軍備強化と鉄砲

万一に備えて軍備の強化は急務だ。俺は決して譲らないという鋼の意志を固める。


「そこで、父上。どうか私に軍備の強化を任せていただけないでしょうか? 無論、今すぐ戦うつもりなど毛頭ございませぬ。しかし、六角家と蒲生家の庇護下にいるだけでは、いずれ主家が滅びれば、我らのような弱者の国人は生き残ることができませぬ。乱世を生き抜くには万が一の時に備えて、今から軍備を整えておくべきにございます」


父は俺の目を射抜くように凝然と見つめた後、小さく嘆息してから徐に告げた。


「……良かろう。お前がそこまで申すのならば儂は止めぬ。お前はいずれ寺倉家を背負うことになる次期当主の身だ。ならば、誰もが"神童"と認めるお前に賭けてみようではないか」


俺と父の真剣なやり取りに気圧されたのか、それとも童の身で3年前からコツコツと積み上げてきた実績に対する信頼感が功を奏したのか、家臣たちから異論の声が上がることはなかった。その様子を見て、俺は思わず内心で安堵の声を吐くばかりだった。


「誠にかたじけなく存じます」


俺が父に頭を垂れて礼を述べると、すぐに評定が再開された。蒲生定秀から自由にやって良いとの允許を受けたことから、最初のピリピリした空気はいつの間にか和らいでいき、やがて普段どおりの様子を取り戻していった。



◇◇◇



さて、俺は父から軍備の強化を任されることになったが、軍備の強化と言ってもその手段は色々ある。


まずは兵の質、つまりは兵の強さだ。もちろん兵の数も大事だが、一介の国人でしかない寺倉家は蒲生家や六角家のような万もの兵を揃えることは不可能だ。しかし、一兵の精鋭は十兵の雑兵に勝ると聞く。たとえ兵数で劣っても、それを補う強力な兵の質があれば大軍にも十分対抗できるはずだ。


兵のほとんどは農民兵で、一朝一夕に強くなるものではない。慌てず急がず年単位の長い訓練で地道に錬度を上げて強くしていくしかない。ただ、農民兵は農作業に時間を取られるため、空いた時間でいくら訓練をしても自ずと錬度に限界があるのが現実だ。


そうなると、やはり全体的な兵の質を高めるためには、「兵農分離」により練度の高い常備兵を確保するのが必要だろう。織田信長の二番煎じだが、富国強兵を進めるためには使える手は躊躇わずに何でも使うべきだ。


寺倉家は内政改革によってかなりの財を蓄えることができた。今なら金を払って屈強な傭兵も雇うことができるだろう。幾つもの実戦を潜り抜けてきた傭兵たちは即戦力となる。だが、金で雇われる傭兵は戦が劣勢になると真っ先に逃げ出してしまうため、傭兵だけに頼るのは危険だ。


幸いにして、他領の農家の次男や三男などの移民は70人にもなり、領内の人口も大分増えてきている。移民たちは今は与えられた荒地の開墾以外に、農繁期には人手の足りない農家の手伝いや、農閑期には石鹸の試作をして食べているが、今後も移民が増えればそれにも限界が来るだろう。


そこで、移民たちや領民から専業兵士を募集することにした。この時代は貧乏子沢山で、家を継げない次男や三男は相当な人数になる。中には破落戸になって喧嘩沙汰を起こす素行の悪い者もいる。そうしたあぶれ者たちを寺倉家が専業兵士として雇えば、治安対策にもなって一石二鳥となるのだ。


移民や領民から集めた専業兵士と、金で雇った傭兵を常備兵として寺倉軍を編成すれば、春夏秋冬いつでも戦える大きなメリットとなる。既に8月からは家中随一の猛将である大倉久秀の下で、常備兵の訓練が動き始めている。


しかし、大倉久秀に言わせると常備兵の質を上げたとしても、兵の強さなんて所詮は水物であり、指揮官の能力や戦術、地形、天候などにより兵の強さは大きく左右されるそうだ。


したがって、兵の質以外でも軍備の強化を図るべきだ。「兵力=(兵数+武器)×(錬度+士気)」と考えると、武器も兵力を大きく左右することになる。この時代の集団戦では槍や刀、遠距離攻撃では弓矢や投石が主な武器だが、最も先進的な武器である鉄砲ならば、相当な戦力になり得るのは間違いない。


鉄砲の伝来は今から11年前の1543年に種子島に伝わった2挺の火縄銃が最初だ。数年後には根来衆や堺の職人によってコピーされ、先代の将軍・足利義晴に命じられた北近江の国友村でも鉄砲が生産されている。確か蒲生家の日野郷でも少量だが造っていたはずだ。


◇◇◇


8月中旬、俺は西尾藤次郎を呼び出して、鉄砲の調達について相談することにした。


「淀峰丸さま。ご相談とは何でございましょう?」


「藤次郎、お主は鉄砲を知っているか?」


「鉄砲は堺で造られておりますので、無論存じております。それがどうしたのですか?」


「鉄砲は高価で雨では扱えないが、使い方さえ間違えなければ最も進んだ強力な武器だ。鉄砲を使えば、最強と名高い武田の騎馬隊も討ち倒せるだろう」


「なんと! まさか鉄砲がそれほどの武器とは存じませんでした」


驚く藤次郎の表情には懐疑的な色も混ざっているが、もう慣れたものだ。


「そこで、お主に鉄砲を調達してもらいたいのだ。幸い、鉄砲の産地である堺はお主の出身地だ。それと北近江の国友ならば運ぶのも手が掛からぬだろう。ただ、鉄砲は高価である故、前払いは難しかろう。だが、畿内では寺倉家の名前も知られるようになり、ある程度の信用もあるはず故、どうにかして分割払いで仕入れてほしい」


「なるほど、堺や国友の鉄砲職人には知己の者もおります故、話は進められるかと存じます。ただ、数を確保するのは難しいかと……如何ほどの数をお望みでしょうか?」


「なるべく多く、できれば100挺欲しいのだが、少なくとも30挺は欲しい」


「はっ、承知しました。西尾藤次郎、商人の意地に懸けて鉄砲を調達してみせます」


「うむ。宜しく頼んだぞ」


それから1ヶ月余りの交渉の末に堺と国友で取引が成立し、大量の鉄砲が寺倉郷に運ばれてくることとなった。その数は何と50挺。数千石の石高しかない国人領主の寺倉家からすれば、不相応に多すぎる数だ。


藤次郎は堺と国友を何度も行き来して値段を競わせ、最終的に総額で一千貫文(約1億円)となった。ただ内政改革で財を蓄えたとは言っても、一括払いは厳しいので2年の分割払いにしてもらった。鉄砲は火薬や弾も必要になるので、かなりの金食い虫なのだ。


それと藤次郎から知らされたことだが、5年前に織田信長が国友に鉄砲500挺を発注したそうだ。先見の明はさすが信長だが、そのお陰で国友は鉄砲の量産化技術と価格低下が進み、俺の注文にも応じることができたようだ。信長様様だな。


俺は鉄砲を用いた戦術に常備兵を適応させるため、大倉久秀に指示して、10月から早速、常備兵に射撃訓練を課すことにしたのだった。

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