蒲生家の御家騒動④ 援軍の謝礼

統驎城の会見の間で、俺は蒲生宗智・忠秀父子と向かい合っていた。


「伊賀守殿。此度は我らの些か度を過ぎた親子喧嘩に巻き込んでしまい、誠に申し訳なかった」


宗智と忠秀は援軍の御礼と御家騒動によって寺倉家に迷惑を掛けたことへの謝罪のため、統麟城へとやって来た。宗智は憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情で深々と頭を下げ、忠秀もそれに倣って頭を下げた。俺が元家臣であるという意識など、既に消え去っているようだ。


結局、大津城では戦と言うほどの戦いは起こらず、両軍ともほぼ無傷で済んだようで、何はともあれひと安心だ。わざわざ1万5千もの大軍を出した甲斐があったというものだ。


「宗智殿と左兵衛大夫殿が和解できて何よりでございまする。蒲生家は我が寺倉家にとっても非常に重要な盟友であります故」


懸念していたような、三好が蒲生の内紛に乗じて攻め込んで来るという事態もなかった。三好三人衆、いや今は三好二人衆か。奴らも「近濃尾越六家同盟」のことは当然聞き及んでいるはずだ。畠山との抗争が未だ続いている状況の上に、大和国で目を光らせている寺倉の存在が抑止力となっているのだろう。畠山との対決にケリがつくまでは、こちらとの戦闘は避けたいのだろう。


「そう申していただけると儂の愚行も報われるというものでござる。これからも"対等な"盟友として、共に歩んでいく所存にござる」


「私も同感にございまする」


「だが、此度の儂の行いは誠に身勝手な過ちと言わざるを得ぬ。無駄に歳を食った訳ではないと思うておったのだがな。誠に赤面の至りにござる。親子喧嘩の仲裁に伊賀守殿の手を煩わせてしまい、このままでは儂の、いや蒲生家の面目が立たぬ。要望があれば何でも構わぬ。申し付けていただきたい」


宗智は遠い目で自嘲しながら謝罪すると、俺に謝礼を申し出てきた。


「いえ、私と左兵衛大夫殿の間では既に『佐渡侵攻の援軍』という約定を取り付けておりまする故、これ以上何かを要求する考えなどござらぬ。どうかお気になさいますな」


俺は首を振って宗智の申し出を断った。相手の足元を見るような要求は控えた方がいい。


「だが、佐渡の援軍程度では此度の援軍、いや蒲生家の存亡の危機を救ってくれたことへの対価としては少なすぎる。それに甘えてしまっては、蒲生家は寺倉家に借りを残したままとなってしまい、“対等な盟友”ではおられなくなるのだ。分かってはもらえまいか?」


宗智は俺の遠慮は無用だと、断固として突っぱねた。


“対等な盟友”であるためには貸し借りなしの関係が理想なのだろう。精神的には寺倉と対等な関係であっても、現実的な力関係では対等ではないというのは、蒲生にとって腑に落ちないものになってしまうのだろう。


俺は反省の色を浮かべつつ、苦笑いで頰を掻いた。宗智の真剣な眼差しを見ると無碍にはできない。


「……左様でございまするか。これは困りましたな」


「では、儂の末娘を伊賀守殿の側室にもらってはもらえぬか? 親の欲目なしに器量の良い娘でござるぞ。寺倉家も大大名となったからには、御家安泰のためにも伊賀守殿も側室を持つべきかと存じるが、いかがかな?」


「い、いや、私は市だけで十分でございまする故、ご遠慮申しまする」


史実で関盛信か神戸具盛に嫁いだ娘だろうが、側室なんて謝礼じゃなくて、寺倉と縁を結べる蒲生側の利益じゃないか。それに側室なんてもらった暁には、市が焼き餅を焼いて悲しむだけだ。俺は助けを求めるように忠秀に視線を向けた。


「父上、伊賀守殿と奥方はおしどり夫婦で有名でございまする故、側室は無理かと存じまする。では、伊賀守殿。我が三男の鶴千代を人質の代わりとして寺倉家に預ける、というのはいかがですかな? まだ10歳ですが、非凡な息子にございまするぞ」


忠秀は俺の視線に頷くと、そんな提案を言い放った。


「なっ、鶴千代をか? 鶴千代は忠秀の後を継がせるつもりなのだぞ」


鶴千代、つまりは将来の蒲生氏郷か。氏郷は史実でも蒲生家が近江に侵攻した織田家に降伏した際に人質として差し出され、信長は氏郷の目を一目見て気に入り、「只者ではない。婿にしよう」と次女を娶らせる約束をして、厚く信頼されたことでも知られている。豊臣政権では会津92万石を与えられたほどの文武に長けた名将だ。


そんな稀代の名将ならば、俺としては一国よりも価値が高く、望外の喜びだ。


「ふむ、私としては一向に構いませぬが、宗智殿は……」


そう言って宗智の方に目を向けると、宗智が孫を失って悲しむお爺ちゃんのような目をして露骨に狼狽えていた。


ああ、なるほど。宗智にとってまだ10歳の孫である鶴千代は可愛くて仕方ないのだろうな。いつもの威厳のある堂々とした様子からは想像できないな。


俺は「むむむ……」と口籠る宗智が可哀想になり、助け船を出すことにした。


「では、宗智殿も寺倉家に来られてはいかがですかな。無論、私は宗智殿の元家臣にございます故、宗智殿が私に仕えるなど受け入れ難いかと存じまする。ならば、あくまで私の客分の相談役として寺倉家に来てはいただけませぬか?私としても宗智殿の知見は無二のものであると存じておりまするし、宗智殿も鶴千代殿の傍にいることが叶いまする。それに、此度の一件の後に宗智殿が蒲生家に留まっていれば、家中に遺恨が残って左兵衛大夫殿もやり辛いかと存じまするが、いかがですかな?」


宗智としても忠秀が今後、宗智派の譜代の家臣たちを服従させて蒲生家の実権を掌握するためには、一度は反旗を翻した自分の存在が忠秀にとっては邪魔となり、迷惑を掛けることに繋がりかねないと自覚しているのだろう。宗智は腕を組みながら頷いた。


「ふむ。それならば儂としても異存ござらぬ。それと鶴千代は三男だが、とても賢く優れた孫でな。将来は蒲生家を継がせたいという考えで忠秀とも一致しておる。そこで、できれば伊賀守殿の娘を鶴千代の嫁にもらえぬだろうか?」


宗智はどうにかして寺倉家と縁を結んで絆を強くしたいようだな。全く食えない爺さんだ。


「私はまだ鶴千代殿をこの目で見てもおりませぬし、娘も2歳の幼子でございます故、今は承諾はできかねまする。ですが、鶴千代殿は小姓として私の側に置くつもりでございます故、見所があって婿に相応しい男と認めた暁には、娘を嫁がせるのも吝かではございませぬ」


「左様でござるか。では伊賀守殿、今後とも宜しくお願い申しまする」


宗智は俺に向かって頭を下げた。宗智ならば良き相談役となってくれるであろう。


「宗智殿、こちらこそよろしくお願いいたしまする 」


こうして俺は、蒲生宗智を相談役として、鶴千代を小姓として寺倉家に迎えることになったのであった。

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