統麟会談② 日ノ本平定の分担

この統驎会談の最大の目的だった『近濃尾越同盟』の合意が相成ったことで、俺は内心でほっと安堵していた。


「ところで、正吉郎は一体、どうやってそのような海外の事情を知ったのですか?」


半兵衛が俺に疑問を投げ掛けて来た。まあ、疑問に思うのは当然だよな。


「まず一つは明の書物によるものだが、それだけではない。むしろ大半は違うと言っていい。実はな、昨年伊勢国を平定した後に伊勢に留まって戦後の後始末をしていた時に、私は伊勢神宮に参拝したのだ。信じてもらえないかもしれないが、実を言うと私は天照大御神様から神託を授かったのだ」


「「なんと! それは真ですか?」」


皆が声を揃えて驚いている。


「うむ。これは誰にも伏せていたことなので他言無用に願いたいのだが、天照大御神様は海外の事情を私に詳しく教えてくださった。天照大御神様は日ノ本に危機が迫っている故、一刻も早く日ノ本を平定し、南蛮からの脅威に対抗すべし、と私にお命じになられたのだ。故に私は此度の六家会談を開いて『近濃尾越同盟』の締結を目指したという訳だ」


無論、大嘘である。転生者であることを明かす訳にもいかないため、親友の半兵衛まで騙すのは気が引けるが、これくらいしか適当な理由が思い浮かばなかったのだから仕方ない。


「なるほど、私は正吉郎の言葉を信じよう。確かに神様の啓示でもなければ海外の事情をあれほど詳しく知ることは考えられないしな。それにしてもやはり正吉郎は神様の御使いだったのだな」


半兵衛の言葉に皆が頷いた。やはりこの時代は神仏のお告げは信じられているようだが、どうやら俺は神様の御使いに認定されてしまったようだ。


「正吉郎が伊勢神宮の式年遷宮に寄進したのはそのためか。お陰で山科言継が俺の所に朝廷への献金を強請りに来たわ。クックック」


信長の言葉に少し罪悪感も感じたが、別に悪事を働いた訳ではないので勘弁してもらいたい。


そして、俺は再び小川蹊祐に命じて2畳ほどもある大きな日本地図を持って来させると、6人の車座の中央に広げさせた。この日本地図は俺が地球儀に続いて自作したものだ。


俺は前世で日本地図を何度も描いた記憶があるので結構正確なはずだ。一部の海岸線は埋立された現代とは異なるところもあるが、そこは目を瞑るしかない。


他の皆は目の前の68国の国名を載せた日本地図を見て、それがどれほど正確なのか、すぐに理解したのだろう。


「これは日ノ本の絵図だな? 蝦夷や琉球まで載っておるとは、これほどの絵図は見たことがないぞ」


すぐに信長が驚嘆の言葉を発すると、他の4人も頷いている。


「三郎殿、この絵図は『地図』というものです。『近濃尾越同盟』が成った今、この地図を見ながら、今後の六家の侵攻方向と支配領地を画定したいと思います。宜しいでしょうか?」


「うむ、構わぬ」


信長が頷きながら言うと、他の者も続くように同意した。


「先の岐阜会談で我ら四家は、織田家は東海道から南関東へ、竹中家は中東美濃から東山道を経て北関東の常陸まで、浅井家は越中で折り返して山陰道へ、そして当家は伊勢から紀伊・畿内へ、という侵攻方向で合意しましたが、竹中家は信濃国筑摩郡を平定して北信濃の上杉領と接し、加賀国を制圧した浅井家は西越中に侵攻すれば上杉家の東越中と接することになります。そこで、弾正少弼殿に提案いたしますが、上杉家は越後から出羽・陸奥・蝦夷を領地としていただけないでしょうか?」


「ふむ。伊賀守殿、それは当家に北信濃と北関東を竹中家に、東越中を浅井家に譲れとおっしゃるのかな?」


「そういうことになりまするな。厄介な武田や北条の相手を上杉家に代わって織田家や竹中家がすることになりますので、上杉家にとっても戦力を北に集中できる利点があるかと存じますが、いかがでしょうか?」


「……よかろう。確かに日ノ本を一刻も早く平定するには、関東は織田殿と竹中殿に任せて、当家が出羽・陸奥・蝦夷に進むのが正しかろう。北信濃と北関東も武田と北条の圧迫に耐えかねた国人衆から助けを求められ、『義』により攻め入り上杉の領地としたが、決して私から欲して得た領地ではない。善政で名高い竹中家であれば、必ずや民を安んじることができるであろう。では武田を滅ぼした暁には北信濃と北関東をお譲りすると約束しよう。東越中も西越中の一向門徒を浅井殿が討ち果たした暁には譲っても構わぬ」


「「真にございまするか?」」


半兵衛と新九郎が驚きの声を上げるが、無理もない。だが、譲るとは言っても上杉の侵攻範囲は非常に広い。未開拓地の多い東北地方や北海道となれば、将来的な成長が大きく見込めるはずだ。


