志摩訪問② 統治体制と内政施策

志摩国・小浜城。


南蛮船の視察を終えて小浜城に戻ると、まず俺は小浜真宗に指示を行った。


「真宗。志摩十三地頭を集めてほしいのだが、いつ集まれるか?」


「そうですな。2日後には全員集められるかと存じまする」


「そうか。ではすぐに使いを出してくれ」


「ははっ」


「それとな、真宗。この小浜城は少々手狭だな。ここに来る途中の鳥羽に移ってはどうか?」


「鳥羽は湊としてはいい場所でございますが、鳥羽成忠の治める領地ですし、鳥羽の取手山砦はこの小浜城よりも小さい城ですぞ」


「その鳥羽成忠は俺に臣従したであろう? ならば俺が領地替えを命じても問題なかろう。そこで、鳥羽に志摩国司に相応しい城館を新たに築いて、真宗、お主が志摩の代官としてそこに入るのだ。と言っても、鳥羽の城館は伊勢の安濃津の築城が終わる夏以降になるがな」


志摩国の国府はここから山道を南に20kmほど下った現代の志摩市にあるのだが、隣国の伊勢からは些か交通の便が悪い。そこで、史実で九鬼家が鳥羽城を築いたように鳥羽に新たな国司の城館を築き、真宗を代官として志摩を任せようという算段を目論んだのだ。


「拙者が志摩の代官でございまするか?」


「そうだ。現状でも志摩十三地頭を束ねているのは真宗だ。何も問題あるまい? それとも嫌か?」


「い、いえ、滅相もございませぬ。ですが、拙者は海賊ですので、政の方は正直心もとなく……」


「構わぬ。内政面は補佐役の文官を数名派遣しよう。伊賀代官の沼上源三も元は下層民の出だが、それでも本人の努力と人望により無事に務めている。ゆえに真宗でも十分務まるはずだ」


「左様でございまするか。では、お言葉に甘えさせていただくと致します」


「うむ、ではよろしく頼むぞ」


こうして、俺は小浜真宗に志摩国代官の任命と、鳥羽への移転を内示したのであった。





◇◇◇





2日後、志摩十三地頭が小浜城の評定の間に集まった。


「皆の者、今日はよく集まってくれたな。今日、皆に集まってもらったのは他でもない。志摩国の今後の統治の仕組みについて申し渡すためである」


俺の言葉が意外だったのか、真宗以外の志摩十三地頭が顔を見合わせている。


「まず始めに、小浜真宗を志摩国の代官に任じることとする」


「ははっ、この小浜将監真宗、寺倉伊賀守様のご期待に沿えるよう志摩国の代官を務めて参りまする」


まあ、現状の追認だからか、志摩十三地頭は平静な反応だな。


「そして、他の志摩十三地頭の者は代官の配下とし、各家の海賊衆を束ねて一つの志摩水軍に再編するものとする」


さすがに、これには志摩十三地頭からの反応があった。


「畏れながら申し上げまする。我らは寺倉伊賀守様に臣従しましたが、小浜殿の家臣ではございませぬ」


「ああ、それは分かっておる。志摩十三地頭のお主たちは私の家臣だ。故に与力として小浜真宗の指揮下に入ってもらう。そして、お主たちも湊に浮かんでいる南蛮船を見たであろう? あの南蛮船と同じ船をこれから建造する故、お主たちは南蛮船の操船術を学んで使いこなせるようにし、志摩水軍を日ノ本最強の水軍とするのだ。よいな?」


「「ははっー、承知いたしました」」


志摩十三地頭の面々はそれなら......というように頭を下げた。


「次に、志摩国の国司の城館を新たに鳥羽湊に築く。そこで、鳥羽成忠には九鬼が治めていた波切城に移ってもらう。成忠、よいな?」


「ははっ、承知仕りました」


実は昨日、鳥羽成忠には他の者よりも早く呼び出して、この話を伝えたのだ。波切城は大王崎に建つ城だが、九鬼が追放されて今は空き城だ。最初は領地替えに不満そうだった成忠も、新たな領地が波切城と聞くと喜んで受け入れた。


