六雄の勢力拡大① 伊達領侵攻

寺倉軍が和泉国へ侵攻したその頃、他の"六雄"の上杉、竹中、織田、浅井、蒲生の5家も、時を同じくして日本平定に向けて動き出していた。


◇◇◇


上杉家は、当初の約定どおり北信濃27万石を譲渡した対価として竹中家から援軍1万を得ると、5月上旬、3万もの大軍を率いて、伊達領である中通り北部の信夫郡と伊達郡に侵攻した。


信夫郡の大森城は瞬く間に包囲され、伊達家当主・伊達輝宗の叔父で先代当主・伊達晴宗の三弟である大森城城主の伊達実元は、わずかな兵と共に城を落ち延びて、近くの杉目城(後の福島城)に隠居している長兄の晴宗の元に駆けつけた。


「兄上、残念ながら大森城は落城寸前にて、もはや信夫郡は守り切れませぬ。米沢に撤退し、捲土重来を期すことにいたしましょう」


「左様か。藤五郎、梁川城の伊達左衛門(梁川宗清)は如何しておる?」


「梁川城も同時に攻められていると聞いておりますれば、おそらく今頃は落ちているやもしれませぬ。であれば伊達左衛門は……」


残念そうに首を振る伊達実元の推測どおり伊達郡の梁川城は既に落城し、伊達晴宗の八弟で梁川城城主の梁川宗清は壮絶な討死を遂げていた。


「……左様か。ならば伊達郡も無理だな。だが、今さら老いぼれの儂が逃げたところでどうにもなるまいと思うが?」


「何を仰いますか。必ずや兄上の力が必要になるはずにございまする」


実元がそう言うと、伊達晴宗は実元と共に伊達家の本拠の米沢に撤退することを決めた。


その後、わずか7日で伊達郡と信夫郡を制圧した上杉・竹中連合軍は、さらに刈田郡と浜通り北部の伊具郡と亘理郡へ怒涛の勢いで侵攻する。


一方、出羽国・米沢の館山城を居城とする伊達輝宗は、予想を遙かに超える上杉・竹中連合軍の猛攻に対して、対上杉で同盟を結ぶ浜通りの相馬家と岩城家に上杉・竹中連合軍の背後を脅かすよう要請したものの、ここで予想外の問題が起こった。


相馬家の当主は代々武勇に秀でていたため、これまで北の伊達家と南の岩城家とは領地の拡大を巡って長く相争ってきたという経緯があった。しかし、蘆名家を滅ぼした上杉家という強大な敵が出現すると、伊達家と一旦和睦して同盟を結び、伊達輝宗自身もこれまで伊達家が散々苦しめられてきた相馬家には、心強い味方として期待を寄せていたのだ。


ところが、伊達家と同盟を結んだ後に、相馬家当主の相馬盛胤は上杉家の巧みな交渉術による調略に掛かって膝を屈し、相馬家は御家存続を条件として上杉家の傘下に入るという密約を交わしていたのである。


ただし、同盟を結んだ伊達家を攻めるのは武士の矜持に関わるため、相馬家は長年の仇敵で直接の同盟を結んでいない南の岩城家を攻めて上杉軍の背後を守り、攻め獲った岩城家の領地は相馬家の領地として認めるという条件であった。無論、相馬家が岩城家の背後を攻めるに当たって、上杉家への臣従が知られては意味がないため、その密約は家中にも厳重に秘匿されており、伊達家や岩城家が知るはずもなかった。


相馬家はそれまで拒んでいた岩城家との合力を表向きには渋々承諾したように見せ掛け、岩城家も相馬家とは長年争ってきた経緯から、当初はこの合力には前向きではなかったものの、当主の岩城親隆が伊達輝宗の長兄であったことから反対はしなかった。そうした三家同盟によって、伊達家は相馬家と岩城家と軌を一にしての反撃を目論んでいたのである。


そして、上杉・竹中連合軍が刈田郡と伊具郡、亘理郡に侵攻すると、伊達家から相馬家と合力して背後を突いてほしいという要請を受けて先行して進軍する岩城軍に、相馬軍は背後から襲い掛かった。


「皆の者! 相馬家は上杉家に合力する! 今こそ岩城を討ち滅ぼし、積年の恨みを晴らすのだ! 掛かれぇ!!」


――オオオォォ!!!


