから、それどころじゃないかも?

 作物の世話もクーロウさんのところの若い人が交代でやってくれてるはずだが……。

 ふっ、なんか……いやぁ、本当に……すっかり今の生活が当たり前になったものだ。

 元々は貴族。

 土弄りとも、動物の世話とも無縁の存在だったのに、ね。


「よし! 帰りながらお店の名前を決めるわよ!」

「二店舗分なの忘れないでね」

「…………」


 しおしおと掲げられた拳が下がっていく。

 果たして小麦パン屋と牧場カフェは予定通り、そしてラナの希望通りに無事開店出来るのか——!

 ……なぁんてね。

 でも店名だけはマジで手伝えないし、頑張れ、ラナ!



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