志摩訪問① 南蛮船と大砲

「正吉郎様、博多に派遣していた一行が志摩に帰還したとの由にございまする」


2月も中旬に差し掛かると真宗から聞いていた通り、博多に派遣していた慶松平次郎の一行が志摩に帰還したとの報せを受けた。


「ほう、ようやく到着したか」


俺はついに平次郎一行が帰還したとの報告を聞いて、南蛮船をこの目で見たり、南蛮の文物を手に取れることにワクワクした高揚感を感じた。それと共に、実物を見るまでは今一つ実感が持てず、どこか雲を掴むような気分に浸っていた。


南蛮船や大砲はそう簡単に運べるものではない。というよりも、伊賀に持って来たくても海も湖もないのだから不可能だ。


それに、俺が命じて入手してもらったものだ。この目で見なければ寧ろ失礼だし、何よりも早くこの目で見てみたいというのが正直な気持ちだ。だから真宗にこちらから出向くと言ったのである。


それに玲鵬城に移動しても、俺は相も変わらず忙しい日々を送っているし、ここで一旦、伊賀を離れて家族と慰安旅行がてら志摩へ出かけるとしよう。志摩は伊賀と違って雪もなく、太平洋側の温暖な気候だ。海の幸も美味しいし、伊賀にいるよりもずっと過ごしやすいはずだ。


俺はすぐに志摩行きを決めると、出立の準備を始めたのであった。




◇◇◇




志摩国。


わずか3万石の小国だが、 太古より海産物の獲れ高が多いことで知られ、海産物を朝廷に貢ぐ役目の「御食国」と称された海産物の宝庫である。


故に、小国なれど大きなポテンシャルを秘めていると言えるのだ。志摩は世界で初めて養殖真珠が誕生した地でもあり、海の幸以外でも将来的な期待値が高い。


2月下旬、俺は市ら家族と、主だった重臣を引き連れて志摩国の小浜城に到着した。


「寺倉伊賀守様、遠路はるばるようこそお越しくださいました」


「うむ。まだ志摩国には訪ねていなかったのでな。視察も兼ねてやって来たぞ」


城主の小浜真宗が城の前で俺たちを出迎えてくれた。その横には慶松平次郎と小浜景隆も並んでいる。


「正吉郎様、博多より無事帰還いたしましてございます。到着が遅れましたこと、誠に申し訳ございませぬ」


「寺倉伊賀守様、無事南蛮船を手に入れて役目を果たしましてございまする」


「うむ。平次郎も民部も長きの務め、ご苦労であったな。こうして無事に帰還し、南蛮の品を持って帰って来れたのは、期待を遥かに上回る素晴らしい働きだ。誠に良くやってくれたな」


「「ははっ。ありがたきお言葉にございまする」」


二人は声を揃えて返答した。


「それで、南蛮船や大砲はどこだ?」


二人にはいろいろな品々の入手を命じたが、俺の最大の目的はやはり何と言っても南蛮船と大砲であったため、俺はいの一番に景隆に船の所在を訊ねた。


ソワソワするのも仕方ないだろう。この時代の南蛮船など、滅多にお目に掛かれるものではないし、前世でもテレビくらいでしか見たことがないのだ。


「はっ、向こうの湊に停泊しておりまする」


「正吉郎様。奥方様も長旅でお疲れかと存じますので、まずは城内で一服されてはいかがでございますかな。南蛮船は逃げませぬので、後ほど見に参りましょう」


光秀がせっかちな俺を窘めるかのように進言する。年甲斐もなく興奮を露わにしてしまったことを恥ずかしく思い、顔をほんのり赤らめて顔を伏せた。


「そうだな。少々気が急いてしまったな。では、まずは暫し一服して旅の疲れを落とすとしよう」


俺は小浜城の本丸御殿で荷を解き、昼餉を取った後、一刻ほど休憩した。その間に平次郎から博多で入手したギヤマン、遠眼鏡、羅針盤といった品々と、人参、ホウレンソウ、玉ねぎといった野菜、そして家畜の羊、山羊を見せてもらった。