「ただし、上杉が出羽や陸奥に侵攻する際には助力をいただけるのですな?」


「無論です。今回は先に援軍の報酬をいただいたことになりますので、竹中家や浅井家が援軍を送るはずです。それで良いな? 半兵衛、新九郎」


「「無論でございます」」


「では、上杉は越後から出羽・陸奥・蝦夷で手を打とう」


「かたじけなく存じます。では、続いて西方面についてですが、浅井家は山陰道と長門を経て、北九州の筑前・肥前・壱岐・対馬まで、蒲生家は山城・摂津から山陽道の周防までと、中九州の豊前・豊後・筑後までそして寺倉は大和・河内・和泉・紀伊から四国を経て南九州の日向・肥後・大隅・薩摩まで、いずれは琉球にも侵攻したいと考えております。宗智殿、新九郎、いかがでしょうか?」


俺は日本地図を指さしながら各家の侵攻ルートを説明していった。六家がすべて平等とはいかないが、少なくとも250万石以上の石高の領地となる計算だ。


「儂は異論はござらぬが、蒲生が京を押さえても良いのかの?」


「私は朝廷や公家との対応が苦手ですのでお任せします。代わりに堺をいただきます」


「某も構いませぬが、正吉郎殿の提案は律令制の『五畿七道』に準じたものですか?」


「そのとおりだ、新九郎。領地は細長くなるが、古からの街道沿いの方が繋がりが強くて統治し易いと考えたのだ」


「その考え方には私も賛同するぞ、伊賀守殿。ところで、この日ノ本の地図だが、これの写しを貰えまいか? もちろん対価は支払おう」


輝虎がそう言うと、他の皆も地図が欲しいと言い出したが、それは想定内の反応だ。


「地図の写しは六家の絆の証としてお譲りしましょう。ですが、条件がございます。先の岐阜会談でも提案しましたが、六家の結びつきをさらに強固なものとするために、六家の領地を繋ぐ街道を整備し、六家の外の領地との関所だけを残して、他のすべての関所を廃止してはいかがでしょうか。関所は古来は国境で他国の侵略や犯罪人の逃亡を防ぐ検問の役目でしたが、今は関銭を徴収するのが目的となっているのが現状です。畿内では京と堺の間に数十の関があり、関銭の分だけ商人の品が値上がりし、庶民の暮らしが苦しくなっておりまする。逆に関所を無くして街道を整備すれば、人・物・金の流れが格段に増えて商いが活発となり、六家の領民も品を安価で得ることができるようになり、民の暮らしも豊かになるはずです。先の岐阜会談では、関銭の収入が減る代わりに当家の領内で行っている米の収穫を増やす方策を伝授すると提案しましたが、今回はさらにこの日ノ本の地図の写しもお譲りしましょう。皆様方、いかがでしょうか?」


「正吉郎殿。浅井は街道沿いの邪魔な国人領主を加賀に領地替えしたので、領内の関所はすべて廃止しました」


「正吉郎、東海道や大垣街道、飯田街道も関所は廃止したぞ」


「正吉郎、私も東山道や飛騨街道の関所は廃止しましたよ」


長政、信長、半兵衛は岐阜会談からの3年弱の間に関所の廃止に取り組んでくれたようだ。


「なるほど。四家の結束の固さはこういう理由があるのですな。では、当家も北陸道や北国街道の関所を廃止し、街道を整備すると約束しよう」


「うむ。蒲生も東海道や東山道、若狭街道の関所を廃止するとしよう」


「皆様方、かたじけなく存じます。では、私の提案に快く応じていただいた御礼の意味も込めて、もう一つ贈り物がございます」


そう言って俺は手を2度叩くと、小川蹊祐が竹スキーとソリを運んできた。


「雪国を領地に持つ弾正少弼殿や新九郎ならば理解できると存じますが、これは雪の上を早く移動したり、荷物を運ぶために考案した『滑り板』と『ソリ』という道具です。『ソリ』は飼い慣らした犬に牽かせれば『犬ソリ』となって物資の運搬が大変楽になります」


「なんと! これは素晴らしい道具だな。これならば『かんじき』よりも雪の上をかなり早く移動できるであろう。伊賀守殿。真にかたじけない。恩に着る」


輝虎は触り心地を確かめながら感嘆の声を漏らしていた。


「正吉郎殿、これは竹で簡単に作れそうですね。すぐに我が領内でも作らせます」


輝虎と長政がとても喜んでくれて、贈った俺も嬉しくなる。


「他の皆様にもお譲りしますので、ぜひ領内で作らせてください。冬の雪中行軍で大きな力となるはずですし、遊び道具にもなるかと存じます」


こうして、六家は日ノ本平定の分担に加えて、領内の関所廃止にも合意し、統麟会談は無事終了したのであった。

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