味方であるはずの相馬家の寝返りにより、背後から攻められて大きな被害を受けた岩城軍は上杉・竹中連合軍を攻めるどころではなくなり、当主の岩城親隆は居城の大館城に命辛々逃げ帰った。



◇◇◇



出羽国・館山城


「なっ、何?! 相馬が裏切っただと?! それは真か?」


2日後、この相馬家の寝返りの報せは重臣の鬼庭良直からすぐに館山城の伊達輝宗の耳に届き、予想だにしていなかった最悪の状況に輝宗は顔面蒼白となり、やがては阿修羅の如く怒りで顔色が真っ赤に変わるとワナワナと震え出した。


「はっ、おそらくは随分と前から内通していたものかと存じまする」


「ぐぐっ、我らとの盟約を反故にするだけでは飽き足らず、敵の上杉に膝を折るとは、相馬盛胤には名門としての誇りが無いのか! まっこと卑怯な!武士の風上にも置けぬ男よ!」


「誠に左様にございまする。岩城左京大夫様は奮戦され、相馬を撃退されたとの由にございますれば、悲観なさることはないかと存じまする」


唾を撒き散らして憤怒を露わにする輝宗を、鬼庭良直ら家臣たちが宥める。しかし、間の悪いことに、そこへ新たなる凶報がもたらされる。


「火急の報せにございまする! 岩城家の留守を狙って佐竹家が岩城領に侵攻を始めたとの由にございまする!」


「なっ、何だと!」


御家存続への執念から伊達家への合力を頑なに拒んでいた佐竹義重が、伊達家と上杉家の戦いで漁夫の利を得ようと、佐竹領の北に領地を接する岩城領を狙ったのである。さすがの岩城親隆も佐竹家の侵攻は寝耳に水であり、相馬軍との戦いで痛手を負ったばかりの状態で迎撃に出る戦力などあるはずもなかった。そして、北から相馬軍、南から佐竹軍に挟撃された親隆は苦境に立たされ、居城の大館城に籠るしかない絶体絶命の窮地に追い込まれる。


「くそっ、忌々しい佐竹め! 兄上は大館城に籠ったのであろうな? 岩城家ももはや上杉と戦うどころではあるまい。本来ならば兄上に援軍を送ってやりたいところだが……、くっ」


「我らももはや岩城家を救けるどころではないぞ。伊達家だけで上杉と戦わねばならないのだからな、総次郎」


そこへ隠居先の杉目城から逃げてきた先代当主の父・伊達晴宗が、輝宗を諭すように声を掛ける。


「はい、父上、分かっておりまする。我らもこのままでは上杉と相馬だけでなく、さらには最上八楯も上杉に降った様子にて、北からも挟撃を受けてしまいかねませぬ」


「下手をすれば伊達家がお前の代で滅びかねぬぞ。だが、何としてでも鎌倉の御世から続くこの伊達家だけは守らねばならぬ。努々忘れるではないぞ。良いな? 総次郎」


「はっ、父上。ですが、上杉ごときに負けるつもりなどございませぬ。こうなれば、岩切城の六郎(留守政景)や陸奥の柴田郡、名取郡、宮城郡、黒川郡からも将兵を呼び集め、伊達家の本拠であるこの米沢の地で上杉を迎え撃ち、見事に討ち破ってご覧に入れまする!」


輝宗は父・晴宗の前ではどうしても虚勢を張ってしまい、防御力に勝る山城の館山城に篭り、上杉・竹中連合軍との決戦で勝って見せると豪語する。


(やれやれ……、誰しも若さ故の過ちは認めたくないものだからな。儂の老いぼれ首一つでは済まぬことになると、本当に分かっておるのか? 身籠っている義姫が男子を産んでくれれば良いのだが。上杉も生まれたばかりの赤子の命まで奪うような無体な真似などせぬであろうて)


一方、そんな大言壮語を吐く輝宗とは対照的に、若さから勇敢さと無謀さを履き違えていると晴宗は内心で溜息を吐くと、黙って輝宗を冷ややかな目で見つめ、如何にして御家を残せるかの方策について思案するのであった。


そして、上杉・竹中連合軍はその後、刈田郡と伊具郡、亘理郡を次々と制圧し、伊達晴宗の十二弟で亘理城城主の亘理元宗は討死した。上杉・竹中連合軍が伊達郡と信夫郡と合わせて5郡18万石を制圧するのに要した日数は、僅かひと月足らずという電撃的な侵攻であった。






いつもご覧いただきありがとうございます。予想よりもたくさんの方に読んでいただき、感謝しかありません。


もし良ければ私の別作品、「銀鉱翠花のシルバーバレット」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054896789637)も併せてご覧頂けると嬉しいです。


異世界転生ものが好きな方は是非。

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