平次郎は地球儀が入手できなかったことをしきりに詫びていたが、俺にとっては想定内であり、既に自作してあるので何も問題はない。


遠眼鏡はなんと3つもあるので、1つは俺用とし、1つは諜報活動用に植田順蔵に渡し、残る1つは複製するための研究用とした。割れた無色透明のギヤマンがたくさん入手できたので、レンズの製作を指示した。


羊や山羊は雪解けまではここに置いて、春になったら動物の扱いに慣れている沼上郷に預けるとしよう。





◇◇◇





「こちらにございまする」


景隆が先導しながら俺に振り向いて告げた。


そして今、俺は市ら家族を小浜城に残して、景隆の先導で重臣たちと湊に向かっている。小浜城は鳥羽の北3kmほどの小高い岬に立地しており、坂を下れば湊は目と鼻の先である。そして、その湊には巨大な南蛮船が威風堂々と停泊していた。


その南蛮船は俺の想像以上に大きく、一目見た途端に感じるほどの威圧感で、俺はしばし見惚れてしまった。前世で船がそこまで好きだったという訳ではないが、間近で見るこの迫力には否が応にも感激せざるを得ない。


俺の様子を見た景隆も、心なしか胸を張って誇らしげに見えた。


「ほう、これが南蛮船か。うむ、想像以上の大きさだな。民部、よくぞ手に入れて、ここまで運んできたな。褒めてつかわすぞ」


「ははっ。ありがたき幸せにございまする」


「うむ。これが戦で使えるようになれば、日ノ本の海は志摩水軍が支配するものとなるであろう。だが、そのためには1隻では駄目だ。真宗。この船の構造をつぶさに調べ上げて、同じ船を量産せよ。それと同時に、志摩衆に南蛮船の操船術を習得させよ。良いな、頼んだぞ」


「ははっ。承知仕りました。お任せくだされ」


「伊賀守様。それと、あの船には1門ですが、大砲も備え付けてありまする。観に行かれますか?」


「もちろんだ。せっかく志摩まで来たのだ。南蛮船にも乗ってみたいしな。ぜひとも見せてもらおう」


「ははっ! ではあちらへ」


南蛮船は湊の中ほどに停泊しており、俺は湊から連絡用の小船で渡って南蛮船に乗り込んだ。先に乗り込んだ景隆は俺の手を取って船の上へと軽々と引き上げてくれる。さすがは海の男だ。腕力が半端じゃないな。


南蛮船の甲板に上がると、甲板は余計な積荷とかが全くなく殺風景だった。積荷や船員がいればこれより手狭になるのだろうな。


船の上は海面よりもかなり高い位置にあり、外の風景と繋がって開放感があるからだろうか。外から見るよりもさらに広々と感じ、潮風が吹き抜けてとても心地よく感じられた。


甲板からの眺めを堪能した後、俺は景隆の先導で甲板の下の薄暗い船倉に降りた。


「伊賀守様、あれが大砲でございまする」


俺が歩みを進めながら船内を見回していると、景隆が立ち止まり指を指した。


「おおっ」


思わず声を上げてしまったのは、大砲の大きさが予想以上だったからだ。


これを台車に乗せて運べるくらいに小型軽量化すれば、陸での合戦にも活用できるかもしれないな。これが陸の戦で使われるとなれば、戦のやり方が大きく変化することになるのは間違いない。


すぐにでも国友村から鉄砲鍛冶を派遣して共同製作をしてもらい、複製はもちろんのこと、陸で使えるように小型軽量化してもらうことにしよう。


俺は南蛮船の中をつぶさに見て回ると、久しぶりに日本や明以外の「西洋文化」に触れたからだろうか。得体の知れない充足感に浸っていた。新しい物や新しい技術というのは、いつも新鮮な刺激を俺の心身にもたらしてくれるものだと改めて感じさせられたのだった。

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