統麟会談① 近濃尾越同盟

満開の山桜が佐和山を彩る3月下旬。

統麟城の大広間に織田・上杉・浅井・竹中・蒲生、そして寺倉の六家の当主が一堂に会し、上座下座関係なく車座に座った。


「寺倉伊賀守蹊政にござる。今日は私の呼び掛けに応じてここ統麟城にご参集いただき、誠にありがとうございまする。では、まず初めに上杉殿と初顔合わせの方も多い故、自己紹介をお願いいたしまする」


「ではまず私から。私は関東管領上杉弾正少弼輝虎と申す。本日は宜しくお頼み申す」


輝虎は俺以外の面々とは初対面である。若干は居心地の悪さを感じていたのだろう。真っ先に名乗りを上げた。


「俺は織田上総介信長だ。よしなに頼む」


「私は竹中半兵衛重治と申しまする。上杉殿、よしなにお頼み申しまする」


「某は浅井新九郎長政にございます。上杉殿、宜しくお願いいたしまする」


「儂は蒲生快幹軒宗智にござる。上杉殿、織田殿。お初にお目に掛かりまする」


輝虎に続くように他の四家の当主が順に自己紹介を兼ねた挨拶をするが、蒲生だけは前当主の宗智が出席している。やはり極めて重要な会談のため実質的当主の宗智が当主の忠秀を抑えて、自ら出席したのだろうな。きっと忠秀は面目を潰されて内心不満げなことだろう。


「今回、皆様方にお集まりいただいたのは、今後の六家の侵攻方向と支配領域について、あらかじめ話し合って明確にするためでございまする。各々方、それで宜しいでしょうかな?」


俺は五家の当主の顔を一人ひとり見渡していくと、その全員が首を縦に振った。


俺は輝虎にも事前に他の四家を招いて六家会談とする意図を伝えてあるので、輝虎も異論はなく同意した。


全員の自己紹介に続いて、俺は小川蹊祐に命じて地球儀を持って来させて俺の前に置かせると、徐に口を開いた。


「これは南蛮の品で『地球儀』というものでござる。信じられないかもしれぬが、これはこの世界を模したものでござる。要するに、この大地はこのような丸い球になっているのでございます」


「この大地が丸いはずはなかろう! 伊賀守は我らを謀るおつもりか?」


「まさか、地面は平らではござらぬか? 我の目には弧を描く地面など映っておりませぬぞ」


案の定、宗智が異論を唱えると、長政も眉を潜めながら訝しげに訊ねる。まぁ、その疑問も尤もだ。俺だって現代の知識がなければ、大地が丸いなんて絶対に信じられないだろう。


「分かり易い事例を申しますと、海の船は沖合へ離れていくと、船体だけが水平線に隠れて帆だけが見え、やがては帆も水平線に隠れまする。逆に、遠くからやってくる船は帆先から水平線の上に上がってまいります。これはこの大地が丸い証拠かと存じまする」