「続いて、これからの志摩国の産業について申し渡す。志摩は古来より米の収穫が低い土地柄故に、その代わりに豊かな海産物を支えにしてきた。そこで、これまでも一部では行っていたようだが、干し鮑、干し海鼠、鱶鰭といった俵物の生産を奨励してほしい。これらは明の国では高級な食材として大変な高価で取引されるものだ」


「それは真にございますか!」


「ああ、真だ。敦賀の湊で明の商人に高く売れるであろう。その他にも鰹の生利節を燻製にすることで、さらに保存期間を長くして旨みを増す鰹節の生産や、海苔を紙状にして生産すると良いぞ。さらに極めつけは、真珠や牡蠣の秘伝の養殖方法をこの書に書き記しておいたので、英虞湾などの波の静かな入り江で試してみるがよい。無論、すぐには上手くできないであろうが、もし真珠の養殖に成功すれば、明では真珠の粉は不老長寿の薬と信じられているのだから、大変な高価で売れて大儲けできるであろう。そうなる日が楽しみだな」


「な、なんと!! 真に真珠を人の手で作ることができるのですか!」


俺の言葉に志摩十三地頭は騒然となった。そりゃあ、真珠を養殖で作るなんて誰も思いつくはずがないからな。俺もおぼろげな記憶で養殖方法を書いてみたが、後は現地で試行錯誤してほしい。運が良ければ成功するだろう。


「無論、真珠を作るのは貝だが、これまでは偶然できたものを見つけるだけだった真珠を、人の手で出来やすくする方法だ。無論、これはここにいる者たちだけの秘伝とする。決して他国の者や信用できぬ者に漏らすでないぞ。漏らした者はこれだぞ。よいな」


そう言って俺は首の前で手刀を切ってみせた。


「「ははっ、承知仕りました」」


漏らせば首が飛ぶ、そんなことに身を震わせることもなく、淡々と返答した。まぁこの時代だと当然のことだろうし、一々そこにビビるなんてことはないのだろうな。


「それと、志摩国は海だけでなく、雪の降らない温暖な気候という特色もある。そこで、その温暖な気候を利用して、梅干し用の梅の木や茶の木、それと九州の薩摩にある蜜柑の木を手に入れて栽培すると良いぞ。特に梅の木は雨の多い英虞郡が向いているであろう。それと蜜蜂を木箱の巣に集めて養蜂を行い、蜂蜜の採取を試してみるのも面白いぞ」


「ははっ、まさに神の知恵とも言うべき策を授けていただき、誠にかたじけなく存じまする。この小浜真宗、伊賀守様から賜った策でこの志摩を豊かな国にしてみせまする」


志摩十三地頭もこれまで何とかしようと努力したが、上手くいかなかったのだろう。だが、俺が授けた策は全く考えたこともなかったようで、まるで神様を崇めるような眼差しで俺を見つめている。志能便衆と同じ目だ。参ったな。


「うむ、真宗。期待しておるぞ。皆の者も真宗を支えて志摩を豊かな国にしてくれ。頼んだぞ」


「「ははっー」」


それと、従来の揚浜式塩田よりも効率的な「流下式塩田」による製塩方法と、その塩を使った味噌と醤油の生産方法も思い出して書き記したのだが、志摩国はリアス式海岸が多くて砂浜が少ないのと、雨が多いため製塩には不向きな土地のようだ。


それならばむしろ伊勢国の方が向いていると気がつき、玲鵬城への帰途で大河内城に立ち寄った際に嵯治郎に授けるつもりだ。


こうして、俺は志摩国の今後の統治体制と思いつく限りの内政施策を志摩十三地頭に申し渡したのであった。

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