「なるほど、そう言われれば確かにそうですな」


「むむ……」


長政は俺の説明に納得しているが、年寄りの宗智は固定観念が強すぎて無理だろうな。


「俺はよく分かるぞ」


「私も納得いたしました」


さすがに信長と半兵衛は柔軟な思考の持ち主だな。頭のいい半兵衛が理解するのは当然だが、信長は直感で判断しているのだろう。


「私は正直信じられないが、伊賀守殿の説明は尤もであるし、伊賀守殿の言うことを疑うつもりはござらぬ」


輝虎は大地が丸いということよりも、俺の言うことを信じてくれるようだ。「軍神」に信頼してもらえるとは正直嬉しいな。


「正吉郎、それで日ノ本はどこにあるのだ?」


「はい。日ノ本はこの小さな島々でございます」


信長の問いに、俺はそう言って地球儀の一点を指し示す。


「なっ、そんな小さな島が……」


「ほう、では西側の大陸が明と朝鮮か?」


驚いている宗智を余所に、信長が訊ねる。


「はい、左様です。そしてもっと西のこの三角に突き出た地が天竺です」


「そうか、やはり天竺は遠いな」


「では正吉郎、南蛮人の国はどこなのですか?」


半兵衛が遠慮げに声を挟む。さすがは半兵衛、いいタイミングで訊ねてくる。


「ああ、南蛮人の国は実は南ではないのだ。天竺よりもはるか西の果ての、ここだ」


そう言って俺は地球儀をぐるりと回して、西ヨーロッパを指し示した。


「そんな遠くから……では、南蛮人はどうやって日ノ本までやって来たのだ?」


「実はな、この地球儀を見れば分かるように、この世界には日ノ本や明、朝鮮、天竺以外にも数多くの国が存在する。そして、南蛮人の国も幾つもあって遥か昔からこの地方で相争ってきたのだ。それは陸の領地を巡る戦いにとどまらず、やがては海の外の領土の獲得競争となった。それによって外洋を航海できる南蛮船が発達し、南蛮船はこういう海路で天竺に来ると、南蛮人は天竺の一部を占領して拠点とし、現地の民を奴隷としたと言う。しかし、南蛮人はそれに飽き足らず、さらに東へ進んで明のマカオという地から日ノ本までやって来たのだ。したがって、日ノ本にとっては南からやって来た故「南蛮」と呼ばれるが、本当は西の果ての『西戎』の方が正しいのだ」


皆、地球儀を見ながら俺の説明を聞き入っている。俺は皆を見回して話を続ける。


「ですが、皆様方。それは南蛮のポルトガルという国の話です。南蛮には他にもイスパニアという国があります。この二つの国は長い間敵対していたのですが、先年この海の外の地を両国で二分するという協定を結びました。簡単に言えばポルトガルは東へ、イスパニアは西へ進むという協定です。そして、イスパニアは西へ進んでこの大陸にあった帝国を火縄銃を使って僅か数年で滅ぼしました。そして、いずれはこの広い海を何ヶ月もかけて西に渡り、やがてはこの日ノ本にもやって来ることでしょう」


「ほう。と言うことは、ポルトガルやイスパニアとやらもこの日ノ本を奪う気でいるのか?」


信長が睨むように眉根を寄せて訊ねてくる。


「左様です。実は大陸が元の国だった頃に、南蛮から元の国まで訪ねて来た者がおり、その者が帰国した後に『東方見聞録』という書の中で、元の国の東の海に『黄金の国ジパング』があると書き記したのです。故に、それを読んだ後世の南蛮人は黄金の国を探し求めているのです」


「そのジパングとやらが、日ノ本のことか?」


「はい、どうやらそのようです。昔は陸奥の中尊寺金色堂や東大寺や鎌倉の大仏様などで金が贅沢に使われ、大陸との交易では金で支払いをしていたこともあり、大陸では日ノ本は黄金の国だと思われても不思議ではありませぬ。それを伝え聞いた南蛮人の書によって、今や日ノ本は南蛮人の格好の標的となっている訳です。そして、火縄銃や南蛮船を見ても分かるように、南蛮の国々はこの日ノ本よりも強い武力や高い知恵を有しております。そんな南蛮人の軍勢がこの日ノ本に攻め込んでくれば、狭い日ノ本の中で相争っている我らでは、到底太刀打ちなどできないとは思いませぬか?」


俺は皆を見回して問いかけた。


信長や半兵衛、輝虎は納得したように腕を組みながら頷いている。宗智と長政は冷静に耳を傾けていたが、その額には滲み出る汗がうかがえる。


「この世界が丸いとは突拍子もないことではあるが、この際どうでもよいであろう。大事なのはこの日ノ本が外つ国の侵略を受けようとしている点だ。元寇の再来となるぞ」


「今のまま泥沼の戦乱が日ノ本に蔓延り、国がまとまらないままでは駄目なのです。民も長きに渡る戦国の世に疲弊し切っております。私は日ノ本を早期に統一し、外からの脅威に目を向ける必要があると考えます」


俺は信長の言葉に応じて日ノ本の早期統一の必要性を訴える。


「それで、そのために我らが?」


俺は長政の言葉に小さく頷いた。


「そうだ、新九郎。我ら義兄弟の契りを交わした四家に、上杉家と蒲生家を加えた六家が協力し、この日ノ本を早期に平定するのだ。弾正少弼殿、宗智殿にも是非とも協力していただきたいのです。いかがでしょうか?」


竹中や浅井は今後の侵攻目標が上杉の領地と接するため、下手をすると戦になる懸念がある。逆に上杉にとっても竹中や浅井が敵か味方か分からず、不安視しているはずだ。


「ふむ、分かった。我ら上杉もそれに乗ろう」


「儂も乗らせていただこう」


「では、これにて六家は同盟に合意し、内容は四家同盟と同じく、今後10年の不戦と相互不可侵、相互軍事支援とし、同盟終了の半年前までに事前通告がない場合は自動的に10年延長する、という約定で宜しいでしょうか?」


俺の言葉に5人全員が一斉に頷く。こうして「近濃尾越同盟」がここに相成